第三章 リンゴとハラペコ青虫の相対性理論

 私が中国マフィアのギルド員となり、中国マフィアの本拠地である長安から離れた万里に居を構えた。

 万里から眺めたほうが、物が見やすい。

 万里で有名なのは、万里の長城だが、中国を城壁で取り囲む壮大な計画はコケた。しかし、あの考えは天竺を目指すようなもので、やっていてもやっていなくても、色んな問題が絡むから、異変に気づきやすいのだ。

 何の変哲もない田舎街というほどでもない。割と都会だ。

 古臭い慣習のせいで、変な意思が付きまとっているのが物から見える。

 私はその古い慣習が好きだから、考古学者のような魔導を個人で研究していた。


 水色の塔に挑み続けて、おかしな魔導を発見した。

 それは、古い慣習は過去で歴史であるのにも関わらず、歴史が正当な管理をしていても、歴史というか、天竺に至るまでの考え方が全て無になり、何処にも無くなっていることだった。

 現実として、実在するものが、どうして無いのか。

 魔導をサーチし、長安にある施設を巡って、調べ物をしていたところ、ある化け物が引っかかった。

 

──フォームワーム──


 他人を捕食し、本人となり変わる化け物で、古代兵器扱いを受け、牙の塔に保管されていたものだが、それ本体というよりも、あるいは本体という泡が気になった。

 淡路という島を知っているだろうか。バブル景気が起きる理由はそれぞれだが、心から発生する気もちの意味合いが強く、やろうと思って調子が良ければインフレで、調子が悪ければデフレとなる。

 その調子の魔導があるように、泡の道を作って恒常していた淡路だが、バブルを無理に起こそうとした無頼に壊され、淡路が消えた。

 それにより、バブルにスラムが出来るようになった。

 スラムというのは貧困街だ。多種多様な人種が集う。

 そのスラムの存在を許すか許さないのかで、グレーになった存在をフォームワームとして作ろうという計画があったらしい。

 ベリーというのは、全員を許す通貨だ。

 ベリーの分だけ本人で、フォームワームが金となり、銀行を成し、国を作り、星となり、銀河となれば、淡路であることになって、あらゆる世界に点在する土地となる。

 この壮大な計画はどうやら防がれたようだが、フォームワームを作ろうとした存在がまだいて、それを続けていた場合、ひそかなる完成によって、歴史が消え天竺まで消した可能性がある。


 私はベルファイアに乗り込み、万里を目指した。

 万里のほうが天竺の魔導が見やすいのもあるが、城壁とは守護のためにある。だから、何かを守るなら、その魔導が集まっているはずだ。

 私はギルドに転居届を出し、引っ越しの手はずを整え、引っ越しの日を待つのも何だから、一足先に万里に向かった。

 乾いた風が吹き抜ける、閑静な住宅街だった。

 時折、人が楽しげにはしゃぐ気配がする華やかな長安と違って、万里は強いがあまり人がいる気配はしない。

 魔導の視点を外せば、何処も同じで穏やかなものだけどね。

 私が快適に道路をベルファイアで走っていると、喫茶店が目に止まった。

「うん」

 吉田という喫茶店か、なかなかいいね。

 入ってみよう。

 私は華麗にハンドルを切って、道路を曲がり、吉田という喫茶店の駐車場にベルファイアを停めた。

 私はベルファイアを降りて、かばんと書類をもち、吉田の中に入った。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 と、ウェイトレスに聞かれたので、私は、

