4話

「おかえり~。もうみんな食べ始めてるよ~。」

主役が戻ってきた会場の会食は、もう始まっていた。私の後ろから主役がお出ましだ。

「ただいま。アイリ、飲み物飲む?」

「飲む。」

手を引いて連れてきた主役は、体から水分を全部吐き出したに違いない。ぐずぐずになったハンカチが、ポケットの中で主張する。

「班長、お疲れ様。まだ全部残ってるから、先にアイリに食わせてやろうぜ。」

きっと食欲を抑えて、私たちを待ってくれていたに違いない。その巨体を維持するためのコストはかなりのものだろうに、私たちのために我慢していてくれたのだ。

「そうだね。何食べる?」

「ピザ。」

そこにあるピザを一切れとって渡す。フライドチキンの時とは違って、やさしく受け取った。カミュがコップをとって、コーラを注いで私にくれる。

「はい、コーラでよかった?」

「うん。」

「班長、懐かれてますね。なんだかかわいいですね。」

「なついてない。」

二人が仲良さそうに会話していて、なんだか和む。でも、まだ懐かれているとはいいがたいだろう。

「私もお腹が空いたな。立ち食いははしたないから座ろうか。」

椅子を引いて、ピザに食いついている主役を座らせる。紙皿を受け取って机に置き、そこに色とりどりの食べ物を次々に置いていく。否定されないから、どんどんと置いていく。わんこそばみたい。いつの間にか口の中にピザが消えていた。食べるスピードが速い。彼女が皿の上のものを次々手に取って口に運ぶ。

「ゆっくり食べてね?のどに詰まらせないようにするんだよ?」

「うん。」

たくさん食べる子供は見ていてかわいいものだ。


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今日は楽しかった。作った食べ物がほとんどグラーズとアイリのふたりで消費されるとは思わなかったけれど。シャワーを浴びて、寝るための支度を整える。任務が入らなければ、明日は予定がないみたい。だったら、カミュに仕事を教えてもらおう。携帯で明日の確認を済ませ、コードを差して部屋の電気を消す。明日に向けて、布団にくるまる。目を閉じて、明日を待つ。

キイと、ドアが声を出す。廊下の光が部屋にさして、暗闇に慣れた目が拒絶反応を起こす。

「アマガサ?まだ起きてる?」

ドアからひょっこりと顔を出したアイリが聞いてくる。あと少しで日付が変わるくらい夜更けなのに、まだ彼女は寝られていないのか。

「起きてるよ。アイリ、どうしたの?」

「なんでもないんだけど、ちょっと一緒にいて。いいでしょ?」

とりあえず頷いて、彼女を部屋に招き入れる。よく考えたら未成年を夜中に部屋に入れるのはうかつだったかもしれない。ぽすっと、私がさっきまでくるまっていたベッドの上に座る。ほかに座る場所がそこまであるわけでもないが、そこに座られるとなんか恥ずかしい。布団をきれいに整えずに出てきてしまったので、あまりみれたものでもない。

「ん。あんた、服畳みなさいよ。皺になるわよ。」

洗濯して畳まずに置いてある服を、彼女はとって慣れた手つきで畳む。家庭的な能力が、その過去のせいで高い。

「ああ、まあ明日やるから気にしないで。ありがとう。」

一つ畳んだその服を受け取って、机の上に置く。ドアが閉まって、暗くなる。暗闇の部屋で、座る彼女と立つ私。彼女の隣に座って、二人して前を向く。隣から体温が伝わってくる。子供特有の新陳代謝なのか、それとも入浴後だからなのか。

「ねえねえ。あんたさ、なんで私に優しいの?」

「え?優しいのって、別に普通じゃない?」

「そうなの?ならいいけど。」

なんなんだこの会話。二人して、押し黙ってなんでもない時間が流れる。彼女はそれでもいいのか、足をぱたぱたと動かして、楽しそうだ。

「ねえ、一人で寝られないからさ、一緒に寝ていい?」

「えぇ?流石に未成年とはいえそれは…」

言いかけて止まる。彼女はネグレクトされていたのだから、愛が足りていないのかもしれない。私が恥ずかしいからといって、それを拒むのは彼女のためにならないだろう。

「…うーん、そうだね。ベッド使っていいよ。私が床で寝ればいいかな?」

同じ部屋にいれば文句はないだろう。彼女が寂しいのはあくまで近くに人がいないからに違いない。同じベッドで寝るのは、流石に恥ずかしい。

「…うん。それでいいわよ、それで。」

少し不満そうではあるが、承諾が得られた。少し電気をつけて、敷布団を取り出して敷く。そのままおやすみと言い合って、二人で床に入る。

今の私は女性に耐性がないわけでもないが、そこまで心臓が強いわけでもない。さすがに近くに女性が寝ているのなら、どれだけ目を閉じて寝ようと画策しても、心臓が主張して頭が冴える。血が回って、今どこかに傷がついたら数秒で全部の血が抜ける気がする。二人の呼吸音が、やけにうるさい。

「…ねえ、まだ起きてる?」

「起きてるよ?なんかあった?」

「…今日はありがと。」

「どういたしまして。初めて感謝聞いたなぁ。」

「感謝ぐらい素直に受け取りなさいよ。めんどくさいヤツ。」

なんだか心に足りなかったものが満たされたようだった。すっと眠気がやってきて、頭から無駄なものが流れ落ちていく。


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「おや~?なかよしだねぇ~?」

誰かの声で眠りから覚める。なかよし?

