#3 奴隷として買われたくない世話係


 私と姫様が連れて行かれた先は、まさしく劇場と呼ぶべき場所だった。

 扇状に広がる観客席からの視線を集めるように開かれたステージには、主役となる奴隷モノが集められている。スポットライトを当てられても彼らの目に光はなく、ただ失意に沈んだまま、己の行く末を憂うばかりだった。


「はぁはぁ……、あはは、人の価値があんな簡単に決まっていくなんて、どこまでも背徳的な……! 私たちは一体どれだけの値段が付けられてしまうのでしょうか、ねぇサーシャ……!」


「姫様、そろそろブチますよ?」


 この場の唯一の例外である、姫様以外は。

 牢から出された私たちは、舞台袖で出番を待つように言われていた。依然として手枷足枷もそのままで、相変わらず身動きはとれないままだった。姫様はクネクネしながら興奮しているが。


「というか姫様、なんで姉妹設定なんですか? ご身分を偽るという意図は分かるのですが、流石の私も面食らいましたよ?」


 そんな姫様は今はレイという偽名を名乗り、私の妹という事になっている。そのキャラ付けの為にツインテールに結び直した姫様は、当然といった顔で答えた。


「だって私が皇女として扱われる事はないでしょうし、それなら此方から設定を提示してあげようと思いまして。どうですかサーシャ。私、妹っぽいですか?」


「元から手のかかる方なのであまり変わらないですね……」


 ツインテールの付け根をそれぞれ掴んでアピールする姫様は確かに余計に幼く見えはする。けどこんな妹を貰っても私、そんなに嬉しくないな……。


 けれど、皇女である事を隠す為なら悪くはない。

 眼帯男には一瞬明かすか迷ったが、やはり味方のいないこの場で皇女だと知られても面倒が増えるだけだろう。ならばこのままバレないようにして乗り切る方がいいと、思考を切り替える事にした。


「ではこのまま姉妹という体で何とか隙を探りましょう。出来ればオークションで買われる前に、この拘束具を外せればいいのですが……」


「買い手がつくまでは厳しいかもしれませんね。やはり大人しく奴隷として一度買われましょう。その方がチャンスも多いはずです。ええきっと」


「姫様、そのチャンスって脱出ので合ってます? 別の望みが入ってたりしないですよね? ねぇ姫様?」


 明後日の方向、もとい舞台の方を向いて返事をしてくれない姫様の瞳は、期待でキラキラと輝いてしまっていた。うん、やはり今はこの人当てにならない。


 恐らく姫様はこのまま奴隷になっても構わないと思っているのだろう。それが主の望みだったとしても、私だけはその背中を押すべきではない。主を正しい道へと引き戻すのが、私の信じる従者としての役目だ。


 けれど現状はこのオークションを乗り切る以外に手はない。せめて穏便な相手に買われる事を願うばかりだった。


 ☆


「さて、これは……」


「はわわ……」


 ステージに上がった私たちを迎えたのは、数多の視線。舞台であるが故に遮るものはなく、その全てがこちらに突き刺さっていた。

 それは奴隷を、家畜を、下僕を、玩具を、道具を、人形を、生贄を、犠牲を、珍味を、獲物を見る目。人だと思って見ている者は果たしていただろうか。


「あれが目玉?」「まだガキじゃねぇか……」「背に守ってるじゃんね?」「壊したらどうなるんだろう?」「イイネ……!」「素晴らしい!」「はやくしろって!」「悪くない」「最高だ……!」


「凄いですサーシャ。この場の誰もが私たちを消費する事に躊躇いがありません……! これなら私、誰に買われても文句ないです!」


「姫様、その顔も観客には絶対見せないでくださいね?」


 いやこれ多分人を見る目ないな、色んな意味で。私も主が本当に人なのか自信なくなってきたし。


「はいはーい! 今宵選ばれた者だけが集う禁断のオークション、これが最後の目玉商品になりまーす!」


 人でなしばかりの空間にうんざりしていると、進行役らしいバニーガールのお姉さんが声を張り上げた。もしかして眼帯男の趣味なのだろうか。いい趣味してますね。


「こちらがとある筋から手に入れた、曰く付きの姉妹でございまーす! 勿論私どもの手は一切入っていない、純粋無垢な新品でーす!」


「お、お姉ちゃん……。 私たち、これからどうなっちゃうの……?」


「大丈夫ですよ、レイ。私が必ず守りますから」


 最低すぎる紹介に湧く観客に怯える妹、の演技を始める姫様に私も合わせて頷く。なんだかんだ腹芸も出来るので演技に関してはあまり心配していないのだが、テンションが上がり過ぎてやらかさないかの方が気掛かりだった。


「まずは姉の方からご紹介させていただきましょーう! 短めの黒髪、鋭い目つき、そしてこのスレンダーなボディライン! 抱き心地はイマイチかもしれませんが、だからこそ刺さるかもと思ったそこのあなた! 是非とも一家にお一人如何ですかー?!」