「一人です」

 と、答えた。

「一名様ですね。お席にご案内いたします」

 ウェイトレスは、言った。

「はーい」

 私はウェイトレスの後について、テーブルについた。

「ご注文がお決まりでしたら、お伺いいたします」

 と、ウェイトレスが立ち去ろうとするので、私は、

「アイスコーヒー一つ」

 と、言った。

「アイスコーヒーですね。かしこまりました」

 ウェイトレスは、注文をリモコンに書き込んで戻っていった。

 落ち着いた店内だった。洋風の調度品に、木目が美しいフロア。ところどころに飾られた観葉植物が生き生きと緑を映し出す。

 テーブルの近くの出窓には、小物が並べられ、ガラス細工が多い。

 どうやら、野外の席もあるようだ。

「あっ」

 そういえば、美しい庭園の中に切り出した石を貼り合わせた床の上にいくつかテーブルがあったな。

「お待たせいたしました」

 突如としてかかった声に、私は振り向いた。

 コトリ、と、アイスコーヒーがテーブルに置かれる。

 私はメニューを眺めた。

 色々ある。

 私は呼び鈴を押して、ウェイトレスを呼び、B.L.T.サンドの注文をする。

 私は、席に置いた、かばんの近くにある書類を取り出した。

 長安で調べたフォームワームの事件の概要だ。

 古代兵器、フォームワームを造った妖魔モードゥナによる当時の事件という書類だ。


 ブリキの国は窃盗犯罪国家だった。悪党大国ギルカと組み、あらゆる国を植民地に変え、侵攻していた。

 その方法は、国の中にいる人民の存在末梢で、魂のいかなる能力をもってしても、人であることすら奪い取り、あらぬ存在に変えて、ブリキの一部と化し、国を作るということにおいて、もっている土地の根源や幻に至るまで、別人に変える方法だった。

 存在を失った人民は研究所に送られ、一瞬だけの理想の国民として作られる方式で、ブリキやギルカは研究所を手伝うことによって、財産を得ていた。

 そして、研究所は、

「かつていた英雄の復活を行う」

 と、発表し、英雄となるために人が集い、そして、モデルが選ばれた。

 その中の女優、マヤに関する事件の記述だ。

 マヤは他人がやった全てをもっている存在となるために、ブリキの国につき、他人が人間というか命になるためのエナジーの意味まで特定の人物から消し、一つの存在として全ての神となるから、つぶてとして落ちる自分が物となる時ですらも、一番いい立場を得るために、あらゆる権利をもっていた。

