ケース2 人気双子配信者とそのファンの場合

 八宮タタラは今現在超能力を五つ保有している。風を吹かすもの、触れた人間と能力の授受を行うものなど。

 八宮は五つの超能力の中の一つ、見た人間の超能力の有無、及びその能力の詳細がわかる力を使い、街を歩きながら品定めを行っている。

 しかし閑散とした夜の街には、時折中年が通ったり、公園でサイファーが行われていたりするくらいで、超能力者はまず居ない。

 「まぁそうだよねぇ」

 時期は十二月初旬、そろそろ日も落ちて寒さが増してくる。

 八宮はそろそろ帰ろうかと道を引き返そうとすると、視界の端に一人の男を捉えた。

 サイファーを終えた集団の近くのベンチで項垂れる男。その手にはたこ焼き。

 「あはっ!ははは!」

 手にたこ焼きを持って項垂れる成人男性という絵面もそうだが、八宮の笑いを誘ったのは、男が持っていた超能力の内容である。

 イケイケのラッパーたちと項垂れていた男が八宮に注目する。

 せっかくだからと八宮は項垂れていた男に笑いを抑えながら声をかける。

 「触れたものたこ焼きにできるってホントですかぁ。ふふっ」

 男は目を見開く。

 ラッパー達はどこかへ行って、八宮と男が二人きり。

 「た、確かにそうだけど、いきなり笑いながら話しかけるのは失礼じゃないかな」

 「それはすみません」

 「それに、なんでわかったんだ?このことは誰にも話してないのに」

 八宮は自分が超能力の内容がわかる能力と、超能力の受け渡しができる能力を持っていること、自分と同じ超能力者を探し歩いていたことを話した。

 手の中のたこ焼きを転がして思考する目の前の男。

 「あ、そういえば、自己紹介してませんでしたね。私は八宮タタラと言います。十七歳!」

 「あぁ、そうだね。僕は大津ケイタ。二十一歳…だけど、俺以外にも超能力持ちが居たのか」

 「超能力者の自覚がある方は基本的にそういう反応しますね」

 大津は興味深いと頷きながら、しかしその一連の所作の中でも落胆が見て取れる。。

 「何故そこまで落ち込んでいるんですか?」

 「あ、あぁ、実は好きな配信者の初のドーム公演のチケットをたこ焼きにしてしまってね。十五分でソールドアウトしたものだから、取り返す手段がなくて困ってるのさ」

 「それは確かに困りましたね。しかし配信者のドーム公演というのは一体何をするんですか?」

 「今回はゲーム実況の公開収録と生歌歌唱らしい。確かに歌手として売れるくらい歌が上手いし、コンビネーションも抜群。世界に唯一無二の双子が織り成すハーモニーは絶品でもう楽しみだったんだが…。このとおりだ」

 聞いてないことまで喋りだした大津を見て、これは面白い人間だと確信する八宮。興味深い方面でなく、笑える方面の面白い人間。その笑いは決して性格の良いものでは無い。

 「じゃあ、そのたこ焼き化の超能力、私に売ってくれませんか」

 大津の面白さは超能力に依存したものでないことを判断した八宮は、交渉をもちかける。スリのように掠め取るのはもう辞めた。

 「こんな能力タダであげるよ。制御こそできるけど使い道がないし、たこ焼きそんな好きじゃないし、手がベタベタになるし」

 「じゃあ交渉成立ということで」

 八宮はたこ焼きを持ってない手で触れやすいよう左手を差し出す。その手を躊躇いがちに大津がとったことで、たこ焼き化の力が移動。

 すると不思議なことに、右手のたこ焼きがチケットに戻り、ついでに手についた油も無くなった。

 「え」

 「おー、良かったですね」

 新発見だ。能力が失われると、その能力の効果が無くなるのか。

 「君は恩人だ!助かった!全人類待望のイベントだったんだ!これで行けるぞ!」

 「賑やかな人ですね。ははっ。もう夜ですよ」

 「たこ焼き化若干鬱陶しかったし、チケットも戻ってきた。むしろこちらがなにかしなくてはいけない。なんでも一つ言ってくれ!」

 「じゃあ、たこ焼き奢ってください。今たこ焼きの舌なんです」

 八宮と大津は二人でたこ焼きをたらふく食べて、幸せを分かちあった。

 

