デュアルソウルマジック

焼魚圭

第一幕 故郷

第一話 森

第1話 キール

 土と草、木々の群れが広がるそこに大きな川が流れていた。木を組み築き上げられた橋を渡る少年二人、遅れてもう一人の少年が駆けてきた。

「おっ、ちゃんと追いついてきたな」

 太陽から注がれる輝きを受けて薄らと重たい緑に色付く灰色の髪を揺らしながら先頭に立つ少年は遅れてきた少年に向けて大きく手を振る。

「三人集まらなきゃ始まらないしな」

「キールもミューザも速すぎるんだって」

 ぜえぜえと息を切らしながら頭を下げて膝に手をつく彼、橙色の髪が眩しくて先頭に立つ少年は思わず目を細める。コウはどこで生まれたのか、誰の子なのか分からないものの、この国ではそう珍しいことでもない。

「コウはもうちょっと運動しような」

 金髪の髪を跳ねさせている少年、ミューザはパンをちぎってコウに手渡す。

「乾いたパンだけだとなあ」

 川を見つめ、一瞬だけ飲んでしまおうかと考えながら首を左右に振る。山の方、水源近くの清い水以外は穢れに充ちていて飲んでしまえば瞬く間に体調を崩してしまうのだと言われていた。

「川の穢れだっけ、どうにか魔法で浄化出来ないのかな」

 いつの間に鞄から取り出したのだろうか。本を捲り文字に目を通すコウに向けてミューザは鮮度抜群の笑顔を見せながら告げた。

「無理、だから僕らが呼ばれたの」

 ミューザの言う通り、彼らの目的は生活用水の汲み取りだった。住民は誰も知らないことだろう。彼らがどのように水を汲んでいるのか。ただただ何故だか彼らが効率良く水を汲んでくるということだけしか知らない。

 それは魔法使いの子どもたちにだけ許されたちょっとした冒険だった。

「それより行こうぜ、日が暮れても持ってこなかったら海の悪魔みてえな顔でぶつかってくるぜ」

 キールの言葉が真実かどうか分からない。しかしながらキールは実際に見たのだという海に住む赤い悪魔。柔らかくて赤黒いそれは丸い頭と幾つもの触手を持っているのだという。

「そんな生き物がホントにいるなら絶対会いたくないよ」

 ミューザの弱気な声を聞いてキールは豪快に笑ってみせた。

「ミューザは気が弱いな」

「だって、恵みの水に住むし穢れも効かないし恐ろしい」

 そんな会話を繋ぎながら橋を渡り追えて、葉の実った枝を結び付けて創り上げた屋根を幾つも目にして背後へと追いやって。

 見えてきた森に手を伸ばす。

「やっぱり、いつも少し湿ってるんだ」

「そうか?」

 ミューザの言葉に同調しようにも分からない感覚は分からない、キールはただ正直に答えるだけのことだった。

「俺には分かんねえ」

 それからミューザの瑞々しい肌に張り付いた湿りを見つめ笑顔を向ける。底抜けの明るさは太陽を思わせる。

「やっぱすげえよミューザは」

 森の中に入り、ミューザは目を閉じて右手を伸ばす。手に桶を乗せてぼそぼそと何かを呟いて。

「始まったな」

 魔力の揺れは蒸気のように揺れ、魔法が動かされる。キールはこの瞬間がたまらなく好きだった。

 桶の方へと目を移す。吸い込まれるように注目するキールとコウの二人と同じように吸い込まれるように水が集まってくる。溜まり貯まり、木の桶を充たしていく水。

 これこそが彼らの水の汲み方。特殊な方法であるからこその効率の良さはこの町の中に於いては唯一無二と言っても差し支えなかった。

 水が溜められたのを目にしてコウはすぐさまコップで水を汲んで飲み始める。

「そんなに喉が渇いてたのかよ」

「パンって水分持ってくからね」

 コウに代わってミューザが答えてみせる。この町の住民が持ち合わせる知識は殆どが町の大人譲り。誰も彼もが外の世界を知らずに数十年でも百年以上でも歴史を築き上げていた。そんな中でコウだけは本という高価な物を手にしていた。

「それ面白いのか」

「色々書いてあってすごく面白いよ」

 コウの言葉に目を疑う。町に住む誰もが紙の束に書かれた文字と呼ばれる記号を知らない。たまに町の外から訪れる大人たちが木の板に刃物で刻み込むものも文字なのだろうか。きっとコウはそういった人物から読み書きを習ったのだろう。キールにはそれの必要性が全く以て分からない。