 マヤが具体的に存在を抹消したのは、一つの存在として溶け混じることを嫌がり、人間になることをつぶてであるとするのを嫌がる、全てが現実、だった。

 だから、全てが現実として個人となった存在が得たものを、マヤが全て与えたとして、全ての不都合のつぶては全てが現実だったとして、つぶてをやめて、英雄となった。

 すると、そうして消した存在の土地からマヤが現れた。

 マヤではないマヤだった。

 マヤはマヤに殺されて、マヤが残った。


「お待たせいたしました」

 ウェイトレスが、私に、声をかけた。

 私は、書類から目を離す。

「ご注文のB.L.T.サンドです。ごゆっくりどうぞ」

 ペコリと頭を下げて、ウェイトレスは戻っていった。

 私は皿の上のB.L.T.サンドを見て、

「もうちょっと、書類を読もう」

 と、思い、アイスコーヒーのストローをくわえた。

 芳醇なコーヒー豆の香りが、口に広がる。

「うん」

 私は喉を潤すと、書類を見た。


 マヤの挙動に不審な点は無く、そつない行動をこなした。

 しかし、ある日、撮影現場で事故が起きた。

 プロデューサーが消えた。

 若い女性に丸のみされて、捕食される姿が防犯カメラに写っていた。

 そして、クランクインの前に、マヤ主演の映画が潰れ、マヤという女優が全員、失踪した。

 警察は、マヤがあやしい、と、嫌疑をかけて捜査した。

 すると、橋の上で、マヤを見つけた。

 マヤは、

「これで、最後」

 と、呟き、橋の近くにあったポストを壊した。

 常人とは思えぬ怪力だった。赤いポストがえぐれたように潰れた。

 警察がいることなど構わずに、マヤは公共物を破壊して回った。

 警察とマヤとの戦闘があったが、マヤは逮捕された。


 投獄中のマヤの記述に移る。


 マヤは鑑別所に移り、女性だけの収容所で刑期が開けるまで暮らすこととなった。

 マヤは、日がな一日ぼーっとすることが多く、突然、老いたのではないかと思う風貌に豹変していた。

 しかし、ある日、マヤの独房が血だまりになり、肉の破片が飛び散って、壁に付着しているのが発見された。

 鑑識の結果、マヤのDNAであると血と肉が特定された。

 牢屋には鍵がかかっており、魔術がほとんど使えないように作られているはずだったので、どうしてマヤが死んだのか、誰も解らなかった。

 しばらくして、別の街で、マヤ主演の映画のプロデューサーが発見された。

 しかし、理想の国民の取り決めでは、よくある別人と見なされ、EGUとされた。

 マヤ主演の映画会社に、奇妙なビデオが送り付けられた。

 それは、警察の鑑別所に怒鳴りつける男の映像だった。

「何だろう」

 と、思って確かめると、鑑別所に向かって殴る蹴るの暴行を加えている男に見覚えがあるような、と、見ていた存在が思ったらしい。

「どうしてえ」

 女の声だった。

「嫌がらせするならいいけど、やめて、ここから出してえ」

 くぐもって遠い声だった。

「喉を掻き切ってやる」

 男は怒鳴りつけると、鑑別所の中に入り、非常口のベルのランプをバールのようなもので叩き潰した。

「ひぎぃぃぃ」

「あっあっあっあっあっ」

 淫靡な女の声だった。まるでセックスをしていただいたかのような喘ぎ声がする。

「イイエロビデオだろ、社長よお…焼け死ねや」

 ブツッ

 そこで、ビデオは途切れた。

 一度しか再生しないのかなと巻き戻し、確認をすると、再生されて同じ映像のようなので、社長が受け取り、確認した後、警察にビデオが送られた。

 その数日後、映画会社の社長が映画のロケに行ったところ、人体発火現象を起こして焼け死んだ。

「居残りィ」

 と、いうような声を聞いた者もいたらしい。


「なるほどね」


 ふぅ、と、吐息を漏らして、私はアイスコーヒーをすすった。

 アイスコーヒーのグラスが水滴を付けて濡れている。

 私はグラスの水滴をペーパーで拭き取り、コースターの上に置いた。

 そして再び、記事を読み進める。


 警察の捜査も進まないうちから、警察に化け物がやってきた。

 バアン

 と、勢いよく扉が開いたかと思うと、全てが溶け混じった奇形が署内に入ってきた。

 いや、入ってきた、と、いうよりも、いた。

 監視カメラには、化け物が入ったという映像など残っていなかった。

 化け物は、即座に、始末された。

 科捜研による報告では、生き物の遺伝子配列と全く同じ材質で、形になりそこなっただけの化け物である解明が出た。


「あっ」

 そういえば。

 形無き神を目指すならば、世界の形を真似てはならないが、四面楚歌で入ったりするから、もしかするとそれかな。


 被害は続く。

 人狼の住み処が消えた。

 一夜にして、跡形もなく、ごっそり消えた。

 建物も残っていなかった。

 無人だった。


「文明遺棄」


 のような意思が読み取れたという。


 私は、書類をしまった。

 文書はまだ読み途中だけれど、概要はつかめた。

 私はB.L.T.サンドをぱくついた。

 アイスコーヒーも少し残っている。

 ズルズル

 ストローでアイスコーヒーを吸い込むと、空になった。

 私は呼び鈴を押して、アイスコーヒーを注文すると、ウェイトレスがすぐにもってきた。

 私は煙草に火をつける。

 煙を吸い込んで吐き出す。

 報告の中で生き物の遺伝子配列と全く同じ全てが溶け混じった化け物が現れたということは、フォームワームがなりそこないにしたということだろう。

 ビデオのことだが、もしかすると、フォームワームの能力でマヤが建物になり、物を壊せば反応するようになったということかもしれない。

 すると、物を壊し続けて、マヤを物にするのをやめて、なりそこないにして、何らかの方法で送り付けた。

 だから、マヤが文明遺棄をされた。

 うーん、ブリキの国と全く同じ方法なんじゃないの?

