第1話

 俺は洗面台に立ち、自分の顔がどうなってるのかを恐る恐る確かめてみる。


 この顔には見覚えがある。


 この顔はときめけ!ドキドキ LOVEスクール、略してときドキの主人公である早乙女流星…の親友ポジションの水野祥太である。

 

「はい?」


 思わず声が出てしまった。


 どうして主人公じゃなくて主人公の親友ポジションなんだよ、あのクソ女神最後の最後までこの事を黙っていやがったな。


 俺が中々転生してくれないから都合の悪い事を隠して上手く伝えたな、だからまんまと俺も騙されてしまった。


 本当にムカつく女だ。


 今思えばおばあちゃんにも会えるしギャルゲーの主人公になってモテモテにもなるとかそんな上手い話にはちゃんと疑うべきではあった、それでも女神様がそんな事をするか?


 顔をペタペタ触っても相変わらず親友ポジの水野祥太のままであるが、それにしても


「かっこいいなぁ」


 校則を守る気が無い茶髪をカチューシャで前髪を後ろに纏めておでこを出しピアスも開けて、いかにもな格好をしてる。


 ゲームの画面越しだったらただのチャラい奴なのにこうやって実際に見るとかっこいい、だけど主人公の早乙女流星の方が何十倍もかっこいいから比べちゃいけない。


 転生前の俺とは天と地の差があり、ギャップが凄すぎて本当にこれが俺の顔なのか疑いたくなる。


 身体を少し動かしてみると自分が動かしてるとは思えない程によく動き、ますます俺の身体かを疑う。


 俺はこの顔と身体でこのギャルゲーをクリアしなければならない、ゲームのクリア条件はヒロイン全員の主人公への好感度が80%以上だ。


 この好感度は80%以上だったらは、主人公が告白した場合にOKをもらえるかもらえないかの境界線である。


 プレイヤーたちはこの80%を目指してこのゲームをプレイする。


 100%にするとそのヒロインの特別エンディングが観る事が出来るけど、今となってはもう関係ない事だ。


 まぁつまり俺の目標は完璧に原作通り進める事だ。とりあえず変な事はせずに俺は水野祥太になる事に徹底する。


 親友ポジなだけあって結構登場するから全然油断ができない。


 俺は今から水野祥太になる事を決意した。


 ポケットに入っていた携帯に電源を入れる。


 スマホの画面には5月7日と表示されていた。


 この転生してきた先のときドキにとっては記念すべき日である。


 5月7日はときドキのヒロインである新色更紗にいろさらさが転校してくる重要なイベントがある。


 今俺たちは一年生なんだけど、新色更紗は入学してGWが明けてすぐに転校してきた事になるけどそこはゲームの都合だから仕方ない。


 これからもゲームの都合に振り回されるかもしれないから覚悟しておかないとな。


 

「…ちょっと待て」


 今日が新色更紗が転校してくるって事はあのイベントが発生する。


 俺はもう一度スマホを見て今が何時かを確認する、…7時14分。


 俺は急いで身支度を済ませて家を飛び出した。



 ***



 俺がこうやって急いで飛び出したのもちゃんと理由がある。


 それはこのときドキのイベントがさっそく発生するからである。


 新色更紗は転校初日の学校に来る途中で泣いてる子供がいたから駆け寄って行って、あやそうとするけど上手くいかないところを主人公の早乙女流星に助けてもらう1番最初のイベントが発生する。


 これが起こらないとときドキは始まらないと言っても過言ではない。


 全部原作通りに進めば勝手に主人公への好感度は上がるからイベントが無事に起こってるかを見に行かないとな。


 …俺はどうしてももう一度おばあちゃんに会わなくちゃいけないんだ。


 それに俺は転生前に何度もこのときドキをプレイしてたからフライングではあるが新色更紗をこの目で見てみたい思いもある。


 ヒキニート時代は部屋に篭ってずっとこのゲームの事をして、このゲームのおかげで自分が彼女無し童貞である事を忘れる事が出来た。


 俺の彼女はときドキのヒロイン達と言っても過言じゃない程に画面越しでラブラブしてたなぁ。


 本当に可愛いからなぁ、新色更紗は黒髪のロングなんだけど画面越しからでも髪がサラサラしてるのが伝わってくる、いい匂いなんだろうなぁ…。


 俺は学校の場所を早歩きで調べて、その途中にある公園の場所を探す。


 勢いよく飛び出したのは良かったけど親友ポジである水野祥太から学校までの道のりが全く分からない。


 ゲームだったらコマンドで学校を押したら学校に移動出来てたから楽だったなぁ、楽だったからこそ今しんどい思いをしてる。


 え〜と、学校までの距離は…、歩いて30分かぁ〜。しまった水野祥太は自転車で登校してたのか、もう引き返すにしても遅すぎる。


 はぁ〜もっと考えて動くべきだった。


 それにしても15歳の身体は動きやすいなぁ、転生前の俺だったらちょっと早歩きするだけで息切れするばすなのになんなら小走りしてしまってる。


 この感じだったらすぐに着きそうだな。


 あ、ここ早乙女と新色が2人で一緒に帰ってた場所だ!


 好感度がちょっと上がった後に起こるイベントで新色が勇気出して一緒に帰ろって言った時はめちゃくちゃ可愛かったから覚えてるぞ。


 その新色がもう少ししたら見れると思うとちょっと緊張しちゃうな。


「よし、着いた」


 わっ!ここだよ、ここ!ここが一番最初に発生したイベントの公園だよ!


 聖地巡礼出来て俺は嬉しいよ、どうしようかな、記念に写真でも撮っておこうかな?


「うぁ〜ん!!うぁ〜ん!!ママ〜!!」


 あ、お母さんと逸れた子供だ。


 この子のおかげで早乙女と新色が運命的な出会いが生まれるのだ、泣いてくれてありがとうって伝えてこようかな?そんな事をしてしまったら原作から大きく外れてしまうから俺は少し離れた所から泣いている子供を見守る。


 ここのイベントが発生しないとときドキが始まらない可能性すらあるから間違えても話しかけてはいけない。

 

「ママ〜!どこ〜?」


 通行人たちは聞こえてるはずの子供の声を聞こえないフリをして関係ない顔をして通り過ぎていく。

 

 その光景を見て俺の心がキュッと締め付けられるような感覚が襲ったと同時に呼吸が早くなるのが分かった。


 誰か声をかけてやれよ、とは思うけどここで声をかけられてしまったら原作通りじゃなくなるから泣いたままの方が良いに決まってるのに…。


 スマホの画面に映ってる時間を見てみたらまだ時間はかかりそうではある。


 どうして俺はこんなにもなんとも言えない感情になってしまうんだ…。


 寂しくて家の中で1人で泣いても喚いても誰も手を差し伸べてくれなかった転生前の小さい頃の俺とどうしても重なってしまう。


 だからこそイラついてしまう、この状況で通り過ぎていく大人にも、…自分にも。


 何してんだよ、小さい子供が泣いてるんだぞ誰か声かけろや!…違う違う、声はかけなくていいんだよ、声をかけてしまったら原作通りにいかなくなってしまう。


 耐えろ、もう少しで新色が来るから。


「ママ…」





 

 …ダッ!


 気づいたら俺は子供の所へ駆け出していた。


「大丈夫?」


 子供を不安にさせないように今自分に出来る最大の笑顔で子供に話しかける。



 

 これがどれだけ今後の影響に関わるかを知らずに。

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