遅筆の恋〜アラサー拗らせ女が恋の遅筆を卒業する話〜

イスキ

第1話 結婚式の招待状

 久しぶりに来たメッセージは、結婚式の招待状だった。

 無機質な通知音が鳴り、私は眠りかけていた瞼を押し上げて、ベッドサイドからスマホをとりあげた。

柳浜やなぎはま……さん?」

 名前を見ても人なりを思い出せず、アイコンの自撮りをタップして、ようやく顔と名前が一致する。

 送り主は同じ会社の同期だった。


 〈久しぶり!今度結婚することになったんだけど、よかったら式に来てほしくて〉


 〈会場のリンク送ったから見てね〉


 〈返事お待ちしてます〉


 軽やかな短文で綴られたメッセージを目で追いながら、画面をスクロールする。

 どうして彼女は私なんかを誘ったのだろうか。私——名代亜弥なしろあや、28歳、独身、画材メーカーのエリア限定社員なんかを。

 柳浜さんとは、勤務地が重なったこともなければ、研修中に仲が良かったわけでもない。もちろん連絡なんかほとんど取ったことはないし、そもそも彼女とプライベートの話をしたこともない。

 結婚報告の前に送られたメッセージの日付は3年前。飲み会の会場が変更になった知らせに私が返信したところで止まっていた。

 送り先を間違えたのではないか。尋ねようと、リンクをタップして気がついた。

 結婚相手も同じ会社の同期だった。つまり、同期同士が結婚するので、下手に選別するわけにもいかず在籍する同期を全員呼んだというわけだ。

 そんなの、行けるわけないじゃん。

 私は唇を髪をかきあげて、ため息をつく。ほとんど同期と接点のない私が、華やかな彼らに混ざるのは場違いな気もするし、それに、会社の同期ということは、つまり、

——香坂くんも誘われていることになる。

 やだよそんなの。

 のこのこ行ったら会っちゃうじゃん。

 何より、私はこの「同期の香坂くん」にだけは、絶対に会いたくなかった。


***


 6年前、地方大学の美術科を卒業した私が就職したのは、国内有数の画材メーカーだった。

 自社での画材の生産はもちろん、海外メーカーとの取引もあり、うちを通じてしか買えない画材も取り扱っている。

 同期は20人程いたが、そのほとんどが総合職採用であり、大半がまとまって東京か大阪の拠点に配属された。

 一方の私は、転勤のないエリア社員として採用された。福岡の拠点に配属され、しがらみのない小さな事務所でのほほんと働いている。

 エリア社員は、総合職の彼らに比べると、昇進のスピードも緩やかで、給金も少ない。公務員でいうところの、キャリアとノンキャリアぐらい待遇に差があった。

 それでも、東京でおこなわれた内定式と新人研修には彼らに混ざって参加した。その年のエリア職員の採用は私だけだったので、まわりは総合職のエリートばかりだったけど、表向き彼らは優しく接してくれた。きっと皆育ちが良いのだろう。


 香坂くんと初めて会ったのもそのときだった。


 香坂くん——香坂樹こうさかいつきくん——は同期の中でも特に目立つ存在だった。

 日本でも有数の国立美大出身で、涼やか上品な顔立ち美形。実家は都内の一等地にあるらしい生粋のお坊ちゃま。

 そのうえ、在学中に制作した短編アニメーション作品が世界的な芸術賞を獲得したことで、いっときは注目の的になっていた。

 卒業後の進路が注目されていたのだが、来ていたオファーを全て断り、弊社に就職した経緯があった。

 香坂くんのことは、入社する前から知っていた。

 自分も美術科を卒業していたこともあり、在学中にあんな大きな賞を獲ったのに、プロの道に進まなかった彼に羨望のようなものを抱いていた。

 あるいは怒り。

 いつか本職の画家になることを夢見ていた私にとって、香坂くんが捨てたものは、私が欲しくてたまらないものでもあった。

 でも香坂くんはきっと私のことを覚えていないだろう。

 同期とはいえ、ほとんど話したことはない。

 一度だけ、踏み込んだ出来事があったが、彼にとっては、とるにたらない一瞬に過ぎないだろう。


 まあいい。どうせ会場は関東のどこかだろうし、距離を理由に断ればいい。

 そう思い、開けたリンクを閉じようとして、私は手をとめた。

「えっ?」

 思わず独り言がこぼれる。

「なんでここなの?」

 私は部屋の空虚に向かって尋ねていた。

 彼女が送ってきた結婚式場は、あろうことか、私のうちから徒歩3分で行けてしまうウェディングレストランだった。

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