 という怪訝がよぎるが、気にしていても仕方ない。

 私は煙草をもみ消すと、テーブルを立ち、会計に向かって、お金を払い、吉田から出た。

 行ってみたいところがある。

 それは、万里の博物館だった。

 何ということは無い。

 ただの見物だ。


 私はベルファイアに乗り込み、エンジンをかけて発信した。

 ベルファイアは軽快に道を走っていく。

 万里の博物館がある土地は、かつて、スタートレックがあったと、資料の本のコラムにあった。

 私が、万里に行くと決めたきっかけでもある。

 ミステリーというものは、何処にでもあるものだ。

 背骨を引き抜く魔物と懲罰の接点。

 背骨は身体の大事な部位だから、毛虫にしようと誰かが決めた。

 そんなわけないとは思う。

 誰かが決めたからだ。

 それにより、消えたマヤのDNAをもつ身体をもった人間が、ちょっとしたことで、身体に圧迫感を感じるようになり、ついには、背骨を引き抜かれた死体として発見された。

 スタートレックとは、宇宙人の話ではある。

 宇宙人退治の話だったかな。

 記憶は曖昧だが、とにかく、奇形が外からやってくる土地で、フォームワームがいた場合、外から奇形として贈られる全てが溶け混じったものとなることはある。

 関連性を調べてみようかと思ったのだ。

 私は博物館に辿り着いた。

 周囲を見て回って、魔道を確かめる。

 博物館を見学して、魔道を確かめる。

 お土産を触って、魔道を確かめる。

「うー」

 たいした収穫も得られず、私は博物館を去った。

「実りは無し、と」

 私は、ベルファイアに乗り込んで、長安に帰った。


 しばらく、日時が経過し、私は長安から万里に引っ越した。

 それなりのアパートの一室だ。

 私はいつもの通り、マスケット銃の手入れをした。

 磨くとピカピカになる。

 私はマスケット銃の手入れが好きだ。

 私はマスケット銃に触っていると安心する。

「ふーっ」

 私は、装備の点検をして、アパートのベッドに入り、眠りについた。


 戦闘には、条件というものがある。

 限られた制限の中でいかに他者に勝つのか。

 ナイフエッジデスマッチ、意思と存在のジャンケン。

 ギリギリの攻防で、円環の理をを成す。

 私のマスケット銃は、その戦いだった。

 私は、戦士だ。

 絶対に、負けない。


 私は目が覚めて、顔を洗った。

 石けんゴシゴシ。

 バシャッと顔に水をかけて、タオルで拭くとスッキリした。

「ふーっ」

 特に決まった用事も無いので、ぼーっと煙草を吸っていると、電話が鳴ったので、私は受話器を取った。

 友達と楽しく世間話をする。

 私は友達がいるんだよ。

 うん、予定は決まった。

 あっ、友達と遊ぶ日ね。

 たまに、狩りの約束もするんだよ。

 私は充実した日々を送っていた。


 フォームワームの調査は進んでいてね。

 学校が封鎖されて人狼の住み処にされて、文明遺棄にあったのは、自動販売機を祝福にして、絶対に祝福しないために、理想の国民を作る研究所があるから、どんな小さな物でも拾う段階から全てが無駄だったを取ったやつが、缶を開ける小さい音ですら、耐えられなくて身体が切れるようになったから、そうならないために、理想の国民全員がその身体でない限りを取って、そうしたら他人の感情で身体が切れるようになったから、孤独と真逆を与える人しか必要ないと言い出して、アイドルグループですら気に入らないから、全員が闇となって自分が滅ぶとか言い出して、そうしたら公共機関を続けることも気に入らないから全員を巻き込んで、主都を遷都させたから、皆がいなくなった。

 皆がいなくなったから、処刑に選ばれたと言い出して、そいつが呪ったら、決め事が嫌で、変貌させるやつが出て、そいつが嫌いなのに自動販売機を呪ったやつが、公共機関が処刑日の国で、王様を名乗ったから、学校を人狼の住み処として描いて、王様を名乗るやつが出て、学校が封鎖された。


 私も今は、事情が事情だから、フリーターだ。

「うん」

 気ままに過ごそう。


「あっ」

 そうだった。

 調査の話、調査の話。

 私は万里の長城の魔導は、定期的に調べている。

 何の反応もないから、そこから景色を眺める程度だけど、やはり、気になるものは気になるのだ。

「うん」

 私は万里のギルドに向かって、歩き出した。

 お金を稼がなくちゃ。


 コミカンソウで、正月が消えた。


 フォームワームが死に、その死体の生きたところから、虫が出て、もしゃもしゃと人を食べて人になることもあるが、草を食べることもある。

 果実の呪いで、正月とされたみかんが雑草になったということは、みかんが死んだのに、みかんが生きているから、死体が生きているのは、コミカンソウだとして、コミカンソウを自動販売機にして虫のまま食べたら、処刑日の国で死者が多数出たらしい。

