追放された鍛冶師、神の武具を作る!
るえりあ
第1話「王国追放」
王国最強の鍛冶師、レオン・ヴァルフォードは、王宮の裁判にかけられていた。
「神への冒涜」「王への反逆」——そのどれもが、彼を陥れるための濡れ衣だ。
彼の作った武器は数多の戦士を英雄へと押し上げたが、それが王国の貴族たちの不興を買った。
「よって、レオン・ヴァルフォードに辺境への追放を言い渡す!」
王の宣告に、廷臣たちは薄ら笑いを浮かべる。
レオンは静かに立ち上がり、王と廷臣たちを見渡した。
彼は何も言わず、ただ一つ、己の手を見つめる。
鍛冶師として幾千の武器を作り、戦士たちに力を与えてきたこの手。
だが今、その手を汚す価値すら、この場にはない。
「……いいだろう。もうこの地に未練はない。」
レオンは背を向け、堂々と王宮を去った。
護衛兵が後を追おうとするが、王が手を挙げて制する。
「放っておけ。あの男はもはや終わった存在だ。」
廷臣たちはせせら笑うが、レオンの瞳には既に王国など映っていなかった。
彼の視線の先には、追放の地——荒れ果てた辺境が広がっていた。
辺境への道は長く、険しかった。
王都を離れるにつれ、石畳は崩れ、道はぬかるんでいく。
レオンは振り返ることなく、ただ黙々と歩き続けた。
彼の足取りは重くも、迷いはない。
ふと、森の奥から何かの気配を感じた。
視線を向けると、数人の盗賊が木陰からこちらを覗いている。
「おいおい、あれが“王国随一の鍛冶師”ってやつか?」
「追放されたって話じゃねぇか。どうせ無一文だろうが、服くらいは売れるかもな」
盗賊たちはニヤつきながら、ナイフや棍棒を手に近づいてくる。
だが、レオンは微動だにせず、静かに右手を上げた——。
盗賊の一人がニヤリと笑い、ナイフを抜いた。
「おとなしく荷物を置いていけば、痛い目は見なくて済むぜ?」
だが、次の瞬間——そのナイフが宙を舞う。
レオンの右手がわずかに動いたかと思うと、盗賊の武器が砕け散っていた。
「な……?」盗賊は自分の手元を見て、呆然とする。
彼のナイフは、まるで何かに握り潰されたかのように粉々になっていた。
「……鉄の扱いを知らん者が、刃物を持つな」
レオンが静かに呟く。
その言葉が終わるより早く、盗賊たちは恐怖に駆られ、森の中へと逃げ去っていった。
レオンはそれを見送ることもなく、再び無言で歩き出した——。
◇
どれほど歩いただろうか。
やがて、レオンの目の前に小さな村が現れた。
木造の家々は古び、壁の板は所々剥がれ落ちている。
道は未舗装で、雨が降れば泥に変わるのが容易に想像できた。
わずかに見える畑も荒れ果て、作物の育ちが悪いのか、貧しさが滲んでいる。
「……ここが追放先か」
レオンは静かに呟く。
この村が繁栄していた時代があったのか、それすら疑わしい。
活気のない通りを歩くと、遠巻きに村人たちの視線を感じる。
警戒と不信——まるで厄介者が来たと言わんばかりだ。
その中で、一人の老人がじっとこちらを見つめていた。
痩せ細った身体、深い皺の刻まれた顔。
「お前さん……旅の者か?」
低くしわがれた声が、沈んだ村の空気をより重くする。
レオンはその問いに、小さく首を振った。
「旅の者じゃない。今日からここに住むことになった」
レオンがそう答えると、老人は目を細めた。
「……そうか。まぁ、歓迎はできんがな」
その言葉には、どこか諦めにも似た感情が滲んでいた。
他の村人たちも、遠巻きにレオンを見つめている。
しかし、誰一人として彼に声をかけようとはしなかった。
まるで、この村に新しく来る者などいないのが当然だと言わんばかりに。
レオンはそんな空気を感じ取りながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
村の片隅に、崩れかけた小屋が見える。
