23(終)
黒板にカッカッ、とチョークが擦れる音が響いている。
忙しかった週末を抜け、体も休まり切らないまま授業を受けていた。
ふと獅子尾の席の方を見ると、いつもの様子でぐったりとしていた。
俺もそれに倣って、ぐてっとしてみる。
「……おい、来栖。ちゃんと授業受ける気あんのか?」
ピシリと先生の声が突き刺さった。
……どうして俺だけ?
そんなこんなで、いつもの高校生活。
ずっと変わらなかった日常。
……でも。
そんな日々が、今日からは少し変わったと言えるかもしれない。
昼食の時間。
俺は教室の中心で取り囲まれていた。
ただ弁当を開けただけなのに「うおお〜!」と、歓声が上がる
「お、大袈裟だって……」
昨日の盛況もあり、俺の料理の腕はクラス中に広まっていた。
自慢の煮物もようやく皆にお披露目だ。
「へぇ〜、和食もいけるんだな」
「ま、まぁな」
慣れない空気感に気圧される。
「な? 放課後また買ってってもいいか?」
誰かがそう言い出したかと思えば——。
次々に「俺はメンチカツな」「唐揚げも頼む!」と調子づいていった。
「わかったわかった。今日はやる予定なかったけど……特別に、な?」
景気のいい声がまた上がった。
そんなを盛り上がりを尻目に、早乙女は俺の肩をガシッと組んだ。
「それはさておきだな、来栖。……で、どうなんだ、ももとは?」
——ゴホッ!
と、思わず食べていた煮物をむせた。
流れのままに「おおぉ〜?」と、また歓声が上がる。
俺は半分呆れながら答えた。
「……いや、だからそんなんじゃないって。……な?」
急に話が振られる形になった獅子尾。
きっと焦るはずだ。
「……ん。う、うん……」
しかし、その顔はなんだか赤みを帯びているようにも見えた。
「来栖くん、これ運んでくれる?」
「よいっしょ、……っと。……ふぅ、こんなもんかな」
放課後。
今日も開店の準備をする。
「シャッター開けてくるね」
「りょーかい」
元々は休業日にしようと獅子尾と話していたが……。
その場の流れで今日も営業することになってしまった。
「下手なこと言うもんじゃなかったな……」
いつもの流れで部屋の電気をつける。
これから準備に取り掛かろう、とその時。
背後に誰か人の気配がした。
獅子尾が来たかと思い、振り返ろうとする。
……その前に、俺の肩にポンと手が置かれた。
「あの……」
……!?
聞き覚えのない声。
俺は意を決してそのまま振り返った。
そこに立っていたのは、見慣れない女性の姿だった。
「——ヒイィ!!」
俺らしからぬ甲高い悲鳴をあげた。
「……誰、ですか?」
幽霊ではないのか、声ははっきりと聞こえる。
「え、え、ちょっと……」
女性は構わずに店の中に入ってくる。
それに合わせて俺も後ずさりしていくしかない。
……さすがにマズいか。
まさか、こんなところで、し——。
「——お母さん!」
その声は、今度こそ本当に来た獅子尾だった。
そして謎の女性も獅子尾の呼びかけに答える。
「……! もも!」
……へ?
二人は困惑する俺を差し置いて、ひたすらに抱き合った。
「もう退院したなら連絡してよ」
獅子尾は安心したような明るい声色で言った。
「驚かせよっかなって……! ……そう思ってたんだけど、どういうこと?」
女性は抱き合ったまま俺の方に視線を向けた。
獅子尾がそれに慌てて補足する。
「来栖くん。……ええと、私のお母さん」
ようやく俺はこの状況を理解した。
が、あまりの情報量に頭は半分ついていけてなかった。
……とりあえずは一安心だ。
「あ、すみません。俺、じゃなくてボク、獅子尾さんのクラスメイトの来栖玲央です」
ただの自己紹介だったはずが、獅子尾のお母さんは目を丸くしていた。
「……え、もも……お母さんがいない間に、もしかして……」
……やっぱりそう見えるのか?
「ちょ、お母さん!? そ、そうじゃなくて……」
獅子尾が焦ってカバーするが、余計にそう見えてしまうような気もした。
割って俺が訂正する。
「実はお店を手伝わせてもらってて」
「ふぅん……」
獅子尾のお母さんはまじまじと俺を見た。
「……もも、雇用契約書は?」
「——え」
呆気に取られたような獅子尾。
いや、俺も失念していた。
「はあ……、もう。勝手にやるのはいいとして、こういうのはちゃんと大人を通すのよ」
「ごめんなさい」
すっかり獅子尾はしおれていた。
「すみません。俺もそういうのすっぽ抜けて、調子乗っちゃって——」
バツが悪くなった俺に、獅子尾のお母さんは食い気味に聞いてきた。
「——で、働きたいの? ウチで」
……!
「……はい! もちろん!」
答えを聞いて、獅子尾のお母さんは俺に手を伸ばしてくれた。
「そう、じゃこれからよろしくね」
恐る恐る伸ばし返した手は強く握られた。
——またここから始まる、小さな精肉店の物語。
「改めてよろしくね、来栖くん」
「……ああ」
〈終〉
ステレオンハート とねふみや @tOnE_fUmIyA
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