 それを忌日として、正月が禁忌となった。

 これでは、書初めも年賀状もいらない。


 一仕事終えた私は、ホテルの食堂で昼食を取ろうと思って、ホテルミスティアージュを選んだ。

 なかなか大きなホテルだなあ、と、思いながら、ホテルに隣接した立体駐車場の中に、ベルファイアのハンドルを切って入った。

 空車状態の場所を選んで、ベルファイアを停める。

 私は手荷物をもって、カツカツとアスファルトを蹴り、ホテルの入口をくぐった。

 ミスティアージュの洒落たロビーを抜け、レストランに歩いていく。

 ふかふかな絨毯だな、と、ブーツ越しの床の感触に思った。

 テーブルに案内されて、席につき、メニューを眺めていると、離れた席で揉め事が起きた。

「あなたが盗賊なのは解っています。今すぐ投降しなさい。悪いようにはしません。我々、アルバロンテールズが、私刑を執行します」

 居丈高な女の名乗りに、テーブルについた社会人風のグループが顔を上げた。

「余計な言いがかりをしないで欲しい。我々はキャッツだ」

 アルバロンテールズはゆっくりと首を振った。

「おかしいことを言いますね。仕方がありません。調停許可は取っていませんが、魔術を解放します」

 すると、キャッツは言う。

「おかしなやつらだな」

「放っておいてくれ」

 そして、動乱が、始まった。

 私は席から立ち上がり、被害が及ばない位置で様子を眺めた。

 これといって、手出しはしない。見ているだけだ。

 レストランの中にいた客が、魔術によって壊れる物の被害を止めようと、店員と一緒になって、防御魔術を放っていた。

 軽く手伝っているだけかもしれない。

 私も手伝ったほうがいいのかなと思ったが、お節介なのでやめた。

 しばらく待つと、騒ぎが収まり波動が消えた。

 どうやら、アルバロンテールズの勝利らしく、キャッツが連行されていた。

 アルバロンテールズは、私が見た店員ではない客を見て、防御魔術の礼を言う。

「父の形見を奪い取った悪党でした。ご協力、感謝します」

 アルバロンテールズはキャッツを捕まえて、颯爽と去って行った。

 さて、どうしよう。

 昼食…というわけにもいかないか。

 私がぼーっとしていると、店員に、

「今日は閉店します」

 と、告げられたので、私はレストランからすごすご去って行った。

 私は何となく、ホテルに留まった。

 理由は、アルバロンテールズとキャッツの動乱だった。

 調停許可を取っていないと、アルバロンテールズが言っていたから、どうやら話し合いがあるらしい。

 現場にいたからと、言いがかりをつけられてはたまらないので、会議室での会話を盗聴していた。

 魔導から見るかすかな情報を探り、概要を知る程度だから、さほど高位な魔術ではなく、一般の魔術でもないので解りにくい。

 私はサイコメトリーをするように、色々な物を触っていると、はっと、何かに気が付いた。

 会議室の会話の内容ではない。

 会議室から人が出た気配だが、切羽詰まった様子で、誰かを探している気がする。

 ピンと直感が働いた。

「巻き込む」

「客でいい」

「アレを」

 私は地面を弾いて、気配を追った。

 私は、会議室から出ていったアルバロンテールズを発見した。

 コツコツとホテルの中を歩いていくと、アルバロンテールズがホテルのある一室でチャイムを鳴らした。

 私は、魔道でそれを眺めた。

 無の知覚遮断のサイレンサーだ。

 いるのかいないのか解らないのにも関わらず、確実に、そこにいる。

 跡形もなく消え去りと望めば、その望みに合わせて同一のダンスとなる。

 ホテルの一室に泊まっていたのは、レストランにいた防御魔術の客だった。

 アルバロンテールズが、その部屋の中に入り、話が始まった。

 内容はこうだ。

 父の形見を、盗賊に奪われた。組織の手に回ってしまっては、それが父の形見とは言えず、取り戻せなくなる。

 だから、キャッツの宝物殿に、一緒に行ってほしい。

 とのことで、

 無関係だから、やめて下さい。

 と、客にアルバロンが、断られていた。

 アルバロンは話すだけ話すと、客の部屋から出ていった。

 アルバロンは、必死で涙ながらに、熱心に訴えていた。

 冷たくあしらった客と、思われてしまうかもしれない。

 常識的に考えると、アルバロンのほうが変だ。

「ふむ、異変無し」

 私は、カチッ、と、手荷物のボタンを押した。

 手荷物の中から携帯を取り出し、メモをする。

「宝物殿の場所は」

 うん、解らない。

 事件の香りがするから、宝物殿に発信器でも取り付けたいものだが。

「うーん」

 一端、家に帰ろう。

 私は万里の街の失われた天竺の調査中だ。

 何となく妖しい建物の調べはついている。

 多重に結界を張って魔導の確認をしているから、発信器代わりにはなるか。

 万里のミスティアージュにて事件勃発。

「うん」

 私は、ミスティアージュを出て、ベルファイアに乗り込み、自宅に帰った。

 マフィアに事件の報告を済ませ、連絡を待つ。

 個人的に調べてもいいが、まだ、反応は無い。

 しばらく経ったある日、装置が反応を示した。

 万里の街の一角から、反応が出たのだ。

 私は慌てて、携帯を取り出し、映像を確かめた。

 倉庫の中に人影が映る。

 人が数人、集まって、倉庫の中で何かを探していた。

 異様な気配を示すのは、妖魔を示す赤ランプだ。

 妖魔?

