一章 4
チュンチュン……
「……グッ!」
腹に残るとてつもない痛みで目が覚めた。最悪の気分だがその痛みに耐えながら、なんとか立ち上がると、状況を把握しようとした。
「チッ、ここは? 詰所ではなさそうだな」
辺りを見渡してみると、清潔感のある部屋でベットに寝かされていたらしい。そのことに困惑をしていると、部屋の扉が開いた。
「あ、目を覚ましたんです……ふえ?」
その声を聞いて、すぐさま女の背後に回り込み、首元に爪を突き立てた。
「騒ぐな。俺の質問に答えろ。さもないと、お前を殺す」
「ふえええ……」
ここで俺が奴から聞いたのは今はどこかと、なぜ俺は生かされているかだ。
「こ、ここはミンフェル家の屋敷で従者用の部屋で空いているところで休んでもらいました」
「ずいぶんと扱いがいいな。牢屋にぶち込むんだと思っていたんだ」
「それは、ルミエル様に聞かないとわかんないですよ」
「あのバケモンか? あいつもずいぶん物好きな奴だな」
ルミエル・ミンフェルの道楽の影響で今現在元気(?)でいられることに少しむかつくが、ここで文句を垂れていてもしょうがないことだから、この場から脱出をしようとしたがその瞬間に悪魔が来てしまった。
「あら、どこに行くんですか?」
「チッ、いやがったか。ルミエル・ミンフェル」
「おはようございます。その名は長いので是非ともルミエルとお呼びください」
「……俺も長ったらしいと思っていたからいいが」
「ふふ、それなら良かったです。ああそうだ、あなたにはぜひやって欲しいことがあったのですよ」
非常に嫌な予感がしたが、ここで反対しようものなら、すぐに絞められて強制的になるか、詰所に送られるかの二択になるだろう。俺としては詰所程度なら簡単に脱走できるだろう。だが、こいつのことだ。なんの対策も無しに行動するとは到底思えない。
「あなたにはこれから私と一緒にお父様とお母様に挨拶をしてもらいます、これを断ればあなたを詰所に突き出します」
「やってみろよ。本気の俺を捕捉できるとでも?」
「勘に頼るので追うのは難しいかもしれませんが、今の距離感なら初動を潰せます」
その言葉を聞いて、昨日のあの化け物じみた身体能力ならできても不思議でないと感じてしまい、俺はその場を動くことを躊躇してしまった。そのことで調子づいたのかは知らないが、ルミエルは俺のことを引っ張って連れていった。
「お父様! お母様! 連れてきました。この子が昨日私を暗殺してきた少年です!」
「あら〜、思ったより幼い子なのね」
「ルミエル、今からでも遅くない。早く詰所に……ひっ!」
「なにか言いましたか? お父様」
「いや〜、なんでもないぞ!? ハハハ……」
俺のことを非常に楽観的に捉えているのはおそらく奴の母親――サマラン・ミンフェルだろう。感性が独特というか、仮にも娘を殺そうとした俺を見て、物珍しそうにするのもだいぶやばい奴感が漂っている。
そして、常識的な価値観をしていたが、哀れにも意見を封殺されてしまった家庭内序列の低そうな男は奴の父親――マクロン・ミンフェルだろう。うん、哀れだ。それ以外に感想が浮かばないほどに哀れすぎる。見ているこっちが泣きそうになるくらいに哀れすぎる。
「それで、あなたの名前は?」
「……死神」
「死神だと!?」
俺の名前を問われたので、誤魔化しの意味も含め、世間に知れ渡っている名前を告げてみると、面白いくらいの大声を上げたのはマクロンであった。
「お父様、知っているのですか?」
「ああ、最近社交界でも名の知れ渡っている悪い意味で有名な暗殺者だ。金さえ積めば老若男女誰でも殺す。有名な被害者だと、前騎士団長のアゼクも手も足も出ずに殺されたという」
アゼクとは国の誇る偉大な騎士団長で誰からも好かれ、その剣の腕は一太刀で山を両断できるほどの腕前であった、歴代最強の騎士団長だ。あいつの暗殺はワクワクしたが、歳だったのかあまり動きがなかったのだが……
「アゼク……ああ、私のパンチで腰をやってしまった」
「お前か!?」
【悲報】元騎士団長、貴族令嬢のパンチで腰をやる。……て、何を考えているんだ、俺は。いや、それにしてもあの不完全燃焼感の原因がこいつであったとは……まあ、こいつのパンチはかの有名なゴリラに匹敵するものだろう。