そこには、かつて鍛冶屋だったであろう形跡が残っていた——。
レオンは静かにその小屋へと歩を進めた。
扉は外れかけ、壁には大きな穴が空いている。
かつては炉があったらしいが、今は崩れ、灰と煤にまみれていた。
鍛冶道具の類も見当たらず、完全に放棄された廃屋だ。
「ここを使ってもいいか?」
レオンが振り返り、老人に問いかける。
老人は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに肩をすくめた。
「好きにしな。どうせ誰も使っておらんし、壊れたらそのまま朽ちるだけだ」
その言葉に、レオンはふっと笑う。
「そうか……なら、ここを俺の鍛冶屋にする」
レオンは中へ足を踏み入れ、ゆっくりと周囲を見渡した。
崩れた炉、ひび割れた作業台、床に散らばる錆びた釘や鉄くず。
一見するとただの廃墟だが、彼の目には違って見えた。
「……まだ、使える」
彼は炉の残骸に手を触れ、その感触を確かめる。
基礎の石組みはしっかりしている。修復すれば再び火を灯せるはずだ。
鉄床(アンビル)は失われていたが、使えそうな鉄塊が隅に転がっている。
「鍛冶屋として最低限の形は作れるな」
レオンは軽く息をつき、上着を脱いで腕まくりをした。
「まずは……炉の再建からだな」
レオンは周囲の瓦礫をどかし、使えそうな素材を選び出した。
崩れた炉の石を積み直し、強度のあるものだけを土台に据える。
煤にまみれた古い鉄板を拾い上げ、それを炉の壁に補強材として使う。
工具は何もない——だが、それなら作るまでだ。
「まずは簡単なハンマーからか……」
村の廃材を利用し、適当な鉄塊を拾い上げる。
手頃な大きさに割るため、石を使って叩きつけると、鈍い音が響いた。
不格好だが、これで最低限の道具は揃った。
「よし……次は火を入れるか」
彼は小さく呟き、再建した炉の中へ薪を並べていく。
薪を組み終えたレオンは、火打ち石を手に取った。
カチン、カチン——乾いた音が響き、小さな火花が散る。
何度か繰り返すうちに、細かく裂いた木くずが赤く燻り始めた。
彼は慎重に息を吹きかけ、火を育てる。
やがて、炎が薪に燃え移り、炉の中でゆらめき始めた。
「……悪くない」
レオンは炎の色を確かめながら、そっと手をかざす。
まだ温度は低いが、空気を送り込めば十分に鍛冶に使えるだろう。
次に、村の廃材置き場で見つけた古いふいごを修理する。
「これで、よし……」
レオンはふいごを押し込んだが、すぐに手を止めた。
薪の量が足りない。このままでは長く火を保てない。
「……まずは燃料の確保か」
彼は炉の火を慎重に抑え、村の様子を探ることにした。
村の外れに行くと、倒れかけた納屋が目に入る。
中を覗くと、朽ちかけた木材が無造作に積まれていた。
「これなら使えそうだな……」
レオンは薪になりそうな木を選び、腕に抱え込む。
すると、背後から低い声がかかった。
「……何をしている?」
振り向くと、鍬を持った男が険しい目でこちらを見ていた。
「鍛冶屋を再開するために、薪を探していた」
レオンは正直に答え、木材を指差す。
「ここの廃材なら使えそうだが、もらってもいいか?」
男はしばらくレオンを値踏みするように見つめ、やがて小さく鼻を鳴らした。
「どうせ腐るだけだ。好きに使え……」
レオンは無言でうなずいた。
ふと気配を感じて振り返ると、村の子供がじっとこちらを見ていた。
ボロボロの服を着た、小さな男の子だ。
「おじさん、鍛冶屋なの?」
レオンは少し考え、それから静かにうなずいた。
「そうだ。ここで鍛冶屋をやるつもりだ」
男の子の目がわずかに輝く。
「すごい!おれ、鍛冶屋って初めて見た!」
無邪気な声が響くが、すぐに遠くから女性の声が飛んできた。
「ゴンズ!知らない人に話しかけちゃダメ!」
母親らしき女性が足早に近づき、ゴンズの腕を引いた。
