あがれッ ー Go for the GOAL ー
うびぞお
第1話 大好きな子がいるんだ それってすごいよね
大好きな子がいるんだ
それってすごいよね
いつも通り騒がしい選手控室。
緊張してるようなしていないような仲間たちの声、ベンチにバッグが当たって音を立てて中身がこぼれ落ちた音。それに誰かが悲鳴のような声を上げて、誰かが笑いながら落ちた物を拾い上げる気配。
いつもの試合前の風景。いつだって全く同じことはなくて、毎回少し違うけど、大体同じ。わたしの仲間たちが試合の前だからといってシンっと静まりかえってることなんかない。
わたしは、隅っこのパイプ椅子でぼんやり仲間たちを見ていた。大事な試合でも緊張しない方だ。
「
そう言って、
「さんきゅ」
ゴールキーパーであるわたしの手には、既にグローブが嵌っていて自分では靴紐を縛ることはできない。
「……お客さん、大きなお足でございますね」
なぜか敬語で雅が紐を引っ張る。
「ほっといて。どうせ大きいのは足だけじゃないもん」
「何をしたら、こんなにデカく成長するん?」
靴紐を縛り終えた雅が、屈んだまま涼を見上げて笑う。
わたしの身長は170cmをゆうに超えていて、四捨五入をしてしまうとヤバい。けして小さくはない雅であっても、10cm以上は身長差がある。
「中学生の時に、背伸びして年上の人を好きになったから、大人になりたくて背が伸びマシタ」
「……今は?」
「自分より小さい
わたしは、さっと周りを見渡して、誰も自分たちに目を向けてないと確認すると、目の前にしゃがんでる雅の額にちゅっと口付ける。
「わ!やめて、こんなところで!!」
雅は、わたしにしか聞こえないような囁き声で怒ると、瞬間的に耳を赤くして、ぴょんっと立ち上がった。
「行くよー!」
主将の原先輩の掛け声で、ピタ、と控室のざわめきが消えた。
わたしも雅も、仲間たちもみんな主将を見た。
主将が不敵に笑って、「行こう!」と檄を飛ばすと、おうっとみんなの声が揃い、ざ、っと立ち上がった。
わたしと雅も、控室からピッチに向かって、大きく一歩を踏み出した。
わたし、
_____
「上がれぇっ!」
わたしは、右サイドを走る背番号7に向かって思い切りボールを蹴った。晩秋の高い青空に、一瞬、白いボールが放物線を描く。わたしのゴールキックはまだまだ力不足かつ不安定で、狙った方向に期待した距離でボールを蹴り出せない。それでも、これが今の全力だ。
もっと雅を走らせたいのに。
悔しさで胸が詰まる。
そんな思いを知ってか知らずか、ボールはピッチの中央寄りへと落ちて、高く跳ねる。雅は、敵の
雅、行け
ゴールポストの前で、わたしは雅を応援しながら他の仲間の位置を確認する。
誰がどこにいる?どう動けばいい??
場合によっては自分が指示を出さなくてはならない。この11人の中で、いちばん経験のないわたしが。
ただでさえ広いピッチが無限に広がるような気がして怖くなる。鮮やかな緑の芝が、蔦になって絡み付いてくるみたいだ。
でも、もう先輩たちは走り出していた。まだ、わたしに指示されるほど先輩たちは甘くはない。そう安心すると、広がっていた視界が再びボールに向かって集約する。
そして、後藤が蹴ったボールがぴったりと雅の前に転がり、雅が敵のディフェンスを振り切ってゴールに向かう。
決まる
わたしには時々シュートが決まる瞬間に時間が止まるように感じることがあり、そんなときは必ずボールはネットに吸い込まれる。
その感覚のとおり、雅の足から跳ねたボールは、敵
雅が両腕を高く上げてガッツポーズを取ると、後藤や先輩たちにぐちゃぐちゃに抱き付かれまくって、バランスを崩して転がってしまった。
子犬たちがじゃれ合っているみたいに。
こういう時に駆けつけられないキーパーはつまらない。
でも、雅の目はずっとわたしを追っていて、右手でポンポンと胸を叩いたので、わたしも右手で胸をぽんぽんと軽く叩く。
雅、届いてるよ。
雅の大きな丸い目が細くなるのが見えた。
二人だけのサイン。他は誰も気付かない。
審判のホイッスルが高く大きく鳴り響く。試合終了だ。
みんながガッツポーズやジャンプをして喜ぶ。
わたしもゴールを守り切ったことに安心して両手を空に持ち上げた。
それから、徐々に選手たちは中央へと集まっていき、抱き合い、肩を叩き合い、互いを称え合う。
絡まるように11人がベンチの方に動いていくと、ベンチからもサブメンバーとマネージャーが転がり出てきて歓喜の群れに混ざる。
冬の全国大会出場権を獲得できる地区大会出場までは、あと一試合を勝ち抜かなければならない。
すず…!
雅に呼ばれた気がすると、絡み合う仲間たちを押し分けるようにして雅が駆け寄ってきた。ぎゅっとわたしの腰に手を回して抱き締める。わたしの手には、まだ大きくて厚いグローブが付いているから、熱を帯びた雅の体を手で感じ取ることはできない。それでも、雅の頭を腕でぎゅっと抱え込んで抱き締め返す。
雅がわたしの首元に顔を埋め、わたしも雅の髪に口付けると、雅の汗の匂いが届いた。
僅か1秒もない二人だけの抱擁
そんなわたしたちに気付いた後藤が、雅の背中から抱き着き、さらに先輩たちが、勝試合の立役者になったわたしたち1年生3人を囲む。
「にしざあ、ごとぅー、はせがあ」
わたしたち3人の苗字を主将が泣きながら呼ぶ。
「サッカー部、はいってくれで、あいがとおおおおお」
主将の号泣と鼻声に仲間たちが笑いを堪え切れなくなった。
「ほーらお前ら、挨拶がまだ残ってるよ!」
監督の声が笑い声の中にぴりっと割り込んでくる。慌てて整列しようとみんなは駆け出していく。
グローブを付けた手では雅の手を取れない。
手を繋ぐ代わりにわたしの手首を雅が掴むと、腕を引っ張られるように並んで走り出した。
一緒にサッカーやろうよ
雅がそう言ってわたしをを誘ってくれて、こうして二人で並んで、サッカーボールを追い掛けている。
「雅」
「なん?」
わたしは雅の名前を囁くように呼ぶ。小さな声だったけれど、しっかりと雅はわたしの声を聞き取っていた。
「大好き、もう、めちゃくちゃ好き」
「……分かってるから、いきなり言わないで」
雅が真っ赤になって俯くと、芝に足を取られて躓き、転びそうになった。
あはは、わたしの今の恋人は可愛すぎる。
高く青く深く澄んだ空に向かって笑い声を上げた。
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