「それで……俺をどうするつもりなんだ? このままはい放逐というわけではないだろう」
「そうd「あなた?」……なんでもありません」
「滅多にないルミエルが私たちに何かをお願いしたそうにしているのに」
「ううむ、そう言われるとなぁ」
せっかく、正論を言ったのに封じられてしまった。哀れだな、マクロン。
「死神さん、あなた執事に興味ありませんか」
「……は?」
頭の中が急に空っぽになった感覚が俺のことを襲った。こいつは何を言っている? いや、まだ俺を執事にするとは言っていない。興味があるかどうか聞いているだけ、そうだ、興味はないと言ってしまえばそれで終わるはずだろう。頼む、そうであってくれ。
「興味はない」
「そうですか、それではあなたはこれから私の執事になってください」
「………………………なんて?」
「あなたはこれから私の専属執事です。異論は認めません」
頭がおかしい。なにか必要な段階を何十段階くらい駆け上がって話が進んでしまった。再度頭が空っぽになってしまった。意味がわからん。話が進んだことは100歩譲って認めたとしても、ただの犯罪者と言っても過言ではない俺を執事とするなんて、道楽がすぎる。
「断る」
「あなたの選択肢はありませんよ。断ればあなたを再び倒し、詰所行きです」
「できるとも?」
「あなたは私には敵いませんよ。昨日で分かりませんでしたか?」
そんなことを言われても、こちらとしてもプライドがある。舐めた口をきいているこの女に一泡吹かせようと全力の殺気を叩きつける。他の人物には非常に息苦しいだろう。そこに居合わせたルミエル以外の人物は冷や汗をかいて小刻みに震えていた。しかし、漏れ出た分でも他者を圧迫する殺気を受けてなおルミエルは非常に涼しげな顔を保った。
「では、服を用意してあるので連れていってもらいましょう、ルーナ」
「かしこまりました、ルミエル様」
「はあ、仕方ないか」
俺が脱走しないようにかルミエルは俺にぴたりとくっついて時たま脱走しようとすれば腕をがっしり掴んで離さない。そうこうしているうちに服の用意されている部屋まで来てしまった。
「死神さんは可愛い顔していますからきっと似合いますよ」
「本当に、伝説の暗殺者とやらがこんなに可愛らしい顔してるなんて思いもしませんでした」
「はあ、それで俺は何をすればいいんだ」
ルミエルと従者の女が軽話をしているうちにとっとと着替えた俺はこんなことさっさと終わらせたい気分一杯一杯でため息をついていた。
「あなたは基本私についてくればいいです。執事として何かをするというのは……基本的にルーナと一緒に手伝いをしてもらいますね」
「なるほどね、まあ「ああ、それと」あ?」
「あなたには私と一緒の部屋で寝てもらいます」
「…………………………何言ってんのお前」「ルミエル様!?」
流石にこればっかりはダメすぎるだろ。嫁入り前の貴族令嬢と一緒の部屋で寝るなんて、やはり、こいつ……
「頭おかしいだろ」
「そんな褒め言葉言わないでください、ふふっ♪」
流石にいってることがヤバすぎる。
「あんたも反対しないのか?」
「心情としては反対ですが、お嬢様がそうしたいとおっしゃるならそうするのが私の役目なので」
やっぱりこいつも頭おかしい。どうせ、俺の脱走を防ぐためなんだろうが、一度脱出したかったのは準備をして再度暗殺を仕掛けるためだ。このままでは終わらせられるわけがない。
「お前の暗殺を止めることはないからな」
「それで結構ですよ。脱走さえしなければ」
「しねえよ、お前を殺すまでな」
「……それは安心です」
やっぱりこいつは気に食わない。俺じゃあ、お前を殺せないみたいな態度を取るこいつがむかついて仕方ない。ルミエルのマイペースっぷりにイラつきながらも俺は部屋から出ようとした。
「あなたは私と一緒に行動する、でしたよね?」
「そーですね、ルミエルお嬢様」
まったく、最悪すぎる。
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