こたつのなかのゆうれい
どうして、人は夢を見るのでしょうか。
私は、昨日夢を見ました。私は、冷たい亡骸を抱えていました。その亡骸は、人でした。顔はもやのかかったようで、誰か分かりませんでした。
私は、名前を呼んでいるようでした。それでも、誰の名前を呼んでいたのか、分かりませんでした。分かったことは、私の頬に、涙が伝っていたことくらいでした。
同じ夢を、これまでも何度も見ました。
夢を見る度に、分かることが増えていきました。
昨日は、場所でした。私が子どもの頃住んでいた、家の近くの交差点でした。緑色の自転車屋の看板は、もうすっかり削れて、お店のシャッターは閉まっていました。
私は、眠ることが怖い。徐々に明瞭になっていく夢が、いつか現実となるのではないかと。
これはカウントダウンなのです。
分からないことが、ただ一つになったとき。
私は、いつか、私の前で、私の大事な人を失う。
そして、そのひとは、きっと。
「だいじょうぶだよ」
あたたかいとも冷たいとも言えない手が、私の頬を撫でました。
「だって、ぼくはもう、死ぬことは出来ないからね。そうでしょう?」
目の前の彼は、いわゆる、ゆうれいでした。子どもの頃、近所に住んでいた男の子らしいのですが、私は覚えていません。それでも、彼は私のそばで、よくふらふらとしています。
温もりなんて感じないのに、こたつの中にいるのが好きでした。
「どうして、私の大切な人があなただと思うのでしょう」
「だって、きみ、友だちも、こいびともいないじゃない」
「失礼なことを言いますね」
でも、確かに、言う通り。私には友人と呼べる人はいませんし、恋人もいません。夢が現実になるのが怖くて、可能な限り人と関わらない生活を続けていました。
父と母は、既に他界していますから、本当にひとりぼっちでした。
「ひとりじゃないよぉ。ぼくがいるでしょう?」
「そう……ですね」
けれど、それが、一体なんの慰めになるというのでしょう。
あなたがいつまでも隣にいるなんて、どうして断言できるでしょう。
「うーん……そうだねぇ。少なくとも」
「なんでしょう」
「きみが、失うことを恐れなくなるまでは、ぼくはとなりにいるよ」
「そんな日は、訪れるでしょうか」
「わからない。ぼくに言えるのは、きみが怖い思いをすることは、ないよってことだけだよ」
そんなことを言われたって。私は、怖くて仕方がない。
もう、大切な人を失いたくないのです。まだ死すべきではない時に、死にゆく人を見つめたくはないのです。
「だいじょうぶ。もし、カウントダウンがゼロを告げて、だれかを失うとしても」
彼は目を伏せて、ううん、なんでもない、と続けました。
「ほら、くらい顔しないで。幸せが逃げちゃう」
「幸せなんて」
元から、あってないようなものでしょう。
「ぼくがいるでしょう?それに、ほら。こたつに、みかん。幸せの象徴じゃない」
ね? と、彼は微笑みました。みかんを渡そうとしてくれましたが、手はみかんをすり抜けました。
ああ、あなたは、分かっていない。たとえ、人を失わなかったとして。あなたを失ったら、なんの意味もないのです。
あの亡骸が、いつのものかもわかりません。
あの亡骸が、だれのものかもわかりません。
私はその答えを、得たくないのです。
その方が、私の知っている人でも。
その方が、私の知らない人でも。
いいえ。きっと私は、もう答えを得ている。
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