やだな

白川津 中々

◾️

また約束を破られた。


無駄になった美術館のチケットがテーブルの上で私を馬鹿にしているようだ。「印象派展行きたい」と言ったくせに自分じゃ絶対に買わないから私が用意して、食べたいと言っていた海鮮料理のお店だって予約したのに、「ごめんね」の一言で終わり。チケットの返金期間はとっくに過ぎているし、お店にキャンセルの電話をするのもいたたまれない。なにより、楽しみにしていた私が馬鹿みたいだ。一緒に出かけて、会話をして、買い物をして、そんな小さな幸せな時間をずっとずっと、ずっと待ち望んでいたのに、蓋を開けてみたら全部なし。振り回されて、部屋にいる。

サトミは昔からそうだ。気分屋でマイペース。人の気なんか知りもしないで、全部自分中心。いつだかの夏、動物に行ったら「暑いから帰る」なんて言って、一人で本当に帰ってしまった事があった。


もう無理だな。


サトミのことを考えると感情が押し潰され、涙が出てきた。愛しているのに愛が返ってこない虚しさ。私のことを見てくれない寂しさ。一緒にいられない心細さ。どれも一人では、処理できない。彼女が原因なのに、彼女を求めてしまう自分が度し難く、救いがたく、愚かに思える。昔、男に泣かされていたところ、そっと抱きしめてくれた彼女はどこへいったのだろう。「私だったらそんな想いさせない」と約束してくれたのに。


衝動的にチケットを握り締めると、いとも容易く掌の中で潰れて歪なくびれができあがった。紙と紙が擦れる音、圧されていく音が、部屋に響く。それは、私と彼女との間にある関係が崩れていくような、そんな音だった。


「もう、やだな」


口から落ちた言葉が、重かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やだな 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