「文字って凄いんだよ、幾つも種類があって、でもみんなその文字に示す意味があって。例えばリンゴ、ナイフ、パン。それらを示す文字の塊がどこかにあるんだ」

「そうなんだな」

「そうなんだよ」

 コウの顔には輝きと必死さが見られてどこまで頭が良くても同じ人間なのだと改めて気付かされた。

「みんなでいろんな言葉と一緒に文字を共有していけばみんな話せるんだよ」

「そっか、俺がいつもの冒険にわくわくするみたいにコウは文字の冒険をな」

 文字で綴られた世界の流れや誰かが考えた冒険や恋の話、そんな彩りに気分を上げていることを話していたコウだったものの、突然口を閉ざし始めた。

「待って」

 言葉に従いキールもミューザ真似るように黙り始めた。

 それから遅れて気が付いた、キールは気づきを声にせずにはいられなかった。

「いる!」

 木々を揺らし、草を踏みつける音。軽い足取りは素早く何度も連続して耳に届いていく。草原の絨毯を駆け巡る音は心地よくいつまでも聞いていられそう。しかしながらそうしているわけにも行かなくて。

「来るぞ、ミューザ」

「行くよキール、コウは後ろに」

 二人は前にて構え、一人は後ろ。更にその後ろには木々の集団と空、緑と爽やかな蒼の間にひっそりと顔を覗かせるものは石と枝で組まれた屋根。

 耳に神経を集中させる。

 相手は今どこにいるのだろうか、草の揺れは恐ろしく大きな音を立て、様々な命の動きを形にしていく。

――どこから来る、どこにいる

 問いかけたところで出るはずのない答えをひたすら追い求めるキールの身体は突然衝撃を受けた。

「危ない」

 柔らかな衝撃は人の手によるものだろうか。キールの身体を押した人物は金髪の友人。

 その金髪を風の流れに任せて微かに揺らしながら駆けてきた何者かの顔に水の入った桶を被せてそのまま。

 何者か、全身が苔の生えた石の如き配色を持った毛で覆われた生物は木漏れ日すら反射して煌めく爪を地に突き立てて今にも襲いかかってきそうな姿勢を示していた。

「コイツ、魔獣なのか」

 キールは木の枝を拾い上げて右手で握り締め、垂直に構える。左手の人差し指にて真横に一度引いて枝と交わる点を見つめる。それからあらゆる角度から基準点へと線を引いて意識を集めながら言の葉を零し始めた。

「火炎の天上加護よ、ユラユラユレシフアンテイナルゲンソ、ココニアツメワガイノチノハヘントトモニアラワレマスコトヲ」

 意味も分からない、学が無いがために意識と音の在り方だけを頼りに魔法を唱えて木の枝を獣の方へと向ける。

「ミューザ」

「うん」

 ミューザは桶を獣の頭から引き抜き素早く後ろへと下がる。

 ずぶ濡れの頭、はっきりとしない視界の中にこの生き物は何を見たのだろう。

 キールの炎は確実に獣を狙って延びていく。襲いかかってくる蛇のような姿に身体を震わせるような仕草を見せながら逃げていった。

「臆病者め、炎怖がってんだ」

「多分水を払うために振ったんじゃないかな」

「わかんない、調べてみたいね」

 それぞれに抱く感想は異なるものの、誰も事実を見抜くことは叶わなかった。正解が含まれているかも知れない、実は全く関係の無い理由なのかも知れない、案外理由も思考も何も無いかも知れない。全ては不明だったものの今はそれでいい、三人揃って異なる色で同じように思考を放棄していた。

