第20話 寿命の起因
気が付いたとき、真百合は夕闇の道に立っていた。
周囲を見渡すと胡桃がいた。
「リリィティアさん、なんか最近積極的だよね」
その言葉にデジャヴがあった。
確かリリィティアと文乃が家に来て遊んだあと、彼女の過激なスキンシップから胡桃が懸念を示した発言だった。その言葉に危機感を抱いた真百合は翌日から冷たい態度をとるようになる。そして仲直りした日の放課後、彼女は死ぬことになる。
焦りからか真百合は随分前の日にタイムリープしてしまったようである。
「私、リリィに伝え忘れたことがあったわ!」
「え? 真百合ちゃん!」
先ほど別れたばかりの相手を追って行く真百合に首をかしげる胡桃。傍から見れば真百合の行動はおかしいだろう。だが体裁など気にしている場合ではない。まだリリィティアの命日まで猶予はある。
この日からならやり直せるかもしれないという淡い期待が胸に躍る。
息切れしながら別れた友人の後を追った。
「ハァハァ……リリィ!」
「真百合? どうしたの?」
そこにいたのは文乃一人だった。
「リ、リリィは?」
「お父さんが迎えに来て車に乗って帰っちゃったよ? 家族でご飯行くって」
真百合は大きく肩を落とした。
焦燥にかられた友人を見た文乃はその袖を引いた。
「真百合、時間まだある?」
連れられて来たのは喫茶店だった。いつかリリィティアと一緒に行ったお洒落な店ではなく、古びた洋館を改築したような喫茶店だった。内装には本棚がいくつかあり、客はそれを読みながら飲食できるようだ。漫画喫茶ならぬ古書堂喫茶のような雰囲気だった。
(文乃が好きそうなお店ね)
真百合が席に着くと、高齢の店主が迎えてくれた。
「文乃ちゃんが誠也君以外の子と来るのは珍しいねぇ」
「うん、友達……なの」
文乃は照れたように笑った。誠也も行きつけのお店のようだ。店主とも顔見知りらしい。
適当に注文して静かに待っていると、文乃が静かに口を開いた。
「真百合、何か悩んでる?」
「……やっぱりわかっちゃうんだね」
他者から見て真百合は相当焦燥感にかられているのだろう。感情の機微に疎い文乃も真百合の変化に気づいたようだ。
時間遡行を繰り返す中で彼女と会話する出来事は今までなかった。新しい変化があるのかもしれないと期待した真百合は文乃に少し相談してみることにした。勿論タイムリープという非科学的現象は隠した上でだ。
「文乃は例えばさ、何をしても死んでしまう人がいたとしたらどうする?」
「う~ん。私は諦める……かな」
「えっ!?」
真百合は驚きの回答に耳を疑った。期待していた答えとはまるで違った。しかし具体的にどんな答えを期待していたかと問われれば答えることができない。とにかく自分の考えではない第三者の意見が聞きたかったのだ。そしてそれが現状を打開するきっかけになればと思っていた。
「人には寿命があるの。それを排除することはできないと思う」
「でも! その人が自分にとって大切な人だったら!?」
真百合は泣きながら訴える。真百合の涙を見た文乃は、今の話が例え話ではないことに感づいたようでしばし熟考する。
「……もし、真百合がその人を絶対に助けたいと願っているのなら……寿命の起因を排除すればいい」
「寿命の起因?」
「そう。お酒をやめられない人はお酒が原因で死んじゃうってことが多いでしょ? でもお酒を断てば長生きできる。だから真百合の想う人の寿命の起因を探したらいいと思う」
文乃は色々本を読んでいるだけあって中々の説得力だった。彼女の言う『寿命の起因』について考えてみる。
「リリィの寿命の起因……」
何度もタイムリープしてきたがリリィティアが死ぬときは必ず直前で真百合に「好きだ」と告白していた。そしてタイムリープ能力を身に着ける前の『真百合が誠也に振られた時間軸』ではリリィティアが命を落とす出来事はなかった。
あの世界での真百合とリリィティアの関係は友達ですらなかったため、告白どころか好意を持たれてすらいなかった。
つまり彼女が真百合に好意を持って告白しなければその後の死という結末も訪れないかもしれないのだ。
「文乃、ありがと。参考になったわ」
「え? うん。真百合の力になれたなら……嬉しい」
絶望の中に僅かな活路が見えた気がした。持つべきものは友である。
リリィティアが死なない方法が彼女に好かれることをやめるという方法しかないのは痛いが、自分が嫌われて彼女が生きられるなら望むところだった。
落ち着いて文乃との一時を楽しんだ後、家に帰ることにした。
「あとは不自然じゃないようにリリィとフェードアウトしていけばいいわね。どうしようかな……」
翌日から真百合は露骨にリリィティアを避けるようになった。
真百合はタイムリープ前とやってることは同じだなと苦笑する。あの時はリリィティアに同性愛疑惑があり、彼女から好意を持たれないように避けていた。だが今回は似ているようでまるで違う。リリィティアを助けるためにリイリィティアを避けるのだ。
そうするしか方法はないから。
そうしないと彼女が死んでしまうから。
リリィティアからの「一緒のチームになろう」という誘いも「お昼を食べよう」という誘いも断った。
「酷いデス……。私は真百合と友達だと思ってたのに……。友達だと思っていたのは私だけだったの?」
捨てられた子犬のような瞳で見つめられて心がえぐられてしまう。以前はここで同情して仲直りしていたが、今日は鋼の意志でリリィティアに嫌われる努力をする。
「リリィ……私、アンタのコト嫌いだから」
自分でも驚くほど冷たい声になった。
リリィティアは絶望したように顔を歪める。そんな彼女の表情を観ると胸が痛んだ。
(同情したらダメ! 例え私の悪評を振りまくことになっても!)
