Mia

保紫 奏杜

Mia-1.

 脱出地点へと駆ける私の背後で、短い悲鳴が上がった。仲間の急かす声に反し、私の足は止まる。振り返れば、夜闇に浮かび上がった向かいのビルから伸びる連絡通路中程で、散弾銃ショットガンを持ったまま倒れ込む娘の姿があった。


「Shit! お気に入りの服だったのにぃ!」


 悪態を吐きながら身を起こしたことにホッとする。娘が背を向け、散弾銃ショットガンを構えて放った。追ってきていた警官連中が騒ぎながら後退する。撃たれた仲間を回収しつつ及び腰になった彼らに、もう一発。


「キャハハハ!」


 楽しげな笑い声がビルの谷間に響き渡った。

 相変わらずイカレた、私の可愛い娘だ。


 銃を構えたまま後退してくる娘を、私はビルの内側で待ち受けた。

 先に行かせた仲間のいるヘリポートまであと少し。指令通りに盗った宝石類も既に仲間の手によって運ばれている。


「おい! いつまでも遊んでないで早く――」


 来い、と続けようとした口を、私は閉じた。

 背を向けている娘の向こうに、気になる男が見えたからだ。


 警官隊を押し退けて現れた男は、一見、民間人のようだった。上着は着ておらず、淡いブルーのシャツはこの場では無防備が過ぎて目立つ。金髪で中肉中背、顔立ちは整っているが目立たない、印象の薄い顔立ちだ。しかし私には、彼にどこか見覚えがあった。


「カスミ!!」


 知らない名前を男が叫び、娘の双肩が跳ねた。

 だが、彼女愛用の散弾銃ショットガンは男に向けて構えられたままだ。


「な、なんなのよぅオジサン、引っ込んでた方がいいよ? 丸腰みたいだしさ」

「僕を覚えていないのかい? カスミ、僕は君の父親だ」

「はっ、ワケ分かんない。あんたなんて知らないよ。死にたいなら殺してあげるけど?」


 あざけるような娘の言葉に、男の眉間に苦渋のようなしわが寄った。


「ずっと探していたんだ、カスミ! 長い間見つけられなくて本当にすまなかった。あの時、目を離さなければと何度悔やんだか知れない……!」


 男の語り掛けるような声を聞きながら、私は彼のことを思い出していた。


「何も心配しなくていい。司法取引の段取りは済んでいる。君の身は、僕が必ず守る。だから……」


 そうだ、あの男は――十年ほど前に、先で見かけた男だ。


「家へ帰ろう、カスミ。マコト――ママも待っている。ママも僕も、君を抱き締めたくて堪らないんだ。お願いだ、カスミ。銃を置いて、こっちへおいで」


 娘の向こうで、男の手が差し出される。懇願こんがんするような眼差まなざしに吐き気がする。昔、二人が手を繋いでいた光景を思い出し、私は干上がった喉に唾を押し込んだ。


「マ、マ」


 明らかに動揺した娘の小さな声を、私は聞き逃さなかった。

 散弾銃ショットガンの銃口が、ゆるりと下ろされる。

 

「……パ、パ?」


 その瞬間、私は拳銃を手にその場を飛び出していた。


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