 と、すると──。

 私はベルファイアを走らせて、現場に向かった。

 ベルファイアのカーナビに携帯を差し込んで、地図のナビゲートと装置の映像の二画面にする。

 携帯を差し込まなくても画面が出たとは思ったが、まあ、いい。

 私は、万里の地図に載っていない、謎のビルまでやってきた。

 立派なビルの割に、何の用途か解らず、地図にも無かったため、結界を張り、発信器を付けた建物だ。

 私は車を止めて、映像を見た。

 中に乗り込んでも、何だろう、と、思われるからだ。

 私は魔導で、ビルの中を覗いた。

 移動中に、

「見つかった?」

 と、いう発言は何度か聞いたが。

 うーん。一般の子っぽいんだけどなあ。

 私がしばらく待っていると、再び、反応が出た。

 赤いランプは今は消えているが、別の色のランプが光る。

 数人が、倉庫から出て行った。

 その中の一人が、名乗った。

「アルバロンテールズの捜査へのご協力、ありがとうございました。わずかばかりですが、礼金を受け取って下さい」

 ゴソゴソとアルバロンテールズが数人に何かを配った。

「お父さんの形見を無くされるなんて不幸でしたね」

 善人風の人間が、そんなことを呟いた。

「このことはご内密にお願いします。では、現地解散といきましょう」

 そして、数人が方々へ散っていく。

 私は、倉庫から何かを取ったらしいアルバロンテールズを追った。

 私は、魔導で気配を消し、生体強化の魔術によって滑るように音もなく歩く。

 アルバロンテールズは、スタスタと普通に歩いていた。

 そして、ふと立ち止まり、周囲の確認をして、何かを呟くと、魔術を唱えて飛び立った。

 私は、はっとして、そのアルバロンテールズに発信器を付けた。

 おかしな魔導に、時折、現れる反応があったが、もしかするからだ。

 私は、そのアルバロンテールズがどこに飛んだのか、追跡した。

 地点計測。

 私はベルファイアを停めた場所まで戻ると、移動地点まで車を走らせた。

 気付かれていないだけに、ある意味、悠長だ。

 人が倒れた気配がする。

 何だろう。

 アルバロンテールズが飛んだ場所は、高い岩山に囲まれた海岸だった。

 私はベルファイアを降りて、その海岸まで歩いて行った。

 その時、人間が倒れているのを見つけた。

 いや、違う。

 あれは…。

 人間の身体だったものが無惨に引き裂かれ、服が飛び散り、モゾモゾと、一匹の虫の幼虫がその上に取りついて、蠢いていた。

 ビチックチャッというわずかな咀嚼音がする。虫に、人間が、食べられていた。

 人間は完全に事切れているのだろうか。ピクリとも動かない。

 それにしても、あの虫は…。

 人を食べる虫。

 フォームワームの一形態か。

 化け物は緩慢な動作で這っているが、食べる速度が速い。

 私は周囲に結界を張った。

 中程度の結界で、多角柱の形をしている。横幅は百メートル四方だろうか。

 この結界はフォームワーム専用に仕立てたもので、コリアム2000という弾が一番適している。

 コリアムはスゴイいい人だったのに、皆が全てをやめて歴史だったことにしたことで、歴史ではなく、未来で墓に入ったコールドスリープだから、わずかだったことにして、何も残っていないから、わずかが光で銀河になり、星を超えたと言い出したから、自由になれない分、コリアムのようなスゴイいい人が死ぬ呪いだ。

 だから、コリアムの死因の座標を撃って、跳弾で銀河として、魔導を開いて消す。

 フォームワームの住み処というものが万里にあるのを見つけ、釣り堀のような封印がかかっていたが、たくさん湧くので討伐募集の告知を知り、何度かそこで倒したことがある。

 私は歴史の天竺の魔導を少しでも解きたいから、倒す処置において関連があるなら、手助けになるかと思ったのだ。

 それにしても、フォームワームが外に出ているだなんて。

 虫の形態のようだけど、アルバロンテールズに何か関連が?

 キャッツがもっていた父の形見って、まさかフォームワーム?