「ごめんなさい、この子が失礼を……」
彼女はレオンを一瞥し、警戒するように眉をひそめる。
そして、何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま子供を連れて去っていった。
レオンはその背中を見送り、ふと薪を抱え直す。
「歓迎されてるわけじゃないか……まあ、当然だな」
鍛冶屋を再建するのは、簡単な話じゃない。
この村で生きるには、まず結果を出さなければならない。
レオンは薪を抱えたまま、静かに鍛冶場へと戻っていった。
そして再び、炉に火を入れる——。
◇
レオンは何度もハンマーを振るい、鉄を叩き続けた。
「カァン……カァン……」
その音は次第にリズムを生み出し、鍛冶場に命を吹き込むようだった。
火花が散るたび、彼の脳裏に過去の記憶が蘇る。
王国の鍛冶場——豪奢な設備、湧き上がる熱気、鍛冶師たちの誇り高き姿。
彼はそこで、数えきれないほどの名剣を生み出してきた。
だが、今彼の手の中にあるのは、錆びついた鉄くずにすぎない。
「フン……関係ないな」
彼は小さく笑い、さらに力強く鉄を叩いた。
——素材が何であれ、鍛冶師の手にかかれば、それは武器となる。
炉の炎が激しく揺らめく。
レオンは叩き終えた鉄片を冷水に沈め、「ジュッ」という音とともに煙が立ち上った。
「まずは……この村のために使えるものを作ってみるか」
手始めに作るのは、農具だ。
いきなり武器を作れば、村人の警戒をさらに強めてしまうだろう。
レオンは鍛冶場を片付けた後、先ほどの男のもとへ向かった。
彼は鍬を肩に担ぎ、畑へ向かう途中だった。
「おい、あんた……レオンとか言ったな」
男が警戒しながら立ち止まる。
「その鍬、刃こぼれしてるな。鍛え直してやろうか?」
レオンが静かに言うと、男は訝しげに鍬を見た。
確かに長年使い込まれ、刃の部分は丸まっている。
「……あんた、本当に鍛冶屋なのか?」
「試してみるか?」
男は少し迷ったが、やがて鍬をレオンに差し出した。
「……まあ、どうせボロボロだ。ダメになっても惜しくはねぇ」
翌朝、レオンは鍛え直した鍬を持ち、村の広場へ向かった。
昨日の男がこちらを見ている。
レオンは歩み寄り、鍬を差し出した。
「鍛え直した。試してみろ」
男は怪訝そうにそれを受け取り、重さを確かめる。
「……軽い?」
不思議そうに呟き、試しに地面を掘ってみた。
鍬は土を軽々と捉え、まるで別物のような切れ味を見せた。
男は驚きに目を見開き、もう一度鍬を振るう。
「……なんだ、これ……?」
周囲にいた村人たちがざわめき始めた。
「そんな馬鹿な……鍬なんて、そう簡単に変わるもんじゃ……」
「本当に鍛え直しただけなのか?」
「いや、見た目は昨日と同じ鍬だ。でも、動きが全然違う……」
男は鍬を握り直し、レオンをまっすぐに見た。
「あんた……本当に鍛冶屋なんだな」
レオンは静かに頷き、短く答えた。
「当然だ」
男はしばらく鍬を見つめ、何かを考えているようだった。
やがて、深く息をつき、レオンに向かってポツリと言った。
「……なら、他の道具も見てくれねぇか?」
その言葉に、周囲の村人たちが息をのむ。
「おい、ノウッカ。本気か?」
「よそ者にそんなことを頼んで……」
戸惑う声が上がるが、男——ノウッカは静かに頷いた。
「この鍬を見ただろう?こいつは本物だ」
レオンはそんなやり取りを黙って聞きながら、炉を思い浮かべていた。
——この村にはまだ使える鉄が眠っている。
「……いいだろう」
レオンはゆっくりと頷き、村人たちを見渡した。
「鍛冶屋は、仕事を受けるのが本分だからな」
彼の低い声が、静かな村に響いた。
そして、それが辺境の村に変化をもたらす最初の音となる——。
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