Mia-2.

 切っ掛けは仲間が起こした爆発事故で、巻き込まれた迷い子を抱き上げたのはほんの出来心だった。私は幼子をそのまま現場から連れ去った。少し前に目にしていた幼子の父親の元へと帰さずに。


 アジトへ連れ帰った私は、仲間に相談せずに幼子を隠して閉じ込めた。事故に巻き込まれたショックからか、数日眠り続けた幼子は記憶を失っており――私は幼子を再教育した。頼る者が私しかいない中、幼子なりの生存本能が働いたのかもしれない。幼子は私を慕い、武器の扱いを覚え、ほんの少しだけネジの外れた娘に育った。



「ミア!!」


 娘の名を呼べば、ビクリと彼女の背中が揺れた。反射的にだろう、再び構えようと動く――そんな娘の手から、散弾銃ショットガンが弾き飛ばされた。まるで見えない力を受けたように。


「CIAのリパルサーか……。その異能ちから、見事なものだな」


 立ち尽くしている娘の傍まで歩を進めた私は、片腕で娘を抱き寄せた。抵抗もなく、その小柄な体は胸元に収まる。


 青シャツの男にとっては人質を取られている形だ。彼の睨みを、私は正面から受け止めた。


 CIAには重用している異能者がいることは聞いていた。その一人が直接手を触れずに物を弾く能力があるリパルサーだ。彼が行方知れずの娘を探していることも、私は知っていた。


、だって?」

は私のミアだ」

「ふざけるな! カスミは僕の娘だ! カスミ! そいつから離れるんだ!」


 コードネームを否定せずに男が声を荒げた。

 腕の中にいる娘が震えている。見下ろせば、見上げてくる瞳は涙に濡れていた。


「ミア」


 私は苦しげに細い眉根を寄せている娘の額に銃口を押し付けた。焦燥を露わにしたリパルサーの制止の声が響く。


「止せ! 何を」


 それを無視し、私は娘の瞳を見つめた。あかりの欠片を閉じ込めた暗い瞳が、私だけを映している。


「そうして私だけを見ていろ、ミア。そうすれば、痛みは消える」

「うん……」


 ややあって、娘の頬に無邪気な笑みが広がった。


「娘を洗脳したのか……ッ」

「人聞きが悪いな。私は大切に育てただけだ。私だけの檻でな」


 上空に近付いてくるプロペラ音を耳にとらえながら、私は娘の頭を撫でた。先にヘリポートへと辿り着いた仲間が、見捨てずに拾ってくれるようだ。


 周囲の空気を荒らしながら下ろされた縄梯子を掴む。

 私は娘に抱き付かれた状態で、遠ざかっていくリパルサーを見下ろした。彼が何かを叫んでいるが、もう言葉としては聞き取れない。


 奴は諦めないだろう。当然、私も返してやる気などない。これは哀れで愛おしい、私のミアなのだから。


「ねぇ、大好きだよ」


 嘘偽りの感じられない声でささやかれ。

 私は心地良い痛みと幸福感に満たされながら、笑った。


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Mia 保紫 奏杜 @hoshi117

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