第13話 初めてのクッキング
「…………で、」
迫ってくる無駄に綺麗な顔を震える手で押し返しながら、俺は目の下をヒクつかせる。
「なんッッで今日も押し倒されてんだよ!」
「え? 今更?」
「今更、じゃねーよ!! つい最近、こういうことはなるべくしないように気をつけるって、そんなような話をしたばかりだろーがッ!!」
ほのかにフローラルの香りが漂う清廉な部屋に、まったく似つかわしくない俺の怒号が飛ぶ。
先日、神楽坂から突然の呼び出しがあった際、積極的すぎるアプローチに難色を示した俺に対して、神楽坂自身も少し反省していたように見えたんだけど、気のせいだったのかな?!
「うーん……それはそうなんだけど。でも、こう……スキンシップを取れば、三崎くんの体に、私の存在を刻み込むことができるでしょう……?」
「変な言い方するな!!」
「……不安、なのよね。こうしていないと。三崎くんの心が離れて行っちゃうんじゃないかって……」
「……うぐっ」
普段あんな調子なのに、たまに馬鹿みたいにしおらしくなるのはやめて欲しい。
憂いを帯びた神楽坂の横顔は、どこからどう見ても、1000人に1人レベルの超絶美少女。わざとらしいほどにわかりやすくシュンとされると、流石の俺も、罪悪感みたいなものが込み上げてきてしまうのだ。
そもそも心惹かれてねーから! などというツッコミも、喉の奥につっかえて出てこなくなる。
「私、男性経験がないから、男性の心を繋ぎ止めておく方法がわからないのよ」
「色々矛盾してるって! 普通、男性経験のないウブな女子は、体から満足させようとしてこねえから!」
「そうなの? でも、今まで読んだ少女漫画では……」
「あああ! ややこしくなるから漫画の話はやめろ!」
「でも……」
今日はずっと俺に怒鳴られっぱなしの神楽坂は、もはや捨てられた子犬のような有様だ。
……何から何まで頭ごなしに否定するのも、よくないか。
「……えっとさ、男の心を掴む方法って、何もそっち方面ばっかじゃないと思うんだよ」
「そうなのかしら……例えば?」
「え? 例えば? あー……えーっと、」
しまった、特に何も考えていなかった。
「うーん……そうだな……一般的によく言われるのは、胃袋を掴む……とか?」
「胃袋……つまり、手料理ってことね」
「まあ……そういうこと、かなあ」
「でも、お料理はいつもあなたがやってくれているわ。とても美味しくいただいているけれど」
「それはそうなんだけど……でも、男ってホラ、やっぱ自分が料理できるとかできないとかは関係なく、女性の真心こもった手料理には弱い生き物だから」
まあ、今まで女子の手料理なんて食ったことないけどね、と心の中で自嘲する。
俺の苦し紛れの適当な意見を真剣に聞いている神楽坂は、自身の顎に手をやりながら、何やら考え込んでいる様子だった。
「……三崎くんも、私の手料理を食べたいと思う?」
「ん? まあ……いつも自分で作ってばっかだし、そりゃあたまには誰か作った料理を食べたいとは思うよ、もちろん」
そう答えると、それまで難しそうな顔をしていた神楽坂の表情が、一瞬ぱあっと華やぐ。それから彼女は、すぐに覚悟を決めたような顔になり、俺の上からのそりと身を引いて、その場から立ち上がった。
「……よし! 私、やってみるわ! 料理!」
「え……で、できるの?」
「わからない、やったことはないけど……確か、福本さんがレシピ本をいくつか置いていっていたはず……。見ながらやれば、きっと大丈夫よね!」
盛大なフラグになっているような気もするが、大丈夫だろうか。
一抹の不安を払拭しきれないでいる俺とは対照的に、神楽坂はウキウキとした様子だ。
「というわけで、今日の夕飯は私が作るから! 三崎くんはここで待っていて!」
「え、手伝いとかしなくて大丈夫?」
「一緒にお料理というのも楽しそうだけれど……でも、それだとサプライズ感が薄いわ。私一人で頑張ってみるから、あとは完成後のお楽しみ」
「……そこまで言うなら、わかったよ」
人差し指を唇のところにやって、にいっと笑ってみせる神楽坂。
その悪戯っ子のような表情が愛らしくて、少しドキッとしてしまったことは秘密にしておきたい。
スキップでキッチンへ駆けていく神楽坂の後ろ姿を、俺は期待半分、心配半分という具合で見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます