(四)

両親を駅まで送って会場に戻ると、マサコさんは、片付けがおわったホールの隅で、疲れた表情でひとり椅子に座っていた。

「終わりましたね」

「まだ、これからよ。まずスペインを成功させて。次はタイよ。カメさんを手始めにどんどん売り込まなくちゃ。時間がかかるかかるかもしれないけれど、しぶとくね」マサコさんは顔を上げ、笑顔を作った。

「ナウルくんのこと、黙っていて悪かったわね。ごめんなさい。お客さんの意向で、万が一にも事前にSNSからもれないようにって、あなたには最後まで秘密だったの。リスク回避のためなのよ。彼も無名で、素性を公開していないし、きちんとしたマネージメントがついていなかったし」

「あいつ、知っていたのよね」

「ええ、事情を理解して黙っていてくれたわ。でも、あなたを試してみたい気持ちもあった。これはあなたあってのプロジェクトなんだ、と分かってほしかった。そして、たったひとりでも、そこに飛び込む気持ちがあるかどうか」

ところで、とマサコさんが思いついたように続けた。

「ナウルくんはプライド高いかしら?約束通りに、二人分の掃除と洗濯はきちんとしてくれないとね。食事の準備もね。サヤさんが中心のプロジェクトなんだから、主人公が制作に集中できけなければ。でももちろん、彼にもきちんと成果を出してもらうわ。スペインの音楽ファン、きっと彼に興味を持ってくれると思うんだけれど」

そして、マサコさんは、少し間をおいて聞いた。

「ご両親は何ておっしゃっていた?」

「父は、全部マサコさんにまかせますって。この世界のことをよく知っているだろうし、どうか力になってやって欲しい、ですって」

「変わらないわね、それだけなのね。お母さまは?」

「これはきっと嫌がらせだわ、って。私の両親のことを知っていて、父を奪った母に当てつけるためにナウルをスカウトした」

マサコさんは戸惑った様子だった。「たしかにね、ご両親のことは気がついていたわ。でも、そんなつもりは無かった。彼のことは、私の親心みたいなものかな。厳しくなりきれなかった。あなたには、私のようになってほしくなかった。」

「私は、とてもマサコさんみたいにはなれないわ」

「どうしよう、私、酔っ払ったみたいね」マサコさんは恥ずかしそうにつぶやいた。

一瞬、マサ子さんが遠い昔の、傷つきやすい若い女性に戻って見えた。


2024年7月

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時代はカメです 末座タカ @mzwt

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