二章 2
「お買い上げありがとうございます」
まあ、貴族御用達の店での買い物をすることに特別ケチをつける要素がなかった。むしろ起きた方がよっぽど面倒というか、もっと酷いことが起きるのは目に見えるからな。
「これでお小遣いが二ヶ月分が……」
「これに懲りたら少しは力加減を覚えるんだな」
「いつもあんなじゃありません!!」
本当か? そんな気持ちが出てくるがそれに対して俺が言えることなんてそう多くはない。というか、報復が怖い。
「あなたが想像以上にやるからつい力を入れ過ぎてしまって」
「うわ、あれでついなのかよ」
それなら本当にやばかった。本気でやられてたら腹に穴が空くだけはすまないかもしれない。その時の屋敷の損害状況も今の軽く数十倍になるかもな。
「それにこの力も少しは役に立っているんです!」
「破壊活動か?」
「ええ、破壊活……か、解体作業を少々」
「七割言いかけてるし、結局壊しているのは変わらないじゃないか」
まあ、下手に書類作業されるよりよっぽど単純でわかりやすいアピールにもなるから一概にダメとは言えないが、それは果たして貴族令嬢のやることか? 絶対下っ端の騎士とかに割り振られそうな仕事だな。
そんな感じで流石に執事服の俺がルミエルに材料を持たせるのはあり得ないということで俺が大量の荷物を持っているわけだが、そんな人の気も知らないようにルミエルの周囲には人が集まっていた。
「ルミエル様、また今度よろしくお願いします!」
「ルミエル様! うちで食べていってくださいよ、待ってますよ!」
「ルミエル様!」「ルミエル様!」「ルミエル様!」
いや、なんか数が多いな!? まあ、見た目だけなら優雅なルミエルが領内人気があるのは一定数いるのはわかるが、それにしても多い。俺なんか完全に縁から弾き飛ばされているし、抵抗をしていたわけではないが数の暴力がすぎたな。
「すみません!! 今、急ぎの予定が埋まっているのです。とてもありがたいですが、行ってもいいでしょうか!」
ルミエルがそういうと、群がっていた領民は一斉に離れはじめてもうこの場には俺とルミエルしかいなくなっていた。
「人気者だな」
「とてもありがたいことに」
領民に対して礼を述べたルミエルはその言葉とは裏腹に嬉しさと悲しさと感情がごちゃごちゃになったような笑みを浮かべていた。その顔がひどく印象に残ってしまうくらい。
「少しでもこの力を活かすために色々しているんですけどね」
「領民の手伝いをしているんですよ」
「それさっき言ったな」
解体作業だろ。誰にだってできるわけではないが、なんか率先してやってんのか? 改めていうが、仮にも貴族令嬢のはずなんだがな。まあ、熱狂的な領民がいるのはいいこと……なのか?
「私は皆さんに支えられている。そうお父様に教わりました。貴族としてしっかりとできているかは領民で決まる。そうもおっしゃていました」
貴族として……か。ゲスな奴は上に取り入ろうとするのに必死だ。そしてその手の貴族というのは大抵長持ちしない。取り入るためにはそれ相応の対価なければならない。そして、大体の場合、それは領民の手が無ければ無理というものだ。領民が疲弊していけば勝手に自滅する。
「そうか、マクロンはただただ可哀想な人じゃなかったのか」
「可哀想……? お父様は領主として大変立派な方ですよ」
「そのお父様の話をぶった斬ったやつが言えるのか、それ?」
「まあ、ときに言い合える関係も大事と言いますし……」
濁したな。今回ばかりはルミエルのわがままでどうにかなったが、マクロンはいわゆる堅物的な貴族なんだろう。そして、柔軟性(?)も持ち合わせている。
「とりあえず戻ったら、床の直しをすぐに終わらせる。そうじゃないとお前が寝れないだろ」
「あら、優しいんですね」
「熟睡してくれた方が幾分かチャンスがあるだろ」
「言ってしまってもいいんですか?」
こんな単純なことは別に言ったところで問題はない。警戒するならするで勝手に疲労するだけだし、気にしないんならチャンスになる。お得な戦法だな。別に使ったことがあるわけではないが。
「ああ――、うん。それよりも、俺は寝ずにやるんだが、お前はどのくらいで寝るんだ?」
「え? 寝ないんですか?」
「まあ、お前の部屋で寝る気なんてないからな」
誰が嫁入り前の貴族令嬢の部屋で寝ると思ってんだ。今の俺なら十分も経たずに翌日の行動に支障が出ないくらいのは回復ができるだろうな。今日はずっと気絶させられてたし。張り込みで熟睡できる環境の方が少ないからこっちは全然慣れている。
「せっかくなら一緒に寝ませんか?」
「お前、常識ねえの?」
こいつ本当にマクロンの娘か? 明らかに常識がない。わざとか。わざとなのか? いやまあ、そんなこと言われようが俺としては絶対に嫌なんだが、そもそも暗殺対象と一緒に寝る殺し屋ってどうよ。絵面がやばい。てか、そんな噂流されようものなら自決もやむなしだが。
「ヒビの入った柱はいつ崩れてもおかしくないからな。早めに直すに限る」
「つまらないですね」
「俺はお前を面白くさせるためにいるんじゃねえからな」
こうやってぼやいてこそいるが、こんな人目のつくところでは殺そうとしても目立つ可能性が高いからしないだけで、やりようによってはこの状況でも仕掛けられる。
「おかえりなさいませ、ルミエルお嬢様」
「ええ、ありがとうございます」
そうこうしているうちに屋敷に戻ってきていたらしい。なんか色々と釈然としないまま戻ってきたが、つべこべ言わずに作業に取り掛かろうと俺はルミエルをせかそうとした。が、迎えにきた老執事はさりげなく俺とルミエルを遠ざけて俺のことを睨んでいた。
「……なんだ?」
「いえいえ、いくらルミエルお嬢様の言伝があってもお付き合いもしていない男女がそう近づくものでもありません」
「筋は通っているな」
俺としてもあくまでターゲットのルミエルと別に仲良くなろうなんて考えていないからな。それでいいさ。仕事だけはこなすがな。
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