蜃気楼 -評価

 やあ。勧理局長の魔王様だよ。せっかく日誌を提出してもらってることだし、私もそれについてコメントを残そうかと思ってね。ここはそういう場だと思ってくれ。


 この人に関してはダメ元って感じの勧誘だったけど、へえ、そう思ってくれてたんだ。


 この城に来てからも刺激的で愉快な日々を送れているのなら、私が見留めて良かったんだろう。


 この城にとっても有能だしとにかく電気が通るようになったのは大きい。本当に勧誘してよかったし、それが成功してよかったよ。感謝だね。


 私が作ったこの世界、この唯旬城ゆじゅんじょうだけど、どうやら確固としたこだわりのある彼のお眼鏡にもかなったようで。流石は私、と褒めておこうかな。住民にとって過ごしやすい環境づくりも局長の仕事だからね。

 ところで、三代目のウィリアム・ウィンズレット……ああ、普段はウィリアム・S・ウィンズレットと名乗っているんだっけ。

 五代目の彼から聞いたよ。色々と世話になったって言っていたな。


 彼も同じ魂の持ち主らしく新しいものが好きなようだけど……多分蜃気楼も、いざそのような状況に置かれると苦しいだろうね、根本は彼も三代目も同じだもの。

 その余裕は部外者だからこそ、というのもわかっているんだろうけれどね。そうでなきゃあんなこと言えっこない。



 押印は勧誘に乗ってくれて、比較的早くから勧理局員となってくれた彼に最初にあげた仕事だけれど、そんなにも気に入ってくれてるなんて、正直びっくりした。

 確かに向いてそうだな、と思いはしたけれど。

 私が任命したときは大抵ノリであることが多いから、不満があるなら任せる仕事を変えることも考えていたんだけれど……うん、心配は無用だったようだね。これも私の審美眼のなせる技かな。審美眼ってちょっと違うか。でもまあ、そんなものじゃない?生き物か生き物じゃないかの違いだけで、人も物も美しいものだと私は思うな。まあ、正直大多数の人間には興味がないんだけど。


 話を戻そう。彼は押印の他に印の管理も請け負ってくれてるけれど、それ以外にも率先して環境整備をしてくれているよね。電気設備とか、本当に彼の功績が大きくて頭が上がらないよ。

 自分のため、人のためと速やかに動いてくれる彼は行動力の化身と言ってもいいだろうね。


 彼には時間がなかったから、そのせいもあるのかも、と思ったりもするけれど。


 ともあれ、この城に住まう住民一同は彼のおかげで助かっている。それは確実だと思うよ。本当に、ありがたいな。



 あ、そうそう。彼も言ってたけれど、彼を勧誘したとき、彼は実態のない幽霊だったんだ。彼の世界ではもう死んでいる人間だからね。


 実を言うと、私ってば幽霊が苦手なタイプなんだけれど、そのときの彼を見たときはあまり苦手という感じではなかったんだよね。

 生前の彼が短命であったように、その霊は少しの変化で消えてしまいそうなほど儚くて、それでもゆらゆらと有り続けていて。うん、ちょうど蜃気楼のようだったよ。私はそれが忘れられなくて、彼の名を蜃気楼と定めたんだ。彼が自分で考えると言っていたフルネームが「日楼気ひろうき しん」という、安直とも取れる名前となったあたりから考えて、気に入ってもらえていると思うんだけれど、どうだろう。気に入ってくれているといいな。



 記録には何度も私の考えることがわからないと言っているけれど、まあ、そりゃそうだろうね。


 私、考えることを読まれるのが苦手だもの。わかってほしくないんだもの。


 自分が伝えたいことは自分の口で、文で、どちらにせよ自分の言葉で伝えると決めているから。


 だからそれ以上踏み込んでこなくていいんだよ。わからないなら、それで重畳。

 蜃気楼は蜃気楼で言葉で伝えられていないことはわからないというタイプだろうから、相性はいいと思う。私はきみの鈍感さに救われているんだよ。


 ……いや、私のことはいいんだよ。蜃気楼に話を戻そうか。

 ところで、蜃気楼の発生条件は知っているかな。

 蜃気楼というのは、光と風が必要不可欠でね。どちらのバランスが崩れてもそれは現れない。

 光が踊り、風が微笑む。その両者が出会うとき、現実が幻想に変わるんだよ。

 そして条件にぴったりと当てはまる、ランクの高い、見事な蜃気楼はなかなか現れない。


 彼も、同じだよね。


 麒麟きりんという存在は、さまざまな世界で縁起のいい生き物とされている。けれど、人前に姿を現すことは滅多になく、かの国、エクロニアでは種族としては細々と続いているものの、彼のようなできた存在はなかなか現れない。

 だからこそ、三代目ウィリアムの代では没落しきっているんだと、私は思う。


 けれど、けれどね。ウィリアム・ウィンズレットという存在の在り方は決して蜃気楼のような幻想的で儚いものではない。


 彼らは常に現実を、それも一番過酷な現実を見据えているし、それに抗う力を持っている。でなければ、三代目が落ちぶれきった家を再興しようだなんて、あんな状態でも貴族としての矜恃を持ち続けているなんてないと思うのだ。


 絶対に、そうなのだ。


 だからね、蜃気楼という名は、彼の才を、能力を隠す隠れ蓑。私がよそに見せたくないというだけの、わかるやつにだけわかればいいというだけの、わがままでもあるんだ。ここだけの話、だけれどね。



 うーん、途中から熱く語ってしまった感が否めないけれど、まあいっか!

 これを以て蜃気楼の評価とするよ。

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