 一週間後、八宮はいつもと同じようにフラフラと歩いて超能力者を探していた。平日の昼間に学校をサボって。

 すると、以前大津と出会った公園の自販機の前で、派手な青髪の女性が悩んでいた。

 「どうしたんですか?」

 八宮は努めて優しく寄り添って、自分より身長の少し高い女性の顔を見上げる。かわいい系で配信者向きだと結論づける。。

 「えーとね、まぁ何買おうか悩んでただけなんだけど、オススメある?」

 「私は新発売の終末溶解液強炭酸ドリンクとかいいと思いますよ」

 「前飲んだ時結構美味しかったし、そうしようか」

 そう言いながら終末の溶解液強炭酸ドリンクを一本買う青髪の女性。

 「いる?えーと」

 「八宮タタラです」

 「タタラちゃんか。よろしく」

 そう言ってドリンクを八宮に差し出す青髪の女性。

 「頂きます」

 「今、飲んでみ」

 「今ですか」

 言われるがまま八宮は飲んでみる。甘さの中に炭酸の辛みにまで感じるような刺激が混ざり、絶妙なバランスだ。

 「どう」

 「美味しいけど喉痛いです」

 「やっぱりそうだよね。喉壊れるほどじゃないんだけど、私みたいなのは避けるよね」

 「私みたいなの、と言いますと」

 沈黙が流れる。

 青髪の女性は驚きのあまり口が空いている。次に顔を覆ってちらりと八宮を見る。

 「マジ?私のこと知らないのに話しかけて来たの?」

 「はい、悩んでそうだったので」

 「高校生の知名度高いと思ったんだけどな」

 「メインターゲットは顔に釣られた男性じゃないんですか?」

 「タタラちゃん失礼だね。多分その通りなんだけど」

 冷たい声音。

 「なんか…すみません」

 「まぁいいよ!私はルル、るりるりチャンネルってので活動してる!良かったら登録よろしくね」

 青髪の女性、ルルはそう言いながら八宮にドリンクを押し付けて行ってしまった。

 「調べてみますか」

 

 帰宅後、八宮は暗い部屋のパソコンでるりるりチャンネルの動画を見ていた。

 チャンネルの内訳としては歌動画が三割、ゲームの生配信が五割、生配信のセルフ切り抜きが二割といった様子。

 八宮が特に感心したのは、双子でそれを行っているということ。活動は五年前から開始しているようだが、その当初から、歌であれば双子ならではのハモリ、ゲームならば連携プレイと、魅力がわかりやすい配信者と感じた。

 テンションが一致していたり、苦手なものと得意なものが一緒だったり、端々に双子を感じる。

 名前はルルとリリ、青髪がルルで金髪がリリ。お互いの名前をよく呼び合い、仲が良いことがよく分かる。しかし八宮が興味を持ったのは動画の内容ではない。

 「二人とも同じ能力…ねえ」

 八宮の視界には二人に同じ、分身能力があることが示されていた。

 

 翌日の昼頃、また同じ公園にふらっと立ち寄ると、自販機の前に金髪の女性が立っていた。八宮は昨日見たような景色だと思いながら、ならばと同じ行動をとってみる。

 「どうしたんですか?」

 「あぁ、まぁ何飲もうか悩んでただけなんだけど、オススメある?」

 ほぼ同じ会話。八宮は昨日の会話を思い出しながら続ける。

 「私は新発売の終末溶解液強炭酸ドリンクとか良いと思いますよ」

 「そうしようか」

 金髪の女性は迷いなくそれを購入し、一息に三分の一ほどの量を飲む。

 女性の横顔は強炭酸に刺激されて歪む。

 「いった…」

 そう言う横顔はやはり動画サイトで見たリリの顔だと八宮は確認。しかしその目の下には黒いくま、よく見れば髪も少し乱れているか。

 「それ、あんまり飲まない方がいいんじゃないですか」

 昨日の経験を元にして金髪の女性へ少し問いを投げてみる。八宮の審美眼が正しいならば、金髪の女性は喉を大切にするべきだ。

 「え、あ、そうかも、まぁいいや」

 気づいてもあっけらかんとした態度でいる女性。

 「あー、そう、飲み物、決めてくれてありがとう。名前なんだっけ」

 「八宮タタラです」

 「タタラちゃんね、覚えとくよ」

 「お姉さんの名前は」

 「え、知らないで話しかけてきたの?まぁそういうこともあるか、私の名前はえーと……リリ、それじゃまたね!」

 リリと名乗った女性は、八宮には無理に明るく振舞っているように見えた。

 

