第29話 わたしには君が決めると分かっていた。
敵チームは去年もベスト4だったから、県内では強い方だ。
予選リーグのように簡単には勝てないだろう。
ただし、ゴトゥーには、去年がどうとか万年ベスト8とか、そういった気負いがない。
いつもどおり飄々と、同時に、果敢にゴールに向かってボールをゴールネットの中に蹴り込もうとする。
そして、ニシザーも、そんなゴトゥーにボールを集めていく。
ニシザーが敵からボールを奪うところが攻撃の起点になる。
いつもうまくいくとは限らないものの、ニシザーがパスをするかドリブルをして動き出すと、ボールは前に向かい始める。
うまく回れば、ゴトゥーや原先輩にボールが届き、そこからは敵のゴールネットにボールが向かう。
予選リーグでそのパターンが出来上がっていたため、敵もそれを見越してニシザーをマークしていた。
「ニシザー!」
もちろん、先輩たちもニシザーに頼りきりになるわけがない。
ニシザーが敵を引き付けてくれれば、周りの先輩たちが自由になる。
一進一退で、取ったり取られたり、攻めたり攻められたり、防いだり防がれたり。
サッカーの試合は、明らかな実力さがない限りは、得点は余り動かない。
「荒っぽいな」
ベンチで先輩の一人がぽつりと言った。
大久保監督は、DFの先輩たちにマンツーしっかり付けと声を上げていて、敵のFW陣の攻撃をいつもより気に掛けているみたいだった。
「荒っぽいって何ですか?」
先輩に尋ねる。
「向こうの10番、ラフプレイぎりぎりでさっきから体を当てに来てる。審判がどこまでやったらファールを取るか試してる感じかな? ほら、ニシザーを見て」
ニシザーのシャツが片側だけびよんと延びている。かなり敵10番にユニフォームを引っ張られたためだ。でも、審判の死角だったり流されたりで、これまでファールを取られていない。ニシザーが相手を振り切ることが得意なのも災いして、審判がファールに気付きにくくいとも先輩は言った。
言っているそばから後ろから押されてニシザーがピッチの上を転がった。
「えー、イエローじゃないの?」
ベンチがざわめく。
イエローカードと呼ばれるやや厳しい反則ではなく、普通のファールとして取られた。
ニシザーは、敵の10番が差し出した手を取って立ち上がると、ぱんぱんとお尻の芝を払い落とす。
10番を睨むようにニシザーの目がぎらぎらしていて、怒ってはいるようだった。
でも、表情には出さないで、腰に手を当ててふーっと息を吐く。
「ニシザー?」
原先輩に声を掛けられると、何でもないという風に手を振って応えていた。
前に、ファールでいちいち腹を立ってられない、どんな手を使っても点を入れさせたくないのはお互い様だって言ってたのを思い出す。ニシザーはフェアプレーでありたい選手だ。そういうところも、
うん、
好きだ。
大好き。
中央よりのところでニシザーがボールを蹴って、原先輩に回した。
原先輩がドリブルで上がっていく。
ゴール前の白い枠、ボックスと呼ばれるペナルティーエリアに入る瞬間に、後ろから走り込んでいたゴトゥーに原先輩がボールをパスする。
ゴトゥーはそれをシュートすると見せかけて、ヒールキック、すなわち踵で斜め後ろに蹴った。
そのちょっと前、ゴトゥーが走り込んでくるところから、わたしの目には、みんなのプレイがスローモーションのように展開し始める。
あ、これ絶対に決まる。
それはわたしのプレイヤーとしての勘だった。
わたしには確実にシュートが決まると分かる瞬間がある。
ごく、まれに起こる現象で、サッカーの試合でそれが始まったのは初めてだった。
シュートを打つと見せかけて、後ろにぽんっと踵で軽く蹴り上げられたボール。
ニシザー!!
タイミングを狙ってニシザーが飛び込んできて、ボックスの外ぎりぎりのところからダイレクトにシュートを打った。
敵
ニシザーが両腕を天に突き上げた。
そのニシザーにゴトゥーが飛び付いて、ニシザーがバランスを崩して尻餅を付く。
そして、ニシザーをみんなが取り囲んでゴールを手荒く祝う。
ようやく立ち上がったニシザーが、ベンチにいるわたしに手を振ってくれた。
わたしも親指を立てて返した。
すっごいな、ニシザーもゴトゥーも!
格が違う。追い付くのは簡単ではないと改めて思う。
前半31分で1ー0。
先制点はわたしたちだ。
決勝トーナメント1回戦。
ニシザーが上げた1点で1ー0とリードして前半が終わった。
後半は、この1点を守るだだけではなく、2点目を狙う。
敵も当然、同点、逆転を狙ってくるだろう。
「ニシザー、ゴトゥー、さっきの得点すごかった!!」
ドリンクとタオルを二人に渡しながら褒める。
「とーぜん♪ 」「よく決まったなあ、と思うん」
二人の反応が異なるのが面白くて笑いを堪えたが、気を抜かない、っと原先輩にゴトゥーがゲンコツを喰らわされてるのを見て我慢できずに吹き出した。
「宮本先輩、タオルとドリンクです」
すぐに気を取り直し、二人から離れて、ゴールキーパーの宮本先輩にもタオルと水筒を渡す。
「ありがと」
宮本先輩がにっこりする。すごい汗だ。何度かゴールを攻められているが、宮本先輩は無失点を守っている。DFの先輩たちの表情にも弱気は全くない。
ニシザーたちが攻められるのは、この人たちの手堅い守備があるからだ。点を入れる選手が目立つけれど、それだけがサッカーじゃないって、わたしにも分かってきた。
ホイッスルが鳴り、後半40分も緊張感をはらんで始まった。ベンチの中で手に汗を握る。
前半だけで交替して退いた2年生の先輩がベンチでぐったりと肩を落とす。
「しんどかった」
タオルとジャージの上着を渡すと先輩がぼやきながら受け取った。
「ニシザーとゴトゥーって、1年生なのに化け物だよ。二人ともめちゃくちゃ走ってる」
褒めているとは思えない呆れた口調なので困ってしまう。
その先輩の視線の先で、また、ゴトゥーがシュートを打ったけど、大きくゴールポストを越えてしまい、おおうと言いながら跪いていて、その動きがコミカルで笑いを誘った。
後半も2点目に向かって、みんなひた走っている。
そして、そのアクシデントは、後半20分過ぎに起きた。
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