さようならは、言わない

蒼河颯人

さようならは、言わない

──ジュンちゃん。

  ねぇ、ジュンちゃん。

  もう朝だよ。

  目を覚まして。

  まだ眠たいの?


 ジュンちゃんは、私の大切なお友達。

 近くに住んでいて、小さい頃からいつも一緒に遊んでいた。

 お人形遊びや、あやとり、隠れん坊や鬼ごっこ。

 いつも一緒の時間を過ごしてくれたね。

 ジュンちゃん。 ありがとう。

 とっても嬉しかったよ。


 泣き虫だった私を、いじめっ子からいつも庇ってくれたね。私にとっては、まるでヒーローだったジュンちゃん。いつの間にか、彼女と一緒にいるのが普通で、一緒の空気を吸っているのが当たり前になった。彼女と離れ離れになることなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。


 ──この気持ちは一体、どう言えば良いんだろう。


 彼女はとっても大切な人なんだよ。

 私の人生で一番傍にいて欲しいし、傍にいたい。


 昔はそこまで感じたことがなかったんだけど、

 自然とそう思うようになったんだ。

 何故だか、良く分からないけれど。


 私の目の前で、あのことが起きてからかな。


 ジュンちゃんは、私より一つ上のお姉さん。

 小学四年生が終わった頃に、彼女は遠くへと引っ越してしまったの。


 ──また会おうね! サツキちゃん! ──

 ──ジュンちゃん! 行っちゃやだぁ!! ──

 ──そんなに泣かないでよサツキちゃん。遠くと言っても隣町だから、いつでもすぐ会えるよ──

 ──本当? ──

 ──うん。だから、また会えるから、寂しくないよ。だから〝さようなら〟は言わないよ。──

 ──……分かった。それじゃあ、約束だね──

 ──うん。約束。またね。サツキちゃん。大好きだよ! ──

 ──うん。私も、ジュンちゃんのこと、大好き! ──

 ──ねぇ、サツキちゃん! ──

 ──何? ジュンちゃん──

 ──サツキちゃんがピンチの時、どこにいても私、必ず助けにいくからね! ──


 引っ越しの緑色のトラックの後を追うように走る真っ白な車。私はそれに向かって、ちぎれんばかりに手を振った。窓から見えるジュンちゃんも、私の顔を見ながら、精一杯手を振ってくれた。


 彼女の顔がどんどん小さくなっていく。

 見えなくなっていく。

 もう、朝学校に行く時も、私一人なんだなぁと思うと、身体の中を、風がすり抜けていく感じがした。

 だけど、思っていたよりも、寂しくなかった。

 彼女の言ってくれた言葉が、私の心を掴んで離してくれなかったから。

 きっと、言葉を真に受けて、すぐにまた会えると思っていたのかもしれないのだけれど。

 

 でも実際、現実はそう甘くなくて……。

 ジュンちゃんとは、全然会えることもなくて、月日が静かに過ぎていっちゃった。



 でも、待っていた〝その時〟は、思いがけず突然やってきたの。

 

 それは、私が高校一年生になったばかりの出来事だったんだ。朝の通学中、急に何かが引き裂かれる変な音が、耳の中へ飛び込んできたの。びっくりして後ろを振り返ってみると、通学路に大型トラックが飛び込んでくるのが視界に入ってきたんだ。あまりにも急過ぎて、身体が金縛りにあったように、全く動かなかったの。


 その時、何か強い力が、私の身体を突き飛ばしたのよ。あまりにも急過ぎて、すぐ傍に建っていたお家の駐車場の中に、私は転がり込むようにこけてしまった。すると、間近で何かが崩れ落ちる音と、ガラスが粉々に砕ける音がして……。


 塀にぶつかった、トラックの荷台から崩れ落ちた大きな荷物の下から、紺色の腕が二本見えた。

 あれは、私と同じ高校の制服。

 艷やかな黒髪が、アスファルトにこぼれ落ちている。

 その前髪から覗く、色白の額に、見覚えのある傷痕があったの。

 あれは確か、昔遊んでいた時にジャングルジムから、一緒に落ちた時に出来た傷……。

 間違える筈がない。

 私も同じ場所に残っている傷痕だから。

 私達にしか分からない、大切な傷跡だから。


 後から聞いた話だと、私が自分と同じ高校に入学することを、どこかで聴いて、ずっと心待ちにしてくれていたんだって。その日、私を驚かそうと、影から見張っていたらしいの。


 どうしてなのよ。ジュンちゃん!

 どうしてそんなことをしたのよ!

 久し振りに会うのが、こんな形でだなんて!

 

 ──サツキちゃんがピンチの時、私、必ず助けにいくからね! ──


 とあの時言ってくれたことを、そのまま実行するなんて。

 ジュンちゃんらしいけど、あんまりだ。

 私、普通に会いたかったよ!



 それから、ジュンちゃんは入院先で、ずっと眠り続けたまま。

 全身チューブだらけで、呼吸器をつけたまま。

 良い夢を見ているような微笑みを、口元に浮かべたまま。

 いくら呼びかけても、眠り続けたままで、目覚めない。


 ねぇ、神様。

 もし、この世に本当にいるのなら、

 私から彼女を奪わないで欲しい。

 ジュンちゃんを私に返して欲しい。

 彼女に伝えたい言葉があるんだ。

 まだ、ずっと言えないままだったけど、

 目覚めたら、真っ先に伝えたいから……。


 ──また会えるから、寂しくないよ。だから〝さよなら〟は言わないよ。──

 

 わたしはその言葉を信じて、今日もジュンちゃんに会いに行く。

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さようならは、言わない 蒼河颯人 @hayato_sm

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