第2話 おじさん、衝撃の事実を知る。

 先ほどよりも大きな声で叫んだというのに誰も現れない。


 ただ、自分の声が木霊していくだけ。こだまと同時に、不気味な声が響き渡ってくる。鳥の声だけならまだしも、何かの変な声が混ざって何かが聞こえてくる。


 怖いわ。全くもって怖いにも程がある。さっき言った気もする。

 なんだというのだ、この状況は。なんでこんな目に遭わないといけないのか。俺は何かしたか?


 俺はいい会社に入った。たくさんの仕事をもらえて、給料も人よりもいい。

 でも、毎日毎日、家に帰れるのは日付を過ぎてから。帰ったら、ただ寝るだけ。しかも、睡眠時間は3時間ほど。起きたら、少し服を変えて、速攻出勤。

 寝る時間は3時、起きる時間は6時。会社までの時間は1時間。8時から仕事開始。

 残業もあるけど、まぁこれくらいはする事なのだろうと思う。ちょっとしか、残業代含まれてないのはよくわからないけど。(もしかしなくても、ブラック企業という事に気がついていない。)


 ものすごく大変だけども、ちゃんと仕送りもして、二人の弟達の学費も出している。楽しそうに学校に通っていると、病気で働く事ができない母の手紙に書いてあった。嬉しい事この上ない。

 幸せの絶頂ぜっちょうだったと言うのに、この仕打ちはあんまりではないだろうか。

 もう一回言う。俺は、何か、した、だろうか。


 でも、この状況には覚えがある。俺だって立派なオタク。分からない訳もない。

 仕事の合間にはゲーム、ラノベを読むなどをしてきた人間だ。フィギュアだって集めてるし、いろんなイベントにも参加している程、自他ともに立派な認めるオタクだ。

 だからこそ、この状況に思い当たる節がある。

 これは所謂…異世界転生、と言うものではないだろうか…。


 よくあるような、誰かの体に入ってしまうこと。

 だがしかし、普通の転生物ならば、悪役令嬢やパーティー追放系、何かの欠陥けっかんを持っていてチート系の道を進むとか、そういうものではないだろうか。


 なのに、俺の現実は森の中でたった一人で放置されている。本当になんでこんなことに…。

 そこでふと考えがよぎる。


 なぜ、この体の持ち主はこんな目にあっているのだろうか。

 俺はこの体に入っただけだ。大変な環境にいるとは言え、雨風しのげる家があり、身綺麗みぎれいな服だって着れる。

 しかし、自分が今入ってしまっている少女は、ご飯も食べていない、綺麗な服もない、靴もいていない。…しかも、一人ぼっちでこの森の中にいる。


 (なんだか、もの悲しくなる…。)


 いやしかし、少女の事も心配だが、今は自分の心配をしないといけない。

 まずはどうやって転生したのか、しかも、この少女が出てくる話はなんだろうか。どう考えたって、この顔の少女が出てきてギャフンと言わせるような話を見たことはなかったはず。

 そこまで考えて、ふと思うことがあった。

 

(そもそも、俺は転生しているのか?)


 そう、己が転生しているのかどうかという事実。今、これは重要な事だ。

 手を顎に当てて考える。


 俺はトラックにかれたわけでもないし、かと言って、別に死んだわけでもない。だからこそ、なんでここに何できたのかが分からない。


 憑依ひょういと転生のどちらかで考えるならば、憑依ひょういしたという事が一番考えられることではないだろうか。

 だが、ここで重要なのは前世と思われる事を覚えてはいるが、自分が死んでしまったという認識がない事だ。


 でも、これはきっと…自分が死んでしまったのだとしか思えない。記憶はないけれども、こう考えるのが妥当だとうだなと思う。

 なぜだろうか、スッと受け入れて入れる自分がいる。なんでだとか、嫌だとか、なぜそう思わないのかが正直分からない。

 この少女とここまで馴染なじんでいるからだろうか。まるで自分の体のように感じる。なんだか不思議な気分だ。


 気持ちスッキリしたように感じていると、ふと体に違和感を感じる。

 今の今まで気がついていなかったのに、なんで急に体…いや、腹に違和感を感じるのだろうか。

 それだけではない。胸の方にも不思議な感じがする。待てよ…?これは不思議な感覚ではない。これは痛みだ。

 俺は確認しようと、慌てて服の中をのぞいて胸元を見る。今の体が少女だということは理解していても、そんなことは些細ささいなことだ。

 それよりも確認しなければいけない重要な事があるから。

 すると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。


(なんだ…、このおびただしい傷は…!)


 何故、今まで気がつかなかったのかと思うほどに、沢山の刺し傷がある。5…いや、10はある。

 なんでこんなにも刺されているのにも関わらず、この子は生きているんだ?しかも、2箇所かしょに関しては、腹部と胸部なのだから致命傷なのではないか?

 理解が追いつかないまま、胸にある傷があった所をおずおずと触ってみると、急に頭の中に映像が流れ込んできた。

 あまりの情報量に、頭を抱える。

 

(この光景は一体…!)

 

 見た事のない光景にわけが変わらなくなる。記憶のない情報が、雪崩の様に流れ込んでくる。

 激痛に近いほどの頭痛に耐えるため、必死に頭を抱えていると、小さく声が聞こえてくるような気がした。

 

『ごめんなさい…。』

 

 小さな女の子の声なのだろうか。消えてしまいそうな程、小さく儚い声だ。もしかして、この体の持ち主だった子なのではないか。

 直接、頭の中に聴こてくる声に強い痛みに耐えながら返事をする。

 

「もちかして、君はこのかりゃだの持ち主…?」

 

 声を出して尋ねてみたが、返事がない。

 もしや幻聴だったのだろうかと、頭痛を戦いながら嘲笑ちょうしょうする。

 訳が分からない状況に、ついに幻聴すら聞こえてきたのかと思っていると、ついに体に限界がきた様で、視界が真っ暗になってくる。

 

(もう…座ってられない…。)

 

 黒くなっていく視界の中で自分の体が倒れていくのがわかった。

 地面にぶつかる前に、何かふかふかした物にぶつかった気がしたけど、何かはわからなかった。

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