 ミューザは桶に水を集め、五十回異常にも上る往復を繰り返して生活用水を確保する仕事を終えた。賃金も無ければお礼も無い。ただ仕事だから行うのみ。

 そんな姿勢を叩き付けられても尚ミューザは微笑み返すだけのこと。

 キールはこうした扱いに対して溜まり渦巻いていた想いを抑えきれずについつい言葉にしてしまう。

「金くれてもいいじゃねえか少しくらい」

「そう言わず」

 この町の住民は精々百人を超えるかどうか、そんな小規模なもの。小規模とは言えども一つの集団だけで全員分の一日分の水を確保するのはあまりにも大変なことだった。

 それだけで日差しが上りきって少し沈み始めるといった時間の消費。

 それから夕方まで自由を得られるだろうかと思いきや大人たちに呼び出されるという始末だった。

「畑を耕す手伝いをして欲しい」

 もはや一日中仕事、そんな日も少なくない。大人から子どもまで男は働き続けること。それこそが格好いい男だとこの町を開拓して以来絶え間なく伝えられているようだった。

 疑問を覚えた者もいたことだろう。今まさに疑問を覚えている少年の姿がそこに在った。

「分かった、やればいいんだろ」

 そう返してキールは農耕具を手にして黒々とした土に四ツ又の金属が取り付けられた棒を振り下ろす。

 大人たちもまた同じように農作業をする中で二人の女は言葉を交わしあっていた。

「アナタのお子さん大丈夫なの」

「ええ、大人になったらきっと立派になれると思う」

 緑色の光を帯びた灰色の髪をしっかりと伸ばして一房に纏めた女は言葉を続けた。

「キールは世間を知らないだけ。成長したらきっと分かってくれる」

 この町の生活を保つ方法、隣の街に野菜や穀物を売り魚を仕入れ、村や山で採れる別の野菜や果物と物々交換を行うこと。金銭でのやり取りと物同士でのやり取りが両立した仕組みこそがこの町の在り方。

 生きていくためには役目をそれぞれに一つか二つ、こなせる人物であればそれ以上、全ての人物が担っていかなければならない。怠け者や無駄の一つが町全体をも傾かせかねない状況、人生そのものが泥船の乗船の如し。

 そんな事実を知る年齢が来た時、少年は大人へと在り方を変えるのだ。

「生まれてから死ぬまで生きるために働いて命を繋ぐために結婚して育てるために生きる」

 男の人生など初めから道具となるためだけのもの。そこに疑問を覚えるのは誰もが通る道。

「当たり前の流れでしょう」

 返された言葉にキールの母は表情を変えることもなく言葉を続ける。

「自分が道具でしか無くなることに疑問を覚えるのはみんな通ること、キールはそれが早かっただけ」

 覚悟や理解が進む前に至ってしまう子どもは時たま現れる。誰も彼もが苦しみを内側に抱えて抜け出すことの出来ない業に沈んで気持ちが冷めた後で見えてくる現実、それを無事に受け入れる。

 綺麗に創り上げられた物語のような流れ、取り決められた幾つかの枠組みの一つに納まってしまってるようだった。

「大切な子だもの、今すぐ死んだ心で生きろなんて言えない」

 それが親切なのか正解なのか、素直に頷いてみせることなど出来ない。それでも正しいのだと言い聞かせながら生きていくしかないのだと胸に仕舞って今は事実を教えない。


 夕方は訪れた。その空間、独特の空気感は特別な感情を運び込んでくる。

「あなたの町の魔法使い」

 呼びかけ、これもまた仕事を増やすことに他ならないということに気が付いているのだろうか。ミューザは更に言葉を続ける。

「何かお困りのことがあるならどうぞ気軽にお申し付け下さい」

 そんな言葉に素直に答える少女が現れた。三人共に少女の姿に見覚えがあった、というより度々依頼を持ち込むのだ。森で特定の雑草を採取してくることや大きめの石を頼み込んでは斧だの小さな矢尻の材料になる大きさに砕く事など何かしらの工具やその素材に変えると言ったこと。

 持ってくる依頼はどれもこれもが別々の業種に用いられる物のように思えてどのような家柄なのかすら分からない。もしかすると日頃から父が生活苦を歌うように嘆いているのかも知れない。

 そんな少女が今この瞬間、ようやくキールの疑問を解消する。

「私の家は狩り担当なんだけど」

「キール、狩り関係だってさ」

「来た来たー」

 飛び込んできた話は順調に進んで行った。

「今日もいっぱい狩りをした。罠とかはどうにか自分で仕入れるんだけど」

 それでは狩れないモンスターの類いだろうか、それとも幾ら狩っても追いつかない数の獲物の話だろうか。繁殖期はとうに過ぎ、今こそが大勢の時期の動物もいるのかも知れない。