「え、今イマイチとか言いましたか、あのバニーガール。そんな雑な説明でいいんですか?」


 ふざけた説明をするバニーガールとそれに湧く観衆についツッコんでしまう。懇切丁寧に紹介されても困るが、あんまりな扱いだとそれはそれでモヤっとする。女磨きをサボっている我が身だが、私だって人間なんだぞ。


「大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんにもちゃんと需要があるって、私が保証してあげるから」


「ありがとうございます、レイ。でもそれフォローになっていますか?」


 やるせなくなる私を優しい目で諌める姫様。気持ちは嬉しいが、姫様も否定してくれなかった事は暫く覚えていようと思います。


「さてさて、姉の方の紹介はこれまで。いよいよ本命の妹ちゃんのご紹介でーす!」


 そうこうしている内に、件のバニーガールが近づいてきた。一瞬人質に取るか考えたがあまり効果的とは思えず、ただ姫様を守るように間に立つしか出来なかった。


「レイに手出しはさせませんから……!」


「……大丈夫ですよ。大事な商品に傷をつけたら私も怒られてしまいますし。どうせ、あなただって……」


「え?」


 私にだけ聞こえるような小さい声でバニーガールが呟く。その真意を問う暇もなく、肩を掴まれてズラされる。

 その先にいる姫様を見て、バニーガールが話を進めた。


「この通り、姉妹仲睦まじいのも特徴です! だからこそ滾るシチュエーションがあるとお気づきのそこのあなた、この妹ちゃんを詳しく知れば更に欲しくなること間違いなし!」


 私の囁かな抵抗もパフォーマンスだと取り繕うバニーガール。一瞬見えた暗い眼差しも、そこにはもう残っていなかった。


「特筆すべきはやはりこの抜群のプロポーションでしょう! 姉とは比べるべくもない、圧倒的な発育具合がこちらっ!」


「きゃっ!」


 スポットライトが私から姫様へと切り替わり、その姿を観客へと照らし出す。あえて薄着のまま壇上に出されたその意味を、誰もが悟った。


「う、うう……!」


 バニーガールの言う通り、姫様の身体はこう、凄い。まだ16であるというのに、俗にいうボンキュッボンである。胸もお尻も全体の肉付きも、男であるなら食指が動かないはずがないという逸品だった。


「あぁ、見られています……! 薄い服一枚の下にある、薄い本に出てくるヒロインみたいな私の身体が……!」


「姫様その表現は二度とするなって言いましたよね?!?!」


 あんまりな言葉につい演技を忘れて小声で叫んでしまった。折角私がストレートな描写を避けてきたのに、興奮気味の姫様のおかげで台無しだ。いや認めちゃうとそれが一番的確だし、その表現を知った原因は私にあるんだけども。


 こんな中身が終わってしまっている姫様だが、その美貌は本物である。そんな少女が恥じらいに顔を紅く染め、へたりこんでいるのだ。釘付けになるなという方が無理だった。いやそのポージング、まさかワザとじゃあるまいな。


「そして、かの皇女さまを思わせるローズピンクの髪!大きく愛らしい水色の瞳! あどけなさを残しつつも凛々しさがある顔立ち! 例え涙目になっていても、その高貴さは失われる事は、なく……?」


「なぁあれって」「まさか、そんなはずが」「けどあの髪と顔はやっぱり」「嘘だろ、こんな所にいるはずが」


「……っ!」


 言葉尻が萎むバニーガールと、段々とざわめきの中身が変わっていく観客を見てその異変に気付く。

 。興奮したせいかどうかは定かではないが、妹モードの演技が剥がれて本来の姫様が出てきてしまっている。元々皇女として多くの衆目に晒されてもいいように、その在り方を整えられているのだ。無意識かもしれないが、この場に於いてはマズかった。


「バレ、ちゃう……! サーシャ、このままでは私が皇女だって事がバレてしまいます……! どうしましょう……!」


「姫様?!」


 違った。そう思ってるのは私だけだった。やはりこの状況愉しんでやがりますねこのお方!!

 いつものように裏切られてはしまったが、幸いにもまだ観客たちは確信にまでは至っていない。ならばそうなる前に流れを変えなくては――!


「もう止めて! 私の事は好きにしていいから、どうか妹のレイは、レイだけは助けて! お願い!」


 姫様を抱くようにしてから、大声を劇場中に響かせる。私の妹であるレイ、という部分を強調して。苦しいかもしれないが、これでどうにかなってくれ……!


「レイ? それがアレの名前か?」「あそこまで似るものとは思えないが」「あの姉もどこかで見たような」「今更何言ってんのぉ?」「もう何でもいいかな」


 ざわざわと話し始める観客たち。尚も疑う者、思考を放棄する者、勘の良い奴とそれぞれの派閥が生まれ始める。けれど皇女がここにいるはずがないという正常性バイアスは強まった気がした。

 それと気になるのが、先ほどから黙ったままのバニーガールだ。紹介中に言い淀んでからずっと姫様を見ているが、まさかコイツ……? 