 私は結界を張り終えて、マスケット銃を見ると、腰に下げたホルスターから、ブリューナクを取り出した。

 ブリューナクは変形式魔導銃で、長安の武器屋のあんちゃんから購入したものだ。

「うん、いいね」

 私はブリューナクをホルスターに仕舞うと、マスケット銃を構えて、結界の中に入った。

 フォームワームの捕食は終わったようだった。

 随分と人間を食べ散らかしたようだが、私が入ってきたので食べるのをやめたらしい。

 死体は何処にも無く、骨や肉もほとんど残っていないようだったが、残骸はある。

 私は人間の質量分肥大して、虫の幼虫にもう見えないほど変貌したフォームワームの姿を見た。

 モゴモゴと毛穴のようなものを膨らませ、そこから、ブシューッと空気が出ている。皮膚の色は白とピンクと赤のまだら模様で、血管が絵の具のような色で表面に浮き出ていたり、身体の何ともつかない部位が泡のような形の肉の奇形から飛び出して、何者かになろうとしている。

 私は、演算を開始した。

 人が食べられて、人になるのなら、人の業。

 身体の部位に関する空間座標は、結界の中に無数に存在している。

 フォームワームは、一体、何を呪うのか。

 そう、背骨の呪いのことだ。

 フォームワームの魔術は人の身体の部位を呪うもので、背骨を引き抜くことに関する事に引っかかったら、私の身体の中から引きずり出される。

 それに抵抗するために、私のどの部位を引き抜くのか演算をしながら、的確に座標を撃たなくてはならない。

 フォームワームは、なりそこないのまま、動きを止めた。

 そして、泡のような形の肉の奇形から作れた人間の顔が虚ろに空を眺め、飛び出た無数の腕や足を動かし、魔術を展開させた。

 ビキッ

 空間に亀裂が入ったかと思うと、私の腕が丸ごと外にもっていかれる感覚が走り、私は魔術で相殺した。

 しかし、結界の壁に私の腕の情報が張り付き、奇妙な模様を描くのが見えた。

 立て続けに私の身体に衝撃が走り、身体を叩き割るように人体の情報が結界の床に張り付いた。

 私はその魔法陣を解明し、座標の演算を開始する。

 私はマスケット銃を構え、割り出した座標にコリアム2000を放った。

 高速で射出された弾丸が多角形の結界の壁を跳ね返り、角度を変えて別の座標を跳躍すると、フォームワームに当たった。

 パアンとカスミを散らすように、足元の魔法陣が分解される。

 私はマスケット銃を高々と掲げ、別の座標を狙撃する。

 マスケット銃の銃口から打ち出されたコリアム2000が上方に飛び、角度を変えて、フォームワームを撃ち抜いた。

 パキッ

 命中したのにも関わらず、腕の魔法陣は手強い。

 魔法陣が欠けた程度か。

 私は、マスケット銃で狙い定めた結界の座標を二、三撃つと、立っていた場所から疾駆する。

 フォームワームの身体の中身を引き抜く魔術は、未だにかかっていた。心なしか、結界の魔法陣が増えた気もする。

 砂地なため足場がいいとは言えないが、生体強化の魔術が原因で、さほど負担は感じず、いつもの速度で身体を動かせた。

「んー」

 いい天気だなあ。

 青い空に白い雲が流れていた。波打つ潮騒の音色が鼓膜をくすぐり、自然の景色を浮かばせる。

 私は砂地を駆け抜けながら、腰のホルスターから、インジェクションガンを取り出し、フォームワーム目がけて何発か銀色の弾丸を撃ち込んだ。

 インジェクションガンは軽い銃で、ハンドガンのような大きさのものを愛用している。

 フォームワームは緩慢な動きで、睨みつけるような視線を私に送った。

 サアッと空間を黒い波動が横切った気がしたが、さほどの殺傷力は無かった。

 私は演算をして、結界に張り付いた自分の身体の情報を跳弾で解除しながら、フォームワームにたいする演算をしていた。

 フォームワームは分解しなくてはならない。

 人を飲み込み、本人となるなら、本人となる前に、本人と奇形を切り分ける必要性があるのだ。

 フォームワームが、どのように人を吸収していくのか、魔導を探った。

 探られる気配が気に入らないのだろう。フォームワームは、甲高い声で鳴いた。

 私は歴史を割り出し、座標を読み解くと、銀河を結ぶように角度を計算し、マスケット銃の照準を絞って、コリアム2000を撃ち出した。

 サイレンサーから控えめな音が鳴り、マスケット銃から放たれたコリアム2000が華麗な弾道を描いて、全ての銀河を結んで星座のような図形を描くと、フォームワームに向かって、最後の星の部位を破壊した。

