交差する視線

ろくろわ

揺れる瞳に泳いで溺れる

 ランチを食べ終えた昼下がり。

 会社から少し離れた喫煙所近くのベンチに座って珈琲を飲むのが私の日課だ。煙草を吸わない私が此処に来るのには、私なりのちゃんとした理由がある。

 左の手首に巻かれた小さな時計の針を見て、そろそろかなと辺りを見回す。少し遠くから私の元に近付いてくる二人組の男性が見えた。私はそれに気が付かないふりをする。

「お疲れ様です。桐子とうこ先輩。今日も此処で珈琲、飲んでるんですね!」

「……お疲れ様です。桐子先輩」

「お疲れ様。二人とも今日も食後の一服?」

 手を振りながら声をかけてきた二人にとびきりの笑顔で返事を返す。

 そう。この二人に会うのが私がここに来る理由だ。

 営業担当一年目の宇利野うりの浩平こうへい君。清潔感のある短い黒髪に爽やかな笑顔。細く見える体格だけど、捲ったシャツから見える腕の筋肉は程良く引き締まっていて、いつも私を見つけると真っ先に話しかけてくる可愛らしい所がある。そしてその隣に立っているのが、細身で背が高く、表情があまり変わらない口数の少ない彼が洞島どうじま博樹ひろき君。宇利野君と同じ営業担当一年目の新人さんだ。

 

 営業の宇利野が経理課の氷上ひかみ桐子とうこに惚れている。

 そんな噂が流れたのは、新人の三ヶ月研修期間も終わり少し経った八月の事だった。最初は冗談か何かだと思っていたのだが。ランチを食べ終えた後、会社から少し離れた喫煙所で彼らと話すようになり、宇利野君の目や表情、仕草を見て、どうやらそれは本当のことだと分かった。

 だから私は。

「桐子先輩はいつも何処の珈琲を飲んでるんですか?」

 宇利野君が目を輝かせて私の持つ珈琲を指さす。本当は私と話す話題が欲しくて珈琲のことなんて、どうてもいいことを私は知っている。

「これ?これは会社の裏にあるCaffe『テレシア』ってとこだよ。そうだ!博樹君も今度一緒に行ってみない?」

 私は洞島君を誘う。

「……いや、俺、珈琲飲めないんで」

「あらそうなの?それは残念。博樹君の好きそうなお店の雰囲気だったんだけどなぁ」

 そう言いながら洞島君の目を見る。その刹那にチラッと横目で宇利野君の瞳をバレないように見る。さっきまで私を見ていたキラキラしていた宇利野君の目が一瞬泳ぎ、今、私が見ている同期の洞島君に、悔しさとも憎しみとも何とも言えない視線を送る目になっている。

「それじゃあ珈琲じゃ無くて一緒にランチはどう?そこは珈琲だけじゃなくてランチも美味しんだよ!あっ、もし二人が嫌なら宇利野君も一緒に誘って三人でどう?」

宇利野君を誘う前に返事が聞こえた。

「いいですね。行きましょうよランチ!洞島もいいよな?」

「……まぁ宇利野が行くならいいですよ」

「やったぁ!それじゃ決定ね。また日程決めようね、博樹君と宇利野君」

 私はまたこっそりと宇利野君の瞳を見る。ランチを誘われたことが嬉しいのか、キラッと輝いていた彼の瞳が再び暗くなる。

「……桐子先輩って洞島のこと、いつも名前呼びっすよね」

 ちょっと元気のない小さな声で呟く宇利野君の声を、私は聞こえないふりをする。

 彼の瞳はゆっくりと泳ぎ、いろんな感情を乗せて洞島君と私に向けられている。

 あぁ。宇利野君は今、一体どんな気持ちで私たちを見ているのだろう。宇利野君の好きな私が好きな人は、同期の洞島君だと思っているのだろうか。

 洞島君だけ名前を呼ぶから?私がいつも先に洞島君に話しかけるから?思わせぶりな態度をとるから?


 本当は違うんだよ、宇利野君。

 私はきっと宇利野君の事が好きなんだと思う。宇利野君の様子が気になるし、昼休みにお話しをする、この時間も本当にすごく好き。そして何より宇利野君の瞳が一番好き。言葉よりも素直な気持ちを話してくれるその瞳が。

 洞島君と話す時に彼を見る行き場の無い宇利野君の瞳が。

 私の一挙手一動に、ころころと反応するその瞳が。

 だから私の視線は宇利野君じゃなくて洞島君に向いている。きっと好きな人が好きな人は宇利野君の同期洞島君だと思うだろう。実際、私はそう思ってもらえるように行動をしている。そしてその度に揺れる宇利野君の瞳を見ている。


 あぁ。きっといつか熱を帯び、揺れて、輝いて、暗く落ちて、嫉妬で睨んで、また輝き、私を見ている宇利野君の瞳は、私を見なくなるかも知れない。


 それでもその時が来るまで、私はその瞳の中で溺れながら泳いでいたい。



 了

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交差する視線 ろくろわ @sakiyomiroku

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