第16話 一緒に、サッカーやろう
道具を片付けて、着替えて、帰りのバスに乗り込んだ。バスの中には、部活帰りの高校生や駅方面から乗って来た人たちが乗っていて、わたしたちは一番後ろの長い座席に並んで座った。
居残り練習の終わり頃から、ニシザーの言葉数がどんどん少なくなって、もうさっきから黙り込んでいるから少し不安になっていた。
「ニシザー、どうかした?何かあった? わたしがキーパーもどきしたのが気に入らなかった?」
不安に感じていることを抑えきれずに口に出す。ニシザーはぱっと顔を上げて、困った顔をしているだろうわたしを見た。
「え?何のこと?」
「何って、ニシザー、さっきからおかしいよ。黙ってばっかいる」
ニシザーはわたしから目を背け、俯いた。
「ハセガー……」
「何?何かあった?」
雅は声を絞り出す。
「……一緒に…」
「一緒に?」
「一緒に、サッカー、やろう」
ニシザーはゆっくり、はっきりとわたしを誘った。
一瞬混乱して、沈黙する。そして、口を開ける。
「はぁ?!」
少し大きな声を出したが、ニシザーは下を見たままだ。
「ハセガーなら、いいゴールキーパーになれると思うん」
ゴールキーパー? ゴールポストを守る最後の砦のポジションだ。
「なんで?」
「なんで、って聞き返すのは、いつも私の方なのに」
ニシザーは苦笑いをしながら、ようやくわたしを見た。そして言う。
「ハセガーが格好いいからだよ」
「お世辞はいいよ、もう」
「でも、本気だよ。何度でも言う」
「ハセガー」
「一緒に、サッカーやろう」
一緒に
あの緑色のピッチで
わたしの心に風がごうっと吹いたような気がした
わたしがゴールキーパーって
翌日。
職員室で大久保先生は、ニシザーの言葉に顔をしかめた。
「いや、バスケができたから、キーパーができるって、そんな簡単じゃないでしょ」
ですよねー
ニシザーの隣で緊張して直立不動しているわたしは、心の中で大久保先生に同意する。
「ふだんなら私もそう思います。でも、長谷川さんは違うかもしれないんです」
「違うって、何が違うの?」
「…ゴールの前に立っただけで違いました。見ていただければ分かります。」
えええ?
「長谷川はどう思うの?」
大久保先生がわたしの方を見た。
「はいっ、背が高いだけだと思います!」
その緊張しまくりの答に、大久保先生もニシザーもぶっと吹き出した。
「西澤、長谷川自身がこう言ってるんだけど」
疑い深い大久保先生に対して、ニシザーは自信満々で笑いながら言った。
「今日の練習のとき、見てみて下さい」
そして、いつもの河川敷グラウンドで、練習前にテストが実施されることになった。
「なんで、わたしがキーパーの適性テストを受けるのか、よく分からないんだけど」
はあーっとため息をつきながら、しゃがんで靴紐を結ぶ。スパイクは持っていないので運動靴だ。滑るかもしれない。
「ごめんごめんハセガー」
わたしの前に、ニシザーがしゃがみこんで、顔を除き込むようにして両手を合わせて拝む。
「ニシザーに頼まれたからテストは受けるけど、落ちても知らないよ」
「落ちたときの話より受かったときの話がしたいな」
ニシザーのにっこりした顔からは、本気でわたしにキーパーができると考えていることが分かって戸惑ってしまう。
「それこそ、受かってから考えるよ。なんで、マネージャーをやる話がキーパーやる話になってるんだか」
立ち上がって、ストレッチを開始すると腰の骨がぽきっと鳴った。
そして、わたしはゴールの前に立つ。
息を深く吸った。運動不足だな、と思いながら息を吐く。体がなかなか温まらない。半年以上、本気で体を動かしていない、というのは意外に影響が大きい。
だけど、ほとんど緊張していない。
体を動かすより話す方が苦手なので、先生や先輩と話すときは緊張するけれど、人前で運動能力を試されることは慣れてる。ましてや、キーパーなんて、わたしにできる訳がないし、恥をかいて当然なんだから緊張する必要はない。
ニシザーがボールを籠に入れて運んできて、ボックスと呼ばれるゴール前の白い枠の前に大きく広がらないようにばら撒く。
「あったしがシュートするー♪」
くるくると回りながらゴトゥーがそこにやってきた。
「うわ、ゴトゥーが蹴るんだ」
口がへの字に曲げる。
ニシザーが軽くボールを蹴り出すとゴトゥーがそれをシュートする。膝を屈伸しようとしゃがんでいたわたしの左上をボールは越えていき、ネットに刺さる。
あー、ボールに回転かけてんなあ、素人相手にひどいヤツだな、ゴトゥー。
転がってきたボールを拾い上げると、ポンポンと地面に打ち付ける。それからボールを両手で持つとバスケのパスの要領でボールをニシザーの方に押し返した。
「ナイスパス」
笑いながらニシザーはそのボールを右膝の内側で受けて地面に落とした。
「先生ー。始めまーす」
ニシザーが先生を振り返ると、先生と3年と2年のキーパーの先輩が先生と3人で何かを話しながら立って見ていた。他にも部員が何人も集まってきていて面白そうに座って見ている。
面白くない見世物なんだけど。
わたしは、ゴールの前で膝を緩く曲げて軽く腰を落とし、ニシザーから借りているグローブを付けた両手をぽんっと合わせた。手を合わせる癖はバスケをやっている頃からだ。ジャンプボールで試合が始まる直前のルーティーン。
そして、羽のように手を1度大きく広げた。
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