真百合は尚も縋ろうとするリリィティアの手を振り払って教室を出て行く。
仲良くしていた真百合とリリィティアが険悪状態になったことにクラスメイトは動揺していた。真百合にアドバイスした文乃もリリィティアに冷たくするとは思ってはいなったようで困惑している。だが胡桃だけは違った。
真百合がリリィティアに冷たく接した時に一瞬見せた後悔の表情を見逃さず、悩んでいることに気づいたようだ。
リリィティアのアフターケアは文乃に任せて胡桃は真百合を追った。
胡桃は空き教室に入った真百合を見つけてその背中に声をかけた。
「真百合ちゃん!」
「胡桃……」
「さっきの態度はないと思うよ。リリィティアさん、可哀想だったよ」
「私は……私はリリィを嫌いになったの! もうあんな子と付き合うなんてうんざり!
元々外国人とは合わなかったのよ!」
心にもないことだ。本当は大好きだった。親友だと思った。いや真百合自身もそれ以上の感情を抱いているに違いなかった。だが、リリィティアが真百合に好意を抱いてしまったらそこで彼女の寿命が尽きてしまうのだ。だったら真百合はリリィティアの恋心を刺激しないようにして自分の想いも殺すしかない。
「リリィティアさんを嫌いになった? ……だったら何で泣いてるの?」
指摘を受けてようやく自分が泣いていることに気づく。
急いで涙を拭ったが幼馴染には隠し事はできないようだ。
「私、真百合ちゃんの力になりたいの。全部話して」
一人で悩んでいても始まらない。真百合は気の知れた幼馴染にも相談することにした。今まで自分に起こった全てを。
「やっぱりリリィティアさんは死んじゃうんだね」
タイムリープする前の胡桃が教えてくれたことだが彼女は夢で真百合が体感した出来事を追体験できるようだ。タイムリープが胡桃の願いを起点としているからこそ〝観測者〟としての立場を与えられたのかもしれない。
「そう言えば胡桃は並行世界の出来事を夢で見るんだったね」
「あ、私が説明したんだね。断片的にだから全部知ってるわけじゃないけど、最近はよくリリィティアさんが……その、死んじゃう夢を何度も見るから」
「で、どうすればいいと思う?」
「私も文乃ちゃんの話が信憑性があると思う……けど」
「けど?」
二人が話している空き教室の前に人影があった。
リリィティアである。彼女は真百合に嫌われた原因を探すためにその後をつけていたのだ。普通じゃない雰囲気の二人の会話に聞き耳を立てる。
「真百合ちゃん、あんな露骨に嫌な態度取ったら嫌われちゃうよ」
「リリィに嫌われるためにやってるんだからそれでいいんだよ」
「でもこのままじゃ真百合ちゃんがクラスでも浮いちゃうし……」
「私が! 私がリリィと仲良くしたらリリィが死んじゃうんだよ!?」
「――っ!?」
真百合の発言にリリィティアは絶句した。普段なら変な冗談だと考えてしまうが自分がいない場で真百合達が真剣な表情で語り合う内容が「リリィティアが死んでしまうこと」について話していれば冗談とは思えなかった。何より彼女達の言葉を真実としたとき、真百合が急に冷たくなった説明が付くのだ。
(私が死ぬ? どういうこと?)
気配を殺して耳を欹て真百合達の会話を盗み聞きする。
「リリィが私に惚れて告白した瞬間、あの子は運命に殺される。だったら私が彼女に嫌われるしかないじゃない! 私が悪者になって、リリィが生きられるならそれでいいよ! 私だってリリィが大好きだもん!」
真百合の告白を聞いたリリィティアは思わず口を手で覆い、涙を流した。
(真百合は私が好き……。でも私が真百合を好きになったら……私は……)
自分の胸の前でこぶしを握るリリィティア。落ち着いて聞いた情報を整理する。
その間も胡桃と真百合の話し合いが聞こえてきた。
「リリィティアさんが真百合ちゃんを好きにならないようにするのは合ってると思うけど……何も嫌われることはないと思うよ。真百合ちゃん、追い詰められると極端な考え方になる癖は治ってないんだね」
「じゃあ私はどうしたらいいの?」
「リリィティアさんが真百合ちゃんに惚れないように私がサポートするよ! もし真百合ちゃんがクラスの皆に嫌われることがあっても私も一緒に嫌われる! 真百合ちゃんを一人にはしないから……」
胡桃の申し出に驚く真百合。抱擁してくる幼馴染の温もりが非常に優しかった。自分が一人ではないのだと慰めてくれているようだ。
「昔から二人でやってきたでしょ?」
「胡桃……ごめんね。迷惑ばかりかけちゃって……」
「それが幼馴染だよ」
リリィティアは二人に感づかれないようにその場をこっそり離れた。
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