 得も言われぬ悲鳴を上げて嫌がるフォームワームを横目に、私はカウントをしていた。

「一」

 私は、心の中で念じる。

 私はマスケット銃を構え、別の銀河を構成して、その座標に向かって撃ち出した。点と点を精密に結んだコリアム2000が、フォームワームを壊す。

「二」

 私は座標の地点が遠いので、その場まで疾走し、クリティカル距離を計算して、私の立つ座標と銀河の始点を結び、角度を見て、軽くポーズを取りながらマスケット銃からコリアム2000を撃ち出した。

 私は華麗にステップを踏み、立っていた座標から動いた。

 コリアム2000は結界を疾駆し、飛び交いながら、フォームワームの星を破壊した。

「三」

 私は数える。

 私がマスケット銃とコリアム2000で、銀河を形成し、座標と座標を結んで、フォームワームの星を壊していると、何度か繰り返すうちに、フォームワームの存在が希薄になってきた。

 縦に線が入ったように存在が欠け、物質と物質の隙間に光の柱が刺さったようにフォームワームが見える。

「そろそろ、とどめだね」

 私はマスケット銃を構えて、最後の銀河を形成する。

 私はマスケット銃の引き金を弾いた。

 幾重にも描かれた星座の合間を縫うように、コリアム2000が彗星のように走り抜け、結界を跳ね返っては、角度を変えて進んでいき、星座を描いて、フォームワームのコアを貫いた。

 音も無い波動が結界内を埋め尽くし、破壊するような衝撃波が、フォームワーム中心から放たれた。

 全てを巻き込んで吹き飛ばすかのような衝撃の後、グッタリと倒れて生理現象のみで稼働する泡の形の肉の奇形が残った。

 今の衝撃で、私の身体から引き抜かれた人体の情報の魔法陣はあらかた吹き飛び、欠片のようなものが結界に張り付いているのみとなっていた。

 私はマスケット銃を肩に下げ、腰のホルスターからブリューナクを引き抜くと、魔導を開いた。

 カチリ、と、音を立てて、変形式魔導銃が自動的に形を変える。

 黒い刀身のような気配がすると、私は思った。

 ふわり、と、神々しい気配がして、清い波動が私に集約する。

 偉大な大きな力が全身を包み込み、自然を駆け抜けて、天空に昇り、全てを浄化する光が私の周りに高まった。

 私はブリューナクを天空に向けた。スゥ、と、息を吸い、私は叫ぶ。

「ニーベルンヴァレスティ」

 私はブリューナクの引き金を弾いた。

 私に集約された力が一気に放たれ、上空に向かって飛んでいく。巨大な白い浄化の光が天空で散開し、地上に降り注いだ。

 白い光が柱となり、光の粒子を纏いながら、幾千もの雨となり、フォームワームを貫いた。

 パアン、パアン、パアン

 弾け飛ぶような音を立てて、フォームワームの希薄になった存在が光の柱の衝撃で、バウンドした。

 そして、波動が収まった。

「ふーっ」

 私は息を吐いた。

 ニーベルンヴァレスティの衝撃で、フォームワームの姿が砕け散り、二人の人間となり、切り離されるのを見た。

 一人はただの人間のようだが、もう一人は奇形だった。

 私は、倒れた人間に近付いた。

 一応、息はあるようだ。

 しかし、その人間はしばらく呼吸をすると、目をつぶったまま、溶けて消えた。

 奇形は残った。

 このまま放置すると、また、フォームワームになるかもしれない。

 私は、弾入れのかばんから、封印の装置を取り出すと、奇形を中に仕舞った。

 吸い込まれるように跡形もなく、フォームワームが消えた。

 私は結界を解除した。

 身体の損傷は、手入れをしながら見ることにしよう。

 私は、ベルファイアに戻り、車のドアを開けて、アタッシュケースを取り出し、封印の装置を保管した。

 まずは、マフィアに相談だ。

 私は吐息を吐いて、積んでいた荷物の中から、バイオリンケースを取り出し、中から愛用のバイオリンを取り出した。

 ベルファイアのドアを閉め、私はバイオリンを奏でた。

 弦から響く旋律は、The first unisonという楽曲だった。

「天高く届け、バイオリン」

 私は音楽を風に乗せ、一曲弾き終ると、バイオリンを肩から下ろし、景色を眺めた。

「うん」

 潮騒もいい音だ。

 フォームワーム討伐を終えた私はベルファイアに乗って万里に帰り、マフィアのギルドに寄って、フォームワームを封印した旨を告げると、ギルドがアタッシュケースを預かるから、私は疲れているだろうし、帰っていいと言い渡された。

 私はベルファイアに乗って、自宅に戻った。

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