第2話 ~現実~①


 ズカズカと廊下を歩く大人フェリクスの腕の中には……私。


「ねぇ、ちょっ、歩けるから降ろしてっ」

「いいえ。二百年ぶりの歩行です。身体にどういった影響が出ているのかまだ分かりませんので、僕が運びます」


 大人フェリクス、私を横抱きにしたまま、廊下を闊歩している。

 しかも廊下にはずらりと使用人が並び、頭を下げている。


(なにこの状況!?)


 大人フェリクスは平然と歩いてるけど、当然私は恥ずかしい。


 確かに二年(彼はふざけて二百年とか言ってるけど)もクリスタルに閉じ込められていたのだから、筋力がおかしくなっていても不思議じゃない。


 ……いや、やっぱり彼の成長度合いから、二年ではなく十年くらい経ってるのかもしれないけど。



 廊下を抜けると、衛兵が二人立っている扉が見えた。

 サイズは小さいけれど、頑丈そうな扉。

 彼らは深々と頭を下げた後、その扉に鍵を入れ、「どうぞ」とフェリクスに告げた。


 長く曲がりくねった階段を、彼は私を抱いたまま軽々とのぼっていく。



「……ねぇ、ここどこ? お城みたいに見えるんだけど……さっき大公閣下って」

「リリアーヌ先生が一番気になることは分かっています。今何を言われても信じてくれないのも理解できます。なので──」



 階段一番上の扉を開けると──そこは尖塔の見張り台だったし、やっぱりここはお城のようだ。


 フェリクスがそっと下ろしてくれ、私が倒れることがないように私の腰に手をそえた。

 ここからは街が一望できるらしい。


 建物がどれもすごく高くて、整然と整理された街並みは見たことがないほど美しい。

 このような建築物は見たことがなく、それがこれほど大量に──。


 ……記憶にある村の市場の風景とは大きく異なっている。

 見覚えのある石造りの建物に交じって、見たこともない金属とガラスでできた建造物が立ち並んでいた。



「…………え?」



 目を凝らすと、建物に文字が浮かび上がった。

 さらに人の姿が映し出され、踊ったかと思ったら、また文字になった。


 魔導具のようだけど、あんなものは見たこともない。

 一朝一夕、ましてや二年や十年そこらで出来上がるようなものでもない。


「…………え」

 

 もう一度、声が漏れた。



「あれから二百年の歳月が経ちました。ここはカーヴェリア大公国。僕が治める地です。そしてここは……リリアーヌ先生があの日、クリスタルになってしまった場所、そのものです」



 あの日──私がクリスタルになったのは、田舎の小さな市場だ。


 フェリクスと買い出しをしている最中、私はクリスタルに囚われてしまった。


 ──周りの音が、一気に遠のいた気がした。



「フェリは、大公様なの?」

「……はい。あれから僕は実家の辺境伯家を掌握し領地を拡大、この地を我が領地の中心とし、この城を建築しました。色々あり……ルクサード王国から独立を認められ、今に至ります」



 静かに、ゆっくりとフェリクスは告げた。

 私たちが元々住んでた国はルクサード王国。

 場所は同じだけど、切り取られたってことだ。



「そう。フェリは辺境伯の出だったのね……なんだかすごいのね」



 自分の口から言葉は出ているのに、自分の頭を素通りしている。

 自分が今何を目にしているのか、理解ができない。


 頭が追い付かない。

 考えなきゃいけないのに、何も考えられない。


 信じたくないけど、信じるしかない。

 二年前だと……そう思っていたはずの時間は、すでに二百年の月日となってた。



 私の心を二百年前に置き去りにしたまま。



 この場所が、あの田舎町だというのか。

 すぐそばにあった穀物畑も、街路樹も、あの穏やかで温かかった町の家々も、何一つ彷彿とさせるものがないというのに。


 変わり果てた世界の景色が、その新しさが、これは現実なのだと叫ぶ。

 何もかもが私の意識に突き刺さり、冷たい感覚が全身を包んでくる。


 ──二年だと思っていた。


戻れば皆いるのだと。

 二年で養護院の子供たちがどれだけ成長したのか、楽しみだった。



「みんな、もう…………いないの?」

「……はい」



 街並みに目を向けたままぽつりとこぼした疑問に、フェリクスが申し訳なさそうに答えた。


「──……そう」


 街の景色を凝視したまま、私はただ茫然としてその場に立ち尽くしていた。



 しばらくした後、ようやく違和感に気づいて、フェリクスを振り返る。



「待って? フェリクス……、なんで二百年も生きてるの?」



 彼は、今さらですかと言いたげに苦笑した。





 この世界には精霊がいる。


 それはとっても気まぐれで、気に入った子供には勝手に加護を授けたり、逆に気に入らない相手には酷いいたずらを仕掛けたりする。


実は私も小さなときに加護をもらった一人。

 もらった加護により、私は──魔力の繊細な動きが分かる。

まぁ分かるだけで、別に魔力が多くなったりしない。魔術は理論なのだから、その理解度が加護によって進むわけでもない。


 加護には私のように些細なものから、精霊の力を借りて雨を降らせたり、花を咲かせたり、極まれに精霊術という魔術とは別の術を使える人もいるという。

 加護は本当にさまざまだ。



「つまり──フェリも突然精霊の加護をもらって、半永久的な命となったってこと?」

「その通りです」

「大人なのに?」

「そうですね」



 時刻は昼過ぎ。


 どれだけ二百年の経過に驚こうとも、この世界でははるか昔に終わったこと。

 虚しさは感じるけれど、すでになんとなく受け入れることが出来ているのは自分でも不思議。

 いや、もしかしたらまだ実感がないだけかもしれない。


 頭では理解しても、心は追いついてないだけかも。

 ひどく冷静だった。




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