伊崎夏波

「私、貴方の前で可愛く入れた?」

貴方は黙って頷いた。

あの時の私はきっと生涯で一番可哀そうで、いじらしくて、可愛かっただろう。古びた歩道橋の上で放った、貴方への最後の言葉だった。





まだ貴方が半袖をきていた頃、私初めて貴方を見たの。貴方の瞳があまりに真っ直ぐ私を見るから、どうしても忘れられなかった。時が止まったみたいだった。その大きな瞳は私を捉えて離さなかったけど、私はそれでいいと思った。そのままずっと、私を見ていて欲しかった。


初めて話したあの日から、私たちが「あの二人」と呼ばれるまで時間はかからなかった。その頃はちょうど冬の始まりで、やけに丸くて高い月を二人して眺めながら帰ったのが懐かしい。歩道橋の真ん中で私たちは別れなきゃいけないから、一段一段数えるように上ったよね。でも貴方がさみしいと素直に口に出すから結局私は貴方の家の方に下って行った。そんな私を貴方は満足そうに見ていたのを覚えてる。思えば貴方の視線はいつもそうだった。私を見ているんじゃなくて、私の目に映るあなた自身を見るような。貴方は私の瞳が描く美しい貴方の姿を見ていたの。


だって貴方は教えてくれなかったじゃない。貴方が遠くに行くことを。私がそれを知った時、どんな気持ちになったか貴方に想像できる?そう問い詰めたいけれど、あいにく私は貴方に期待すらしていなかったみたい。涙は出なかった。愚痴も零さなかった。ただ、私の中で「やっぱりか」が増えたの。


知ってはいたけれど、貴方が私の手を放した時はやっぱり涙が出そうになった。初めて手を繋いだ時を思い出したから。貴方が私を求めているのがわかって、私、このまま攫われてしまいたいと思ったの。そのあとはされるがまま。慣れた手つきで腕を回されて、気づけば唇が重なっていた。思えばあの時に私たちの今は決まったのかもしれない。

私貴方が大好きだった。案外優しい声が好きだった。後ろ姿がわかりやすくて好きだった。首元で光るネックレスが好きだった。手は大きいのに、爪が小さいのが好きだった。笑うと目がくしゃってなって、あれ好きだった。貴方に会うときはいつも暗かったけど、貴方の瞳はいつも輝いていた。貴方の瞳が街中の星を吸い込んでいたのかもしれない。私はもう、貴方にはもう会えない。貴方はきっと、どこか知らない場所で私を忘れて生きていく。そして貴方がこの街を去ったら、私は満点の星空の下を一人であることになるのね。


私、頑張ったんだよ。私は貴方に見てもらうためだけに日々を生きてたよ。だから私はきっと可愛くいれたよね。貴方が忘れられないくらい可愛い女の子でいれたよね。





貴方が歩道橋を降りていく姿を見て、大好きな貴方の後ろ姿を見て、強がっていた私が解けていった。

「またね、大好き」

もしまた出会った時は貴方の瞳から私を消さないで。


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伊崎夏波 @natsuna112

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