 八宮が自宅に戻ってしばらくすると、るりるりチャンネルの生配信が始まった。今回はゲーム配信のようだ。八宮は少し覗いてみることにした。

 ゲームは二対二の対戦形式のもので、るりるりチャンネルの二人に視聴者が挑むようだ。

 「あ、やば」

 「ちょ、リリ集中!」

 画面の中にはゲームが画面いっぱいに移し出されており、その右下の部分に二人が見えるワイプが置かれている。

 何戦か行ったあと休憩時間を設ける。

 「リリ、ちょっと水取ってきて、私ちょっと配信のコメント読んどくから」

 「はーい」

 そう言って金髪の女性は画面外へ、残ったルルは言った通りコメントを遡る。

 配信しているサイトにはお金を払ってコメントを目立たせる機能があるため、それを優先して読んでいく。

 内容としては二人の容姿を褒めるものとゲームのプレイに驚嘆するもの、逆にコンビプレーに陰りが見えていると言うもの、まず間違いなく規約に違反しているだろうものなど様々だが、二人、もしくは片方の体調を心配する声はほとんどない。

 また、コメントを見ていると、どうやらるりるりチャンネルは一週間後にドームで生配信を行うらしく、それを楽しみにしてる声も一定数見られた。

 さすがに人気配信者なだけあって、目立たせたコメントをだけを軽く読むのにもしばらくかかる。

 「リリ!コメント読み変わってー」

 「はいはい、こんばんはみなさん」

 改めて見てもくまが目立つ、くまは突然できるものでもない、心配の声が少ないのは最近言い尽くしたからだろうと八宮は推測する。

 「えぇと…ドームおめでとうございます。最近二人の声掛けに違和感を感じます。以前のコンビプレーができていない、そう思うこともしばしば。もしかして疲れてますか?ねぇ」

 八宮はコメントから推測した二人の現状に対する不安を書き込んだ。五千円を支払ったが楽しむのなら必要な経費だ。

 「え、なにリリ疲れてるの」

 「…そんなことは無いけど」

 「じゃあ杞憂ですね。私たちは元気だし、ドームも成功させます!」

 上手くかわされたか。しかし、二人のテンションの差が大きいことを指摘するコメントもいくつか八宮の目につく。

 それは画面の向こうでも同じで、コメントを見ていくうちに危機感を募らせる。

 「じゃあ今日はここら辺で終わりにするね!」

 様子を察知したルルが強引に配信を終える。

 「リリ、汗かいてるよ」

 「……配信終わったんだし、リリって呼ばなくていいよ」

 「あぁ、そうだったね。ごめん」

 「別に…大丈夫」

 リリと呼ばれた金髪の女性はゴミの散らかった部屋へ戻る。例の強炭酸ドリンクの賞味期限は一年半後。ジャンキーなフードばかり散らかっている。

 「はぁ…」

 伏せた姿見は埋もれ始めている。

 暗い部屋の中、無心で格闘ゲームを始める。一対一、プレイヤーの動きを学習したコンピューターとの戦い。上手く倒せるとストレス発散になるのだ。

 隣ではインフルエンサー仲間とオンラインで談笑する声が聞こえてくる。

 「しんど…」

 

 「あ、配信終わっちゃった。メッセージ送って気づいてくれるかなぁ…」

 八宮はスマートフォンからパソコンに切りかえ、るりるりチャンネルのSNSを開く。

 そして一つメッセージを送信した。

 「これで良し」

 確信を送信し、八宮は夜に備え寝ることにした。

 

 深夜人気のない公園の自販機の前にスマートフォンを持って佇む八宮。

 サイファーも解散して一切の音が無くなった。

 そこに足音が二つ、ゆっくりと自販機に近づいてくる。街灯も無く頼れるのは自販機の明かりだけ。必然吸い寄せられてくる。

 ガシャ、と音を立てて自販機が例の強炭酸ドリンクを吐く。

 八宮が強炭酸ドリンクの蓋を開けると、大きな音が出る。それを気に留めることなく一口飲む。

 「こんばんは」

 八宮が足音の方を向くと、そこにはるりるりチャンネルの二人。当然、八宮がタタラの名前で呼び出したのだ。

 「こんな夜更けにすみません。でも昼間よりかいいと思って」

 二人はまだ言葉を発さない。

 「お二人を呼び出したのは少しご提案があるからなんです」

 「その前に」

 青髪のルルが八宮の言葉を遮る。

 「なんで私たちが一人だって、わかったの」

 「正しくは一人の人間、もっと言えばルルさんの分身がリリさんを演じている、ですよね」

 聞かされて二人はメッセージを反芻する。あなたたちが隠していることを知っている。例えば、今はルルさんしか居ないこととか。気になるなら今日の深夜一時、公園に来てください。という内容。

