第2話「スズリとの出会い」
案内切符とやらを手にした俺は、どうすればいいのか分からなかった。
これがあればインクトリアに行ける……とかなんとか。少年の言っていることが本当であれば、だが。
(……そっか、俺は、死んだのか……)
今になってこの現実を受け入れようとしていた。まぁ生きていてもそんなに面白くなかった人生だ、終わったとしてもいい。そう心を入れ替えていた。ちょっと淡泊すぎるだろうか。
(これがあるとインクトリアに連れて行ってもらえるとか……異世界? そんなのは小説や漫画の世界じゃなかったのか)
手にしている案内切符は、普通の電車の切符のような形をしていた。何か文字が書いてあるが読めない。何語なんだろうなと思いながら、俺はとりあえず宮殿を出ることにした。するとそこには――
「……あ、あれ?」
思わず声が出てしまった。宮殿の外にあったのは白く光る大きな……蒸気機関車? いや、こっちにそんなものがあるのか知らないが。ん? 機関車の前に誰かいる。
「……案内切符は、ありますか」
ぼそぼそと、機関車の前にいた人が言った。背は175センチの俺よりも大きく、身体つきもがっしりとしていた。顔の半分が服の襟で隠れているため、表情はよく分からない。
「あ、ああ、これですか」
俺は案内切符をその人に渡した。男の人なのかな……と思っていると、
「……インクトリアですね、少しお待ちを」
と、その人は言った。その後案内切符を持ってブツブツと何かを言っている。言葉がよく分からず何を言っているのかは理解できなかった。
「……これに乗れば、インクトリアに行けます。ご武運を」
ま、まぁ、ここまで来たら乗らない選択肢はない。乗ったのはいいが白い光がまぶしい。目を細めていると、蒸気機関車らしきものが音を立てて動き始め――
* * *
「……ん?」
まぶしくて閉じていた目を開けると、そこには木や草があった。緑色が綺麗だ。蒸気機関車はどこにも見当たらない。
ここはどこなのだろうか。もしかしてここが少年やあの人が言っていたインクトリアという場所なのだろうか。俺は自分の姿を見てみる。手足も普通に動かせるし、格好も黒のジャケットにTシャツにジーンズ姿だ。
手足が動かせるなら……と思って、ちょっと歩いてみるかと思ったそのときだった。
「――あー! 来た来た! ようこそインクトリアへ~」
女性のような甲高い声が聞こえてきた。しかし姿は見えない。あれ? と思ってあたりをキョロキョロと見回していると、
「どこ見てるの? こっちこっち!」
と、視界に何かが入ってきた。これは……小さな女性らしき姿の人が飛んでいる。背中に羽根が生えているようだ。この人は……? いや、人なのか……?
「あ、この姿だからびっくりしてるんだねー、キミのいた世界にはいないもんね! はじめまして、私はスズリといいます!」
小さな女性らしき人……スズリというのか。小さな手を差し出してきたので、俺も右手を出す。指先を持ったスズリという人は、
「どんな人が来るんだろうと思っていたら、けっこう若そうな感じだねぇ。ねえねえ、歳いくつ?」
と、俺に訊いてきた。
「え、あ、20歳になったけど……」
「20歳か~、私はこう見えて78歳なんだよー! 私の方がお姉さんだね!」
ふんふんと鼻息を荒くしたスズリは、ドヤ顔を見せた。
「あ、あの、あなたは……?」
「あれ? アルト様に聞いてない? 私はインクトリアに派遣された案内人だよー! 私もこっちに来るのは久しぶりでねー、ちょっと楽しみなんだ!」
俺の指先を持って、なんだか楽しそうなスズリだった。
「あ、アルト様……?」
「ああ、肩くらいまでの銀髪の、いかにも少年って感じの人! ああ見えてすごく偉い人なんだよー」
あ、ああ、あの少年がアルトというのか。少年にしか見えなかったが、すごく偉い人……よく分からない世界だなと思った俺は冷静なのだろうか。
「あ、そ、そうですか……」
「うんうん、あ、これから先敬語はなしね、普通にタメ口で話そうよ!」
け、敬語とかタメ口とか、色々とツッコミを入れたくなったが、あまり言うと彼女が怒ってしまいそうだったので、やめておくことにした。
「あ、わ、分かった……」
「よし、よくできました! キミはたしか名前が……か、かんざ……」
「あ、名前か、神崎祐聖……」
「ああ、そうそう、でもなんだか長い名前だねぇ、よし、私が名前を決めてあげようではないか!」
スズリがぽんと胸を叩いた。名前を決める……? よく分からないが、何も言わないでいると、
「そうだなぁ……ゆうせいだから、『ユウ』でいいんじゃないかな! うん、私も気に入った!」
と言って、うんうんとうなずいているスズリだった。な、なんかそのまんまだなと思ったが、ここでもツッコミを入れるのはやめておいた。
「あ、ああ、じゃあ、『ユウ』で……」
「飲み込みが早くて助かる~! じゃあユウ、これからよろしくね!」
また俺の指先をちょんと持ったスズリだった。
この日から俺は『ユウ』となった。まだ分からないことはたくさんあるが、とりあえず現実だと思って受け入れなければいけないような気がした。
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