「矢の材料を買う金が無いから太い木を一本持ってきて」

 おつかいクエストとでも呼べば良いのだろうか。ミューザとコウは頷いてしっかりと答えてみせた。

「勿論だよ」

 少女の言うままに目的のものを求めて森の中へと進んでいく。きっとこれから始まるものは平和そのもの。

 それでもキールの中では熱く滾る冒険心が昂ぶっていて。

 そんな熱気を見て取ったのかコウの口は自然と開かれた。

「キールはやる気いっぱいだね」

「当然だ、俺も狩人なりたいな」

 キールに狩りを任せることは出来るのだろうか。少なくとも今の未熟な心では任せることなど出来ないことだろう。なりふり構わず狩り、生態系を崩してしまいかねなかった。

「でもキールにバランスは取れるのかな、自然でのバランス」

「そんなことしなくても一人じゃ壊せねえよ」

 きっとそれが本音なのだろう。油断、慢心、過信。こうした想いが思いも寄らぬ結論を引き起こす可能性があることも知らないままで。

 彼が何を思っているのか読むまでも無くコウはただ言葉を振り絞る。

「魔法使いだから気を付けないとやってしまうかもね」

 それから三人で森の中へと歩みを進めて木々を見つめる。

「ハイイロハカザリノキはダメ、あれは加工中に崩れる」

 見定めを行っているのはコウ。彼が詳しい理由など文字を追う日数の賜物だった。

「ハイイロアカハカザリノキは……これも崩れる」

 この地にて自生している木。それは半数近くが加工に向かないハイイロハカザリノキの仲間たち。薄らと緑を帯びた灰色の葉を飾る木は傷を付けることで出て来る樹液にこそ価値がある。木材に塗ることで雨を吸い込むことが無くなり、土の壁の形成時に練り込むことで結びつきを強めて頑丈にする。この町から頻繁に輸出される素材の内の一つだった。

 そんな名産が役に立たない弓矢は残りの半数の木から素材として選ばれたものを使う。

「カタミキカワキノキ、これだね」

 固めでありながら加工を経ることで柔らかな紙へと化けるのだという。表の皮が素材だと言うことは分かっているものの、如何なる加工を施せば良いのか、それを知る者は一部の職人だけなのだという。

「じゃあ、行くよ」

 コウは手頃な石と木の枝を複数、地面に置いて円を引いて囲んでみせる。円を外周として幾つかの線を引いて創り上げた幾何学模様、真ん中の空白に置かれた素材たちに触れる線は一つたりともなく、線の外側、直線に沿って記号を書き連ねて出来上がった陣を見つめ、一息ついた。

 それからコウの説明が始まる。

「この円が世界を囲んでる、それぞれ直線が他の直線と交わるまでの間のスペースに五の属性の内基本の四つを書くんだ」

 つまるところ、世界の中に文字だけで書き留められた小さな世界を綴るということ。こうした緊急時の実用性に欠ける手順を踏むことでようやくコウの魔法は起動に至る。

「細かな素材たちよ、それぞれの組織の在り方を変えて術者の思いのままの姿を塗り替えたまえ」

 瞬く間のことだった。陣は鋭い輝きを放ち、元の落ち着きを取り戻す。

 いつの間に姿を変えたのだろうか、木の枝の集団と石はいつの間にか組み合わさって斧の姿を取っていた。

「出来た、あとは切り倒すだけだね」

 コウの手に握られた斧はしっかりとした重みを持っていた。それを勢い任せに一度、すかさずもう一度、更にもう一度、木に当てられて。

 削れる木は大きく揺れてざわめいた。危険信号を発するように鳴いていた。

 それから間を置くこと無く、状況は進んだ。

 木の緑の中からすり抜け飛び出す何者か、小さな生き物。姿を確認してキールは驚きの声を上げた。

「チフの群れが」

 チフと呼ばれたそれ、虫の一種はキールの頭上を通り抜けてコウめがけて突き進む。

「やめろ」

 ミューザはコウの手を取って引っ張りしっかり足を動かし駆け抜ける。

「橙の髪を花と勘違いか」

 花の蜜を吸っては飲んで余りを女王と娘のために捧げるのだという。しかし彼らがその様な知識を持っているとは決して思えない。

「火炎の天上加護よ、ゴウゴウグツグツニエタギルオンドデヤキハライソマツナルモノヲコノセカイニテツクリアゲルコトヲドウカ」

 その詠唱は実際に天にまで届くものだろうか。放った炎が描く模様、空間の飾りのように鮮やかな赤は蛇を思わせる縄状で、チフを焼きながら一つ一つ落としていく。

 ミューザは避難を終えてキールの戦う姿を見守る置物と化してしまう。今戦いに出たところで無駄でしかないだろう。足を引っ張ることだけは御免だった。

 チフだけでなく炎の輝きにおびき寄せられた虫たちが次から次へと姿を失っていく、炎に当たっては元の形を維持することすら出来ない。焼き払われている様子を目で追う事しか出来なかった。