 「なんでと言われましても、そういう力を持ってるから、ですかね」

 そう語ったが、まだ理由としては半分。他に配信時のコミュニケーションの少なさ、金髪のルルの不調などから推察した。

 「つまり二人ともルルさんで、本物のリリさんは…旅行ですか?」

 「「病院」」

 端的に一言。口にする顔は二人して暗い。八宮は昏睡状態を想像する。そうでなくても表に出られない状態ではあるのだろう。

 二人のルルはじわりと八宮との距離を詰める。

 「で、提案ってなにかな」

 金髪のルルが問う。

 「私、困ってる人いると放っておけないんですよ」

 「…だから?」

 「週末のドームでやってほしいことがあります」

 二人のルルは驚きながらもそれを了承。八宮には二人が断れないとわかっていたが。

 そして数日後、ドーム当日。

 二人から関係者用のチケットを半ば無理やり手に入れた八宮は、ドーム前で腹ごしらえと待ち合わせ。

 「ごめん、待った?」

 「私が早く来ただけですから、待ったかという質問に対する回答としては待ったよと答えるしかないですが」

 「八宮さん面倒だね」

 そう言ってしまう男は大津。そこも含めて八宮は面白いと思っている。

 「たこ焼きいります?」

 八宮は手元の舟に乗ったたこ焼きを指して言う。

 「それ元々なんだったの」

 「元々たこ焼きですよ」

 「じゃあひとつ貰おうかな」

 大津は爪楊枝で刺して口に運ぶ。美味しそうに食べる大津を見て八宮も一口。

 座る八宮はドームを感慨深く見る大津に話しかける。

 「イベント終わったら少し残っておいてください」

 「分かった。ここで待ち合わせでいいかな」

 「はい、それでよろしくお願いします。では」

 そう言うと八宮はたこ焼きを持って走り去ってしまった。

 「もうちょっと硬い方が好きだな、たこ焼き」

 

 八宮が向かったのは出演者の控え室。出演者と言っても二人だけ、青髪のルルと金髪のルル。

 「本当にやるの?」

 「ここまで来てやめられないよ」

 るりるりチャンネルの二人の耳にノックが届く。

 「「どうぞ」」

 「失礼します」

 八宮は二人を見てまず一言。

 「どっちがどっちですか」

 「「私もわかんない」」

 「…なるほど」

 二人は自己の同一性を保つために必死なのだ。だからどちらがどちらなどという質問には答えたくない。なにせ自分が二人いるのだから。

 「最後まで、徹底してくださいね」

 「「わかった」」

 二人がそう言ったところでスタッフに呼ばれる。もうすぐ出番だそうだ。八宮も席に行かなければ。

 るりるりチャンネルの二人に軽く手を振って八宮は立ち去る。

 

 二人のルルは揃って不安げだ。ステージ下のせり上がり用の台座に立ちながら、深呼吸が揃う。

 普段着ない派手なドレスは双子らしくデザインは同じ、しかし色は髪に合わせて違っている。

 ステージ下に響くバンッという音で会場の明かりが完全に消えたことを察知する。

 首元のピンマイクが震える。

 前奏が流れ始めると同時に、足元が上がってくる。

 完全に上がり切りステージと一体化すると同時に、金髪のルルが歌い出す。それに合わせ青髪のルルも交互に歌う。

 自分は自分の道を行くと決意する歌を、二人は今誰よりも自分自身に向けて歌っている。

 歌い終えると、これ以上ない盛り上がりに包まれる。続けて二曲歌ってオープニングは終了。

 歓声とルルやリリと書いたうちわがステージにいる二人に届く。少し上気した頬と笑顔が輝く青髪のルルに対し、必死でただ客席を見渡す金髪のルル。

 青と金のペンライトが一面に輝いている。

 ドレスのままゲームコーナーに移る。

 タイトルは以前配信した二対二の格闘ゲーム。しかし今回は一対一モード。対戦カードはもちろん青髪のルル対金髪のルル。

 「今回はリクエストの多かったルル対リリをお送りするよ。画面の前のみんなもよーく見ててね」

 金髪のルルがゲームのコントローラーを接続、準備を終える。

 二人は目を合わせないまま。

 試合が始まると、まず青髪のルルがコンボを決め、負けじと金髪のルルも大技を当てる。優勢なのは青髪のルル、それは悲痛な二週間あまりの影響。

 そしてそのまま青髪のルルが勝利する。

 「練習した甲斐がありました!」

 笑顔でそう答えた。

 そうして一通りゲームコーナーが終わると、また歌を歌う。今度は落ち着いた曲調で別れが来ないことを願うような歌だ。切実に願うような二人の表情が、観客の名残惜しさを刺激していく。