「――――1000万!」


「なっ?!」


 嫌な予感が止まらない私の思考を止めたのは、突然の金額宣告。先ほどの私と同じくらいの声量で放たれたそれは、再び劇場内の流れを変えた。


「ま、待て! なら俺は1500万出す! 本物かどうかなど関係ない!」「1800万! そうよね、買ってしまえばこっちのものよね!」「ふざけんな、アレはワシのもんだ! 2000万!」


「お、おーっと! いきなりとんでもない値段が出ました! 現在2000万、次はどなたかいませんかー?!」


「2500万!」「3333万!」「3500万!」「4000万!」


 突如として始まった競りに劇場の熱が上がり始める。

 しかも聞こえてくる声から察するに、皇女かどうかはもう関係なくなっているらしい。可愛ければ何でもいいのかお前らは。


「――姫様レイ! もうなりふり構っていられないかもしれません。厳しいですが何とかこの舞台から逃げる方法を……」

 

「ああ、いよいよ私たち買われてしまうんですね……! そんな大金を注ぎ込んでしまったら、相応の扱いをされてしまうのは明白ですよね? どこまでいってしまうのかしら……!」


「その発言が既にイッてしまった人のソレですからね?!」


 恍惚とした様子の姫様はもはや敵と言って差し支えない。奴隷であれば何でもいいんだろうなこの方は。

 あらゆる事が手遅れな状況に頭を抱えている内に、劇場の熱が最高潮に達していた。


「4億8000万! 4億8000万が出ましたー! そろそろこのオークションの歴代記録を塗り替える勢いですが、他にどなたもいませ――」


「6億!」


「「?!」」


 最後に金額を大きく塗り替えたのは、最初に声を上げた小太りの男だ。こちらを見る目は血走っており、何として競り落とすという意思をこれでもかと感じる。というか絶対バレてますねコレ。


「で、では〜〜しゅうーりょーう!! 馬鹿みた、じゃなかった素晴らしい結果になりましたー! 皇女みたいな少女とその姉の姉妹、過去最高の6億でけっちゃ――」


「行きますよ、姫様レイ!」


「けどタダみたいな値段で買われるのもそれはそれで――きゃっ!」


 悪足掻きとばかりに姫様の手を取って舞台の上から駆け出す。せめて姫様だけでも逃がせたらという淡い希望を持ちながら、ステージ裏に飛び込んで――


「おいおい、お二人で手を繋いでどちらに行こうって言うんだ?」


「っ、あなたは……!」


 そこにはいつの間にか来ていた眼帯男が、進路を塞ぐ様にして立っていた。彼の部下であろう兵士も何人か伴っており、私たちを逃さないようにと牽制してくる。


「お花摘みならもう少し辛抱して貰おうか。お二人を買ったお客様が直に来るから、そこで頼むといい」


「お姉ちゃん、後ろ……!」


 姫様に背を引っ張られて振り返ると、さっきまでいた舞台からも別の兵士が来ていて退路も断たれているのが分かった。つまり逃げ場はなく、武器に出来そうなモノも近くにはない。状況は限りなく詰んでいた。


「お、噂をすればだな」


「――おい来たぞ! ワシの、ワシの奴隷はどこだ?!」


「これはこれはお客様。本日はお買い上げありがとうございます。そちらがご落札していただいた商品なのですが、少々活きが良いようでして……」


 そんな進退窮まった私たちの所へ、更に騒がしい男がやってくる。

 私から見ても貴族然とした服に小太りの体を仕舞いこんだ、ギラついた目の親父に眼帯男が頭を下げた。コイツがあの舞台から見えた、そして私たちを競り落とした男で間違いないだろう。……どこまでも、最悪だ。


「きゅん…………!」


「やっぱりアレもいけるんですか姫様……」


 多分姫様がオッケー出しそうだなと思ったら案の定だった。ストライクゾーンが広いのではなく、どんな敬遠球でも振ってくれるタイプだったらしい。


「ワシのものになったのならそれで構わん! さぁ行くぞ、さっさとワシの屋敷でめくるめくだ! ガッハッハ!!」


「はい、このまま持って帰ってもらって構いません。またのご利用を心よりお待ちしております」

 

 いつの間にか契約とかの諸々も済んだようで、ニヤついた笑みを貼り付けた親父がジリジリとこちらに近づいてくる。まさかホントにこの親父の奴隷になるというのか。姫様はアリでも私は諸々込みで嫌なんだが。


「あぁ、一目見た時からビビッと来ていたんだ……! 今からどう楽しむかを考えると、迸って止まらなくなるわい!」


「そうですよね、私もドキドキして来ました……! サーシャ、ここまで来たら皇女とその従者らしく覚悟を決めましょう? ねぇ……?」


「なんで今日初対面のおっさんと同じ事言ってるんですか? 一国の姫がスケベ親父と同じ魂持ってていいわけないですからね?」


 同じ類のギラめきを瞳に宿らせてこちらを見てくる二人につい素に戻ってしまう。

 もう同類な二人で幸せになればいいんじゃないかなとも思ったが、それでも私は姫様の従者だ。今からでもこの親父を引っ叩いて逃げようかと思って――その手を、小太り親父に取られた。


「さぁこれからはワシがご主人様だ! お前の事はワシがたっぷりと、かわいがってやるからなぁ?」


 そして親父は私の目を見て……


「「えっ」」

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