「きみは幸せでしたか?」

サトウ・レン

「Yes or No」

 ある時ふと、140字の短い小説を書こう、と思い立った。



 一話目「またね、大好き」


 いつも一緒の帰り道だった幼馴染がいる。最初はそれほど意識していたわけではない。初めて意識したのは、クラスメートにからかわれた時だ、と思う。思春期に差しかかる境目の時期だったのだ。僕は彼女を避けるようになった。彼女に怒られた。「これからも、ずっと一緒に帰りなさい。じゃあ、またね!」



 二話目「好きな人の好きな人」


 中学生の時、幼馴染から、「好きな人の好きな人」の話をされた。学年で一番可愛いと言われている女の子のことだ。確かに可愛いとは思うけれど、僕はちょっと苦手だ。怖い印象がある。でもそもそも幼馴染の彼女の『好きな人』は誰なのだろう。そっちのほうが気になった。聞くと、「鈍感!」と怒られた。



 三話目「友達以上恋人未満」


 ちいさい頃からの幼馴染ということで、僕たちはよく恋人同士だと勘違いされる。クラスの友人から、「付き合っているの」と聞かれた。「いや付き合ってない」と返すと、「嘘だろ」と笑われた。そのまま押し問答になった。「じゃあ俺が告白してもいいのか」と言われた。駄目だ、と返していた。無意識に。



 四話目「元カレ」


 幼馴染とは、別々の大学だった。二十歳になったばかりの頃、久し振りに地元に帰って、彼女とふたりで飲んだ。「最近、人間関係のトラブルで色々あって、ね」と彼女の声は沈んでいた。詳しく聞くと、元カレに付きまとわれて困っているらしい。知らなかった。そうか、彼氏いたのか。まぁ、そりゃそうか。



 五話目「狂愛」


 元カレからのストーカー行為が悪化しているらしい。幼馴染の彼氏の振りをすることになった。彼と直接対峙した際、強く説教をした。そこには僕ではなく彼が選ばれた、という複雑な感情も混じっていたかもしれない。それが彼を刺激したのか、僕と一緒にいた時、彼女が襲われた。守ろうとして、刺された。



 六話目「一夜の過ち」


 幼馴染と付き合いはじめた頃、一度だけ浮気したことがある。続く遠距離恋愛に、心が人肌を求めていたのかもしれない。相手は大学で同じサークルの女性だった。一夜を共にした後、その女性が言った。「気付いてないと思うけど、違う女の名前、つぶやいてたよ。それ冷めるから」幼馴染には、隠している。



 七話目「浮気」


 幼馴染と結婚したのは、お互いが二十五歳の時だ。「浮気は絶対に駄目だからね」と彼女が言った時、昔の記憶がよみがえって、どきり、とした。二十七歳の時に、僕たちの間に、娘ができた。妻がほほ笑む。「あなたが心を許していい女性はふたりだけだからね。前のは、一生許さないから」気付いてたのか。



 八話目「きみは幸せでしたか?」


 結局、幼馴染だった妻とは、長い年月を過ごした。お互いの髪は真っ白になってしまっている。もうすぐ、お別れの時が近付いている。僕は今までにあった色んなことを思い出していた。「きみは幸せでしたか?」と聞いてみる。病室のベッドから、妻が僕を見上げて、「うん。またね。大好き」とほほ笑んだ。



 僕は八つの140字小説を書き終えて、SNSに投稿した。


「本当に嘘つきだね」

 僕の小説を読んだのだろう。


「まぁ小説だからね。ちなみに、きみに聞いてもいいかな。せっかくだから」

「何?」

「小説と同じ問い。『きみは幸せでしたか?』」

「いいえ」

「そっか」

「今も幸せです。私は死んでないので。ってか、勝手に殺すな」

 妻が言った。ちいさい頃から知っていて、長く一緒に暮らしている妻は小説とは違って、今も元気なままだ。

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「きみは幸せでしたか?」 サトウ・レン @ryose

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