 最後は選ばれた一部の人たちと直接会うイベント。一人一人がルル、リリ、と名前を呼んで軽く握手と撮影をする。ちょうど百人で終わりとなった。ちなみにその中に大津はいない。

 その列の一番最後に遅れてやってきたのは八宮。

 観客全員が居なくなったそこで、三人は向き合う。

 「さぁ、二人とも今日一日入れ替わってどうでしたか」

 青髪のルルの落ちたメイクの隙間から、酷いクマが少し見える。しかしその表情は笑顔だ。

 対して金髪のルルは健康的な肌の色だが、その表情からは疲労が見える。

 「最高だったよ。久々にルルって言って貰えて」

 「キツかったよ、酷なこと、しちゃってたね」

 「そうなると思ってました」

 自分が二人いるときの自己同一性の保ち方など誰も知らない。

 今日リリを演じたルルは溜息をつきながら、一人うつむき加減に言葉を紡ぐ。

 「最初は目が覚めたら目の前に自分が居てさ、怖かったけど。ラッキーとも思ったんだよね。リリが事故ってイベントまでに目が覚めるか分かんなかったから。私が二人になってからは、自分がルルだって主張しないとおかしくなっちゃう気がして、だからわざとリリって呼んでさ…」

 八宮ともう一人のルルはその様子を見守る。次の言葉がなにかによって判断することにした。

 「だから、ごめんね。ルル」

 謝られたルルは、ゆっくりと頭を下げるルルに近づいて金髪を撫でる。

 「別に、もういいよ」

 ルルはルルとハグをして、楽屋に戻って行った。

 

 ドームの外、大津は缶コーヒーを飲みながら待っていた。

 「どうも、お待たせしました」

 「まぁそこそこ待ったかな」

 「大津さんはやっぱり面白い人ですね」

 「それ、からかってるでしょ」

 「まぁ少し」

 もう日も落ちた寒空の中、八宮は大津に問う。

 「自分が二人いたらどうしますか」

 「何その質問。まぁリアルな話、頭がおかしくならないように隔離するかな」

 「夢が無いですけど、確かにそれが安全ですよね」

 「結局、自分が自分だと思えなくなることが怖いんだ。自分が目の前にいたらじゃあここにいる僕は誰だってなってしまう」

 「なるほど、参考になりました」

 するとドームから二つの人影。るりるりチャンネルの二人だ。

 「「タタラちゃん!写真撮ろ!」」

 若者に流行りのインスタントカメラで、襲撃するように一枚スリーショットと大津の写りこんだ写真を撮る。

 大津は口を開けたまま呆然としている。

 「今日はありがとう。タタラちゃんは恩人だよ!」

 そう言って二人は写真にサインを入れて八宮に手渡す。

 「こちらこそ、ありがとうございます。良かったらこちらの男性とも撮ってあげてください」

 るりるりチャンネルがガチガチに緊張した大津の両サイドを固め、インスタントカメラを持った八宮が撮る。

 出てきた写真にサインを入れて大津に手渡す。

 「「じゃあ、また会ったら!」」

 「ええ、また」

 二人は大きな車に入って走り去っていった。

 「事前に言ってくれよ」

 まだ緊張気味の大津。

 「私だって突然のことでしたよ」

 そういうことじゃないとはわかっていてシラを切る八宮。

 「実際こんな出会いなんて二度とあるもんじゃない、八宮さんとはこれからも末永くお友達としてのお付き合いを続けさせて頂きたく」

 「欲丸見えですよ」

 二人は話しながら駅まで歩いた。

 

 一週間後、ご報告。という動画がるりるりチャンネルに投稿されていた。

 内容はリリとルルが仲直りしただとか、最近親友が海外に行って寂しかっただとか、他愛のない話に見えて、タタラにはきちんと伝わった。

 「良かったじゃないですか。リリさんの記憶にないリリさんがいることだけが心配ですが」

 と呟くとちょうど動画内で二人が

 「ドームの記憶無いんだけど」

 「事故った時に記憶飛んだんじゃない?」

 「そうかなぁ。もう一回やってくれない?ドーム」

 「そうだね。そうしよっか」

 なんて会話をしていた。

 八宮は棚に飾ったインスタントカメラの写真を夕日に透かして見る。その写真は大津と二人のルル、八宮が映っていた。

 「やっぱり面白い人たちだったな」

 そうしてまた八宮はコレクションしていく。価値のある何かを、価値に変えず飾っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

八宮多々良のコレクションルーム 黄昏ヴァウムクゥヘン @Tasoumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