三章 1

「ルミエル、来週からミンフェル領ラクレエ村の視察に行って欲しいんだが、大丈夫か」

「大丈夫です、お父様。では彼と護衛を連れて行って参ります」

 私は前々から決まっていた領内の視察の件についてお父様と話していました。ちなみに彼は今はルーナやお母様の監視のもとで……いいえ、ルーナやお母様に連れられる形でお買い物をしています。しかし、お父様は一緒に連れて行く人物で彼の名前を出した途端に嫌な顔をしました。おそらく、あの男は危険だから、手放したほうがいいという感じでしょう。

「お父様、彼は大丈夫ですよ」

「……しかし、屋敷の改造をしてまでもお前を殺そうとした男だぞ。お前を心配するこっちの身にもなって欲しいんだがな」

「あの程度で死んでしまうほど私もやわではありません」

 お父様が心配してくださるのは本当にありがたいのですが、正直に言えば、私は彼のことをもっと知りたいのです。彼が異常なまでに暗殺者に固執するのか、決して社交性がないというわけではありません。先日披露した建築技術があれば暗殺者でなくても名を残せるほどの才能だってあるでしょう。それなのになぜ、暗殺者なんて暗くて悲しい道に行くのか。

「お前がそういうのなら私もこれ以上は言わないが、彼は信頼できるのだな?」

「はい、彼に心配はいりませんよ」

 彼について未だ謎が多いですが、私以外の人には危害を加えることがなく妙な律儀さがあって、自身の腕を信じているにしても人質くらい取ればいいのにとも正直思います。でも、罠を設置したりするけど、初見の場合は彼がフォローを欠かさなかったり対応した後でも罠の作動してしまった場合は意識がそっちに向かってしまったり、凄腕の暗殺者であるのに不自然なほどに私しか狙わない。それが悪いとは言いませんが、そういうところに妙な歪さが感じてしまうのです。

「では、宿と馬車、護衛の騎士はこちらで手配しておく。無事に帰ってこい」

「分かっています」

 そうして、お父様との会談を終えて、自室に戻ろうとしました。そうしたら、扉の外からなぜかガヤガヤした音が聞こえ始めました。とても嫌な予感がしましたが、客人の訪問の予定はなかったはずです。確認の意も込めてお父様の方を振り向くとものすごくブンブンと首を振っていたので騒ぎの原因は屋敷の中の人間でしょう。とりあえず確かめるために私は扉を開けました。そこに広がる景色に期待もしながらですが。

「天井にぶつけないで! 高いものも入っているの!」

「こんな量の荷物を持たさせておきながらか!?」

「死神君、ファイトです!」

「同じ従者なんだからお前も手伝え!」

 そこに広がっているのはおそらくお母様が買ったであろう大量の荷物を両手を塞ぐほどを遥かに凌駕し人が二、三人ほどある天井にも付きかねないほど高く頭にとてつもないバランスでのせて運んでいる死神の姿だった。そしてルーナは何もせずに適当? に応援をしていた。

「あはは……あの姿をする人間が危ないと思いますか?」

「とても悪い意味で我が家に馴染み始めているようで何よりだ。と言っておいてくれ」

「なんですか、それ?」

 私は苦笑しながら、お父様も渋い顔をしながら三人を見ていた。

*  *  *  *  *

「女性の買い物ってあんな感じなんだな」

 今日はいきなりだった。従者仲間のルーナにいきなりルミエルの母サマランの買い物に付き合ってほしいなんて、言われた時ははっ? って気分でいっぱいであったが、その行動も女性との買い物なんてはじめてであった俺にとっては異常としか言えなかった。

 異変が起きたのは俺の両手ではもはや荷物を持ちきれなくなり、ルーナの両手でも持てなくなった時であろう。まず、そこまで買うなよと思うが、新しくものを購入してしまったサマランに対して流石に荷物を持たせるわけにもいかずに手を広げて頭も使って運ぼうとすると、それを見て調子に乗ったルーナが自分の持っていた荷物の全部を俺に無理やりのせてきやがった。一番苦労したのは風だな。そこそこ高くまで積んだから、風によく煽られて落としそうになった。

「お母様とルーナがごめんなさいね」

「本当だよ。地味に神経使う作業をさせらたしなぁ」

 ルミエルは苦笑しながら俺の近くまで寄ってきた。ここまで近くに来るなんて何か厄介事でも頼まれたんじゃないのかとも思うが、今回みたいなことを除いてになるが、俺は基本的にルミエルから離れることはしない。というかできない。だからこいつがどんな面倒ごとを受けようとも来いと言われれば行かなければならないし、やれと言われればやらないといけない。

「そうそう、来週から三日間領内にあるラクレエ村というところに視察に行くんです」

「なるほどなぁ……ついていけばいいんだろ」

「さすが、よく分かっていますね」

 結構な美少女が褒めてくれているという状況だが、あんまし心がこもっていない言葉で喋られてもこっちは別に嬉しくもなんともないのが悲しいことだな。

「それで? ラクレエ村はこの領地のかなり辺境だったで魔物の頻出地域だったはずだが?」

「そうですね。しかし、最後に視察に行ってからもう十年経ってしまっているので行かなければいけないのです」

 ラクレエ村は片面が森に面しているが、もう片面に広大な敷地があるから酪農で栄えていて辺境の村にしては活発で他に比べれば治安もそこそこいいほうだろうな。時々あると言われる森の方からの魔物の大量発生以外ならな。まあ、こいつの能力の関係上護衛はあんまし多くはないだろうし、少人数ならまだマシなほうだろうな。

「護衛はお父様が手配してくださるので心配しないでください」

「心配することは特にないんだが」

 本当に何も起こらなければいいんだがな。

「ああ、そうだ。お父様がとても悪い意味で屋敷に馴染めているようで何よりですって♪」

「そうかい、なんとか手綱握っておけよって言っといて」

 最悪だ。あんな馬鹿どもと一緒の括りにはされたくねえんだよ。こっちもな。

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