六章 5

「ここも久しぶりだな」

 俺は死神としていつも使っていた拠点に久しぶりに戻ってきていた。流石にいない期間が長すぎて、色々なものに埃が溜まっていたりしているが、常日頃から整理整頓はきちんとしていたし、本当に大事なものは地下の隠し部屋に置いてあるから、盗難の被害はなさそうだ。

「俺はこれからまた暗黒の道に進んでいく。正道と付き合うか……もう機会もなさそうだな」

「おいおい、帰ってきたのか? ラムス君?」

「お前か、紹介屋、クレイジル」

 これまで……たった数ヶ月の時間ではあったが夢想していた俺の前にまた懐かしい顔のやつが現れた。こいつはクレイジル。俺を殺しの道に誘った張本人だ。色々と非合法な仕事の斡旋をしていたりしていて、俺もやつから仲介された仕事をいくつかこなしたこともある。

「ルミエル嬢の暗殺に失敗したんだって? 死神の名前が泣いちゃうよ〜」

「うざい、しつこい。離れろ」

 クレイジルはしつこすぎる。それに身に纏っている財宝が当たって地味に痛いし、香水がキツすぎてとっとと離れたいくらいだ。それにしても、こいつがこの家にやってくるなんて明日は大雨かもしれないな。

「それでなんのようだ? こんなタイミングよく現れるなんて」

「なに、ちょっと脳裏にお前が浮かんだから久々に会いに来ただけよ」

 絶対に嘘だ。流石にわかる。こいつがここにくるってことは俺に依頼があるってことだろう。こいつは圧倒的なほどの守銭奴野郎だ。金のならない仕事はしたくないなんてことを言っていたくらい金に価値のあるものにこだわるバカである。つか、あいつに依頼金何回かちょろまかされたことあるし、半殺しにしたことあったけど

「お前のことだ。また金の出る案件が出たんだろ?」

「やっぱ、俺らはベストフレンズみたいだな」

「キッショ、お前みたいなやつとは仕事付き合いくらいにしておきたいわ」

「フウ〜、このツンデレめ」

 クッソ、やりにくい奴だな。下手な貴族よりも腹芸が上手いせいで会話の流れが掴み切れない。今まであまり力を入れていなかったが話術はしっかりやるべきか? 執事にもど……ってなにを考えているんだ!? 俺はもう正道には戻れないんだ! チッ、足を引っ張りやがる。

「おいおい、どうしたんだ? 百面相しやがって。なにか悩み事か? 偉大ななる大人の俺に話してみなさ〜い」

「黙っていろ。また半殺しにされたいのか?」

 俺のことをバカにしたクレイジルを胸元を掴んで持ち上げてやつを圧をかけた。それでもやつはもう慣れたんだろう。飄々とした顔を保ったまま、軽すぎる口調で俺に話しかけてきた。

「おいおい、荒っぽいな。そ・れ・に〜その言葉が出るってことは図星ってことか?」

「お前には関係ないし、こんなことで借りを作ろうもんなら金を絞られるに決まってるだろ」

「お悩み相談は金貨100枚で済ませてやるよ」

 借りですらねえし、かといって、料金高すぎてただの詐欺同然だし、こいつの話は疲れるんだ。それにしても話が逸れすぎてもう収拾がつかなくなりそうだから、とっとと話を変えようと思うんだが……

「そうそう、ミンフェル家はどうだったんだ」

「あそこの令嬢といい仲にでもなったのか」

「ヒュウ〜お前にも春が来るなんてな」

 ウゼエ!! 口を開けばやれ、ミンフェル家はどうか。令嬢とはどうか。ウゼエ。ウザすぎてウザい。もう黙ってしてほしい。全く話が進まねえんだ。

「お前に話すことなんてなにもない。それよりもお前の要件はなんなんだよ」

「また、暗殺の依頼だよ。ある貴族を殺してほしいんだ。仲介料は割半な」

「相変わらず高え仲介料だ。それで殺害対象は?」

「殺してほしいのはウィリアム・アハトだ」

 その言葉を聞いて、笑みが深まった。まさか依頼としてやつを殺すことができるなんてな。俺のプライドに傷をつけた奴に無惨な死に様を刻み込む……!

「おーおー、なかなかヤる気がすごいな。お前そんなにやつを恨んでいるのか?」

「そうだ」

「まあ、依頼人曰く、自分のプライドのための圧政がなかなか酷いらしいな」

「プライド……か」

 今の俺に似たような感じか。俺には世界最高の暗殺者としてのプライドがある。だから、俺の道を邪魔しているウィリアムはなんとしても殺さなければならない。……ならなんで、俺はルミエルを殺さなかったんだ? 俺は一体なにを考えているんだ? あの時のあいつなら……いいや、ダメだ。あんな状況じゃ俺の気分が晴れない。その……はずだ。

「今日のお前は表情が豊かだな〜」

「そんなもんか?」

「あん時のお前なら考えられほどにな」

「そうか……」

「その顔ならお前の母親も安心するのにな〜」

 こんな暗い道を生きているなんてあの母さんに知られたくはないが、多分知っているんだろうな。そうか、穏やかになったのか? いいや、暗殺者の俺にはそんな顔は必要ない。ただ冷酷に人を殺す。そんな死神の顔が必要なんだ。

「お、気合いいっぱいの顔をしているな。お前のおかげで稼げるからな〜。楽しみにしているぜ」

「任せろ」

 俺はウィリアムをどうやって殺そうか考えを巡らせた。

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