「これがキールひとりでの戦い」

 思わず呟いてしまった。赤く美しく、炎は堂々としていてどこまでも強い。

 ミューザとコウの立つ木の陰から見つめることの出来るそこ、別の木の陰に立って目を輝かせる少女の姿を目にすることとなる。

――もしかしてあの子

 それは先程木を運んでくるように頼んでいた少女。父の手伝いで狩りをしているという彼女はきっとこの中で誰よりも森に詳しくて、子どもからすればどこまでも深く思えてしまう経験を積んでいるだろう。

「コウ」

 ミューザは呟くように声を潜めながら訊ねる。

「あそこ、分かるか」

「分かる、あの子だろ」

 気が付いている、だからといってどうという事もないのだが。

「もしかして魔法の戦いが見たかったのか」

 推測でしかない。想像を巡らせるものの、彼らの中には同じレベルの答えしか浮かんでは来なかった。

「確かに、異国では人同士、もしくは人と獣を争わせる競技もあるし観客だっている」

 そうしたことをただ考えている。あの子の本質など何一つ考えの中に含まないまま、好き勝手に言いたい放題。

「それって奴隷の競技だった歴史があるんだ」

「もしかして俺たち利用されてるのか」

 コウは一度頷く。間を置くこと二秒間の後に推測の言葉を飾り付ける。

「かもね」

 本当に矢の材料が欲しいことは間違いないだろう。

 しかし、それだけだとは到底主追えない。疑いという境地にたどり着いてしまっていた。

「あの子を問い詰めるのは良くないから迷惑だと思ったら言おう」

 そんな結論にたどり着く。依頼を持ってくる人物が減ってしまうのは素直に苦しかった。彼らが森や荒れ地、山にまで足を運ぶ許可が下りているのは依頼を受けてこなしている、飽くまでも仕事の一環だという建て前で大人から見逃してもらっているに過ぎないのだから。

「確かに、利用されてるならコチラも利用しようかな」

 そんな会話で注目までもが終了する。

「ユラユラトフルエキョウイヤキハライタマエ」

 キールが言の葉を呟き腕を振る度に虫が形を失い黒々とした塊へと変わり果てる。辺りは蒸し暑く、気候までもが変わってしまったのではないかと錯覚してしまう。

 それ以上のことは起こらない。ただ蒸し蒸しとして居心地の悪い世界へと変わり果てるだけのこと。

 そんな様子を見届け、そこら一帯を飛び回る虫が根絶されたことを確かめてキールの傍へと三人一緒に飛び出した。

「やったな」

「すっごい」

「無事で良かった」

 キールは一緒に歩いた覚えの無い人物に目を向けてそのまま見開く。

「ついてきてたのか」

 少女はわざとらしい笑みを浮かべながら一秒見つめ、赤みを帯びた顔を逸らして答えた。

「まだ狩りは終わってないから」

「でも弓矢持ってきてない」

「罠を見に来ただけ」

 不機嫌な声色は明らかに何かを隠したがっている。

「罠って俺らのことだろ」

 ミューザの疑問に対して少女は鋭い目で睨み付ける。

「人聞きの悪い。私だって気になって仕方なかった」

 何に対する好奇心なのだろう。分からないものの、少なくとも罠を見に来たという嘘は即刻剥がれ落ちてしまっていた。

「嘘つきめ」

 ミューザは少女に対して暗い印象でも抱いてしまっているのだろうか。棘に塗れた言葉は少女に対する容赦を知らない。

 そんな様子を見てキールはミューザの肩に手を置いて。

「まあ別にいいだろ、困った子だよなで済ませば」

 それから男三人で木を持ち上げて運び込む。途中で少女も加わろうとしたものの、コウの言葉によってその手は拒まれた。

「基礎魔法で身体強化出来ないならやめた方が良いよ」

 少女に魔法の素質は見られない。魔法使いから見て何かが物足りない、それが印だった。

「そういや名前は」

 キールの軽い気持ちの問いかけに少女は顔を輝かせ声を弾ませながら答えた。

「私は狩人のユユ」

 木材をユユの家の前に運ぶことで本日最後の仕事は、彼らのひとときの旅は終わりを告げた。

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