第2話

 泣いてる子供を見て思わず飛び出してしまった、これで原作から大きく外れてしまうかもしれないけど我慢ができなかった。


 1人が辛いのは俺はよく知ってたから。


 それにまだ原作が変わるとは限らない、今起こってるのは原作前の事だからまだ全然修正は効く。


 だから今はこの子が安心できるように全力を尽くそう。


「大丈夫?」


 俺は出来るだけ口角を上げて子供に話しかける。


 怖い顔で話しかけたら余計に泣いちゃうからな、転生前の俺が話しかけてしまったら怖すぎて逆に通報されるまである。


 ここで注意しなければならないのが目線をなるべく同じにする事だ、子供を見下ろしてしまうと子供が怖がっちゃうからな、おばあちゃんが言ってた。


 おばあちゃんは昔ちょっとだけ保育園に勤めてたらしいから子供の事には詳しい。


「おにいちゃんだれ?」


 まだ転生前の気分ではあったからお兄ちゃんって言われたのが嬉しかった、転生前の俺だったら絶対におじちゃんって言われてたからな。


「お兄ちゃんはね、マジシャンなんだよ」


「まじしゃん?」


 ああ〜まだマジックの事自体知らないのか、まぁでもそっちの方が驚きは大きいか。

 

「あるものが無くなったり、逆に無かったものが急に出てきたりする事かな?魔法みたいなものだよ」


 魔法みたいなものとは言ったけど魔法は知ってるのだろうか。


「もしかしておにいちゃんはりんごちゃんのおともだちなの?」


 子供は目をキラキラさせながら尋ねてくる。


「りんごちゃん?ああ!そうだよ!りんごちゃんのお友達だよ」


 一瞬何の事かさっぱり分からなかったけどときドキが大好きな俺はすぐに思い出すことが出来た。りんごちゃんは後々に出てくるヒロインが好きなアニメに出てくる魔法少女の名前である。

 

 良かったぁときドキが大好きな事がまさかここで生かされるとは。


「どんなまほうをみせてくれるの!!」


 眩しすぎて見れないくらいの笑顔で言われるものだから一気に緊張してきた。


 俺はカバンに入れてある財布を取り出して500円玉を手に持つ。


「この500円玉をよく見ててね」


「うん!」


 500円玉を人差し指中指親指の3本で持ち、それを左手で握る。すると何と左手に握られてるはずの500円玉が消えていた。


「ええー!ない!」


「驚くのはまだ早いよ」


 今の言い方ちょっとだけ気持ち悪いな、普段見せる機会が無かったから得意げになってるな。


「ほら、消えたはずの500円玉が肘の所から出てきました」


 肘の柔らかい所を引っ張ると500円玉が急に出てくる。ように見せる。


「わっ!でてきた!なんでー!!」

 

 子供のリアクションが良いから嬉しくなっちゃうなぁ。


「これがマジック」


 決め台詞を言って締める。これが子供相手だから何とか通じてるけど中学生だったら余裕で見破られるくらいのクオリティではある。


「この魔法の500円玉をあげる代わりにお兄ちゃんの言う事聞いてくれる?」


 俺はマジックに使っていた500円玉を子供に差し出し、500円玉をあげる代わりに言う事を聞いてもらう事にした。


「なに?」


「あとちょっとしたら綺麗なお姉ちゃんが来るから泣いてるフリしてくれるかな?」


 思わず飛び出して声をかけてしまったけど、それだと原作通りに進まない可能性があるからここは何としてでも泣いてるところを新色に声をかけてもらわないと。


「うん!」


 まぁ最悪泣かなくても困ってるだけでも声をかけてくれるだろう。


「あと俺のことは内緒にしてね」


「なんで?」


 ここで俺の事を知られてしまったら原作通りに進まないからだよ、とは言えないから


「魔法を人前で使うのを禁止されてるんだ。バレたらお兄ちゃんが怒られちゃうから君と俺だけの秘密ね」


「うん!わかった!」


「ありがとう」

 

 俺は手を振って子供と別れを告げる。


 じゃあ俺は隠れて一番最初に起こるイベント見るとしますか。

 

 さっきまで隠れてた場所に戻ろうとしたら視界の端にそれはそれは綺麗な長い黒髪の女の子がこっちに歩いてきた。


 かわいいっ。


 綺麗なはずなのにちょっと前まで中学生な事もあり子供っぽさも残って、綺麗と可愛さの二刀流が俺の目をダイレクトアタックされた。確かに攻撃をされたはずなのになぜか俺の目は回復をしてしまう矛盾が起きてしまった。


