夏祭り②
俺は焼きそばを片手にその場に立ち尽くしていた。
今まで通ってきたところをある程度探したがスマホは見つからなかった。
この人混みではスマホが祭り本部に届いている可能性も低いだろう。
何より拾う暇もないほど人がぎゅうぎゅうに密集している。
ということは自力で茜たちと合流するしかないのか?
いやいや、一応本部に行って落し物を確認しに行こう。
俺はその後人混みを掻き分けやっとの思いで本部に着いた。
「あの....ここに、ちいかわのケースに入ってるスマホ届いてませんか?」
「落し物ですか?」
「確認してきますので少し待ってくださいね」
女性のスタッフさんが丁寧に対応してくれたが正直期待はしていない。
せっかくバイト代貯めて可愛いスマホケース買ったのに.....
しばらくするとスタッフが戻ってきた。
「届いていないみたいです」
「ここに電話番号を書いていただけたら、もし見つかった時には連絡が可能です」
「あの....僕スマホ無くしてて電話番号教えても繋がるのはその失くしたスマホなので意味無いと思います」
当たり前の事なのだが、このスタッフは茜と肩を並べるほどの天然なのだろう。
少し皮肉を言われた気分だ。
「え、あ!確かに.....」
「申し訳ありません.....」
「いえいえ、親切にしていただいたのにあなたが謝らないでください」
「また後できますね」
俺はそのまま本部を後にした。
手に持っている焼きそばも冷えきってしまい、茜たちとスマホを同時に探しているとあっという間に辺りは暗くなった。
ふと腕時計を見ると時刻は8時30分を回っていた。
「もうこんな時間か....」
もうそろそろ花火が始まってしまう。
茜と藍も一緒に見るのを楽しみにしてたのに。
早く合流しなければ
この祭りの会場は神社を中心として河川敷まで屋台が並んでいる。
河川敷には花火を待つ人達で溢れていた。
しかし神社の方はその影響でかなり人が掃けてきた。
神社の方を探しても2人は全く見つからない。
河川敷に方に行くか......
俺は履きなれないサンダルで一生懸命走った。
「はぁ...はぁ.....」
河川敷に着くと、俺は膝に手を着いて息を整える。
顔を上げると同時に大きな爆発音が鳴り響いた。
辺りは明るく照らされ、周りの人達は空を見上げて笑顔になっていた。
花火が始まったのだ。
俺も汗を拭いながら花火を見上げ、その光が散り終わると、視線を再び落とした。
今は茜たちを探さないと..
しかし視線を落とした先には見慣れた人影が目を丸くしてこちらを見つめているのが見えた。
「しゅん....?」
疲れ果てたその声は茜のものだった。
茜は藍を背負いながら、涙目になっていた。
「ごめん....あの後スマホを無くしちゃって....」
「それはいいの!」
「でも藍の足が.....」
そうだ、なんで藍が背負われているのか理由を聞いていなかった。
俺は急いで2人に駆け寄る。
藍はいつもと同じように大人しくお姉ちゃんに背負われていた。
足を見てみると....
「なんだこれ....」
藍の足は血が滲んで、赤く腫れ上がっていた。
下駄を履いていたから靴擦れを起こしたんだ。
俺を探すために沢山歩き回ったからかもしれない....
茜もどれくらいの時間藍を背負いながら移動したのだろうか。
茜はいつだって完璧なお姉ちゃんだ。
それに対して俺は最低だ。2人を傷つけたのは実質俺だ。
「本当にごめん」
「俺のせいで...」
俺たちの頭上では綺麗な火の花が咲き乱れていた。
会話も花火の音でほとんど聞こえない。
「ひとまず座ろう」
河川敷の芝生に腰を下ろし、一旦落ち着くと藍の表情も柔らかくなった気がする。
藍は俺が手に持っている袋に視線を落とすと、口を開いた。
「しゅん、焼きそば....食べたい」
「え?でも冷えてるぞ」
「いいの!ずっと食べたかったから...」
「そこまで言うなら」
俺は完全に冷えきった焼きそばを藍に手渡した。
一生懸命焼きそばを口に運ぶ藍を、茜と俺は暖かい目で見守った。
こんなに美味しそうに焼きそばを食べる人をこれまで見た事があっただろうか。
「花火、綺麗だな」
「うん!一緒に見れてよかった」
俺と茜は騒がしく、眩しい空を見上げ、お互いが聞き取れるように大きな声で会話する。
「藍も見てごらん」
茜は隣で焼きそばを頬張る藍に優しく声をかけた。
「綺麗.....」
前の世界での花火とは比べ物にならないほどに綺麗な花火だ。
俺たちはその貴重で一瞬の時間を大切に過ごした。
最後の一発が天高く打ち上がり、大きな円形に広がる。
それと同時に茜と藍の口が同じタイミングで開く。
本当に2人とも似てるな。
最後の火花が散り終わると、茜と藍はこちらを見て微笑んだ。
「楽しかったね!」
「あぁ」
「俺なんかと一緒に花火を見てくれてありがとう」
「今まででいちばん楽しい祭りだったよ!」
「私も....」
「私、もっと俊のこと好きになったよ」
茜のその言葉は花火のように一瞬で俺の耳に届き、貫いて行った。
え?好き?今そう言ったか?
続く
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