六章 4
「それが俺がこうして、この家を抜けようとしている原因さ。失望でもしたか?」
俺は改めてルミエルと対面しながら、今日の出来事を話していた。
「失望なんてしませんよ」
「……だからだよ」
「え?」
「気づいたんだよ! 俺はなんてぬるま湯に浸かっていたんだろうってな」
「そんなことありません! 執事になってもあなたは暗殺者であったじゃありませんか!」
「それでも!!!」
俺は今までで一番の叫びをあげた。その言葉を聞きたくない。
「これ以上この場にいれば俺は暗殺者でなくなる。俺は! 世界最高の暗殺者――死神だ!」
「私すら満足に殺せないのにですか?」
「黙れ!」
次々に言葉のナイフで俺を刺してくる。不快指数が上がってくる。
(なんでお前が泣きそうな顔してんだよ!)
これ以上はもう見ていられない、もう聞きたくない。俺はナイフを振った。
「もうどいていろ」
そのナイフはルミエルの首寸前で止まっていた。そうすると、ルミエルは俺の振るったナイフに手で摘んだ。どうせいつも通り木の棒みたいに簡単に折られんだろうと思った。でも、それとは異なった結果が目の前に映った。
「こんなふうに私が死ねば、あなたは満足しますか?」
ルミエルは摘んだナイフを自分のその白くて柔らかい肌に押し当てていた。ミンフェル領で売っていた切れ味があまり良くないナイフではあったが、押し当てられると流石にある程度切れてしまう。まだ、血が出ていないが薄皮が切れてしまっただろう。俺はそっとナイフから手を離した。
「それがあなたの答えですか」
「お前は俺が必ず殺す」
俺はルミエルにそう言い残して、ミンフェル領を去っていった。
* * * * *
「バカ……」
彼は私を見ることなく、足早に領地を去っていきました。彼は矛盾をしてしまっている。自分の手で殺すことを至上とするにしても、私がナイフを首に当てた時に彼も力を加えれば守ることを考えていなかった私くらい簡単に殺せるのに。
「それにしても、ええっと……ああ私ってほんとにバカ」
彼に対して、一言文句を言ってやりたかった。それくらい許されるだろうと、勝手に辞表を出したのはそっちだからと。でも、嫌になったのは自分だった。
「私、彼の名前知らないんだった」
彼が自らを死神と名乗った。本名を言いたくない事情もあっただろうし、当時は険悪とまではいかないものの単純に敵対心が強かったから。でも、それでも……!
「馴染んでいるなんていうのは私の妄想だったんですね」
心にぽっかりと穴が空いてしまった。彼と一緒にいた時間、彼と一緒に行った様々なこと、それらは空虚なものだったの? 私だけが楽しくてあなたは一切楽しくなかったの? ねえ、答えてよ。私の質問に答えてよ。
「戻ってきて。嫌だよ、こんな終わり方なんて……また一緒に遊びましょう?」
もう、この時の私は自分も矛盾していることなんて一切気付いていなかった。ただ泣き叫んだ。声が枯れそうになるくらい。
「嫌! 嫌だよ!」
私はその場を気にすることは一切せずにずっと泣いていた。
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