 早く隠れないといけないのにすっかり目が恋をしてしまって顔は真っ直ぐに向いてるのに目だけはしっかりと新色を見てた。


 画面越しに何度も何度も観てきて、何度も何度も恋した女の子が現実に現れた。いきなりの感動で一瞬思考が停止してしまった。


「…ヤベ」


 思わず声が出てしまったけど何とかボリュームを抑える。まだバレた訳じゃない、急いでここから離れよう。


 ここで出会ってしまって原作にどう影響されるか分からないからな。


 俺の事がバレたかバレてないかは分からないけどとりあえず隠れた。


「え、え〜ん。マ、ママ〜」


「大丈夫?」


 よし!子供は棒読みではあったけど何とか新色に声をかけてもらった。


 ここまでくれば絶対に原作通りに進むのが分かったから先に学校に行く事にした。本当はもうちょっと見たかったけど…。


 俺は名残り惜しいけど学校へと向かった。


 それにしても可愛かったなぁ、画面越しに観るのと生で観るのとじゃ全然可愛さが違ってくる。


 よく芸能人をテレビで観るよりかっこいいの理由が分からなかった。いや、一緒だろ!だってその姿をテレビに映してるだけだから実際に見た方がかっこいい訳がない。だけど今日でその理論は撤回しようと思う。


 ここに来る時よりも何十倍も軽い足取りで学校へと向かう。


 本当は早乙女と出会うところも見たかったけど、それだとちょっとだけ学校に行くのが遅くなってしまうからやめておく。


 俺は先に教室で待機しておいて教室に入ってきた早乙女に「お〜どうした?今日遅いから休みかと思ったぜ」と言う役割がある。ゲームではここで俺、主人公早乙女流星の親友ポジである水野祥太が初登場を果たす。俺にとってとても重要なイベントが発生する。


 これもこれで大事なイベントだからちゃんと教室で待機しておかないといけない。


 あ、ちゃんとトイレも済ませておかないと。




 ***



 遠くから学校を見た瞬間また感動が押し寄せてきた、この学校もゲームで何回も観た!


 まさか大好きなゲームの実際の高校に通えるなんて思ってもみなかった、これだったら毎日楽しく登校する事ができる。


「あ…あ、あ」


 だけど校門の前に来てしまったらそのワクワクは一瞬にしてなくなってしまった。上手く呼吸が出来ない、指が冷たい、脚が震えて動きそうにない、脳は動けと命令しても脚が言う事を聞かない。

 

 転生前の記憶がフラッシュバックする、俺は不登校だったんだ。


 全然意外じゃないよな、俺は不登校を機に10年間くらい引きこもりになった。小中学生の時は軽いイジメに遭ってたけど別にどうって事は無かった。俺が悪いんだとすら思ってた。


 けど、高校は誰も俺の事を知らない所に行ったからイジメは無かった。


 ある日学校にどうしても行きたくなくて1日だけ休んだ、次の週にまた1日だけ休んだら週に1日は休むようになり、週2日休むようになり、3日、4日と休む方が増えていってとうとう学校に行かなくなった。


 それから引きこもるようになってからずっと学校の事を思い出さないように生きてきた。思い出すだけで叫び出しそうになる。


 そしてそのトラウマが蘇ってくる学校に脚が動かないでいる。


 そうだ、一旦家に帰ろう。


 そうしよう、このままだったら変な奴だと思われてきっと原作に無いことが起きそうだ。


 そうだ、そうしよう。仕方ない、これは仕方ない事だ。






「…違うだろうが」


 会うんだろ?おばあちゃんに。じゃあそれくらいの覚悟は決めろ!


「すぅーはぁーすぅーはぁー」


 とりあえず大きく深呼吸をして息を整える。冷たい手は擦って摩擦で無理やり熱くさせた。脳の命令で動かないなら気合いで動かすため脚をパンパンと叩いて脚の震えを止める。


 おばあちゃんちょっとだけ俺に勇気をください。


 一歩、また一歩と着実に、また確実に歩を進める。自分はやれば出来る子だと言い聞かせる。


 どうだろうか?俺は今ちゃんと歩けてるのだろうか?周りの人達には普通に歩いてるように見えてるのだろうか?

 

 何だよ、そこまで大した事じゃねぇな。もっとトラウマが邪魔しくてると思ったけど案外ショボいもんだな。と本当に思ってるのか、ただそう自分に言い聞かせてるのかは今の自分には分からない。


 だけど、一度動いた脚は止まる事なく何とか教室の前まで行ってくれた。


「よしっ!」


 誰にも聞こえない声で囁くように叫ぶ。思わずガッツポーズもしてしまった。


 だから言ったんだ、俺はやれば出来る子だって。これを見てたらおばあちゃんはきっと褒めてくれるんだろうなぁ。落ちてた缶をゴミ箱に捨てただけでめちゃくちゃ褒めてくれたからなぁ。会いたいなぁ。会いたいから頑張らないとなぁ。


 しまった!せっかくときドキの学校に来たのに聖地巡礼するの忘れてた!教室に一直線で向かってたからすっかり忘れてしまってた。まぁだけど、この後に学校中を歩いてまわるイベントがあるからその時の楽しみにしとこう。


 この教室の扉を開けたら水野祥太になりきらないといけない。

 

「ふぅ」


 そして俺は一呼吸をおいて教室の扉を開けた。

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