「んう?なに?」

抱き枕から声が聞こえてくる。抱き枕なんて持ってないよな俺。アイリ?

「班長~?手出しちゃった~?お縄につく~?」

「え~っと。勘違いです。捕まえないでください。」

事案発生らしい。やめてくれ、手は出してないし、そんなつもりもない。親代わりになれと彼に言われたのに、それじゃ親失格だろう。

「冗談だよ~。おはよ~班長。こんな時間まで寝てるなんて、よほど寝心地がよかった?」

人肌の温かみが、寝心地がよかったことは否定できない。でもそれを言ったら揶揄われるのはわかってるから言わない。

「おはようございます。疲れが溜まってたみたいです。ほかの人には言わないでください。ほらアイリ起きて。」

「あはは、まあそんな勘違いする人いないから大丈夫だよ~。」

「なに?あさ?おはようおとうさん。」

「お父さんじゃないよアイリ。班長だよ。アラーム勝手に消した?」

「けした。うるさかったから。」

うるさかったからじゃないよ。うるさくないと起きれないでしょ。というか朝にこんなに弱い子なのか。

「なつかれてるね~ほんと。朝ごはんどうする?」

「パンまだあるよね?二人分焼いておいてくれる?」

布団から抜け出して立ち上がる。空いた穴から冷たい空気が流れてくるのか、アイリものそのそと布団から這い出てくる。

「起きたね~。小動物みたいでかわいいねぇ。じゃあパン焼いておくから顔洗っておきなよ~。」

マホガニーが部屋からいなくなる。

「ん。」

手をこちらに広げてくる。いや、運べないから。ある程度の力はあるけれどもうそこまで小さくもない、高校生を運べるほどはない。

「運べないから。自分で歩いてよ?」

「わかった。て、にぎって?」

それくらいならいいだろう。足取り重い彼女を手で引っ張って部屋から出るのだった。


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食パンに、ジャムをスプーンで掬って塗りたくる。それを隣のパンと交換する。

「…ジャムくらい自分で塗れるわよ。」

交換を拒否された。顔を洗ったくらいから普段の自分を思い出したのか、会話をほとんどしてくれなくなってしまった。素と普段の差が激しい。昨日今日と、なんだか小さい子供の対応をしてしまうが17歳なんだった。私が親の年齢ほど年を取っているわけでもないし、恥ずかしくなったのだろう。スプーンとジャムを渡したら、自分でちゃんとジャムを塗って食べ始めた。

「ゆっくり食べてね?」

口にパンを咥えたままうなづくのを見て、二人でパンを貪りはじめる。カミュが温かいコーヒーを私の前に置いてくれる。

「ありがとう。カミュ、今日はなにか予定ある?なかったら仕事を教えてくれないかな?」

「了解しました。必要な資料を用意しておきますね。」

「じゃあ私は何してればいいのよ。」

いきなり会話に挟まってくる。きてからまだ荷解きをしてないのだから、それをすればいいじゃないか。

「だったら俺と遊ばないか?ボードゲームとか、たしか倉庫にあったと思うぜ。」

グラーズがカバーに入ってくる。正直私もボードゲームやりたい。

「いいなぁボードゲーム。晩御飯の後にみんなでやろうか。」

「私は遠慮しておきます。まだ読みたい本が残っているので。」

「みんなで遊ぼうって言ってるのに水を差すなんて、どういうこと?負けるのが怖いの?」

どうしてこう喧嘩腰なの。ダメでしょ。半分に減った正方形を口に少しずつ詰めながら、隣を見つめてわかってくれるように願う。

「は?別に負けないですけど?いいですよ。コテンパンに叩きのめしてあげます。」

「二人ともボードゲームとかやったことあるの~?」

「ないです。無駄なので。」

「そんなの家になかった。」

どこからその自信はやってくるのだろうか。二人してそりが合わないのか、噛みつき合う。もうすぐなくなるパンを彼女は名残惜しそうに口に運びながら、減らず口を叩き続ける。私の食べる速度が遅くなる。悩みの種がこれからもこうやって増えていくのだろうか。

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