書家の異世界転生 〜チートスキル『墨』で敵のスキルを塗り潰せるなんて聞いてないんだが!?〜
りおん
転生、出会い、そして経験
第1話「とある書家は」
いつの間にか、希望は持てなくなっていた。
幼い頃から書道をやってきた。
幼稚園、小学生、中学生、高校生と、当たり前のように書道が自分の中にあった。周りには学校が変わるタイミングでやめていく人が多かったが、自分はやめることなく続けてきた。
寝食が当たり前であるように、書道が当たり前の人生というのも少し変わっているのかもしれない。
いつしか書家になるのが夢になっていた。
いや、もう半分以上は書家になっていただろう。書を書いて、SNSに投稿したりして、『すごいですね』と声をかけてもらったこともある。
しかし、進んでみた芸術大学での成績もあまりパッとせず、途方に暮れていた。
こんなはずじゃなかった。自分が思い描いた道は、もっと輝かしいものだった。
両親はいない。父は小さい頃にどこかに消えたし、女手一つで育ててくれた母も病気をこじらせて他界した。兄弟もいない。親戚ももう分からない。一人で過ごす時間が多かった。
もうどうにでもなれ……と、心の中では思っていた。
……そんな思いは、なぜか現実になってしまうようで。
「……ん?」
気がついたら知らないところにいた。目の前には……宮殿? 見たことのない立派な建物がある。ここは外国か? いや、外国に旅行なんてしたことがないし、さっきまで自分の家にいたはずだが、記憶が曖昧だった。
とりあえず一歩、前に進んでみる。足は普通のようだ。歩ける。
そのまま吸い込まれるかのように宮殿らしき建物に入っていった。赤い絨毯が敷かれてあって、右手には立派な銅像も見える。これは誰の像だろうか。
不思議な感覚になりながらも、一歩ずつ前に進んでいく。奥に大きな扉があった。自分の背をゆうに超えるその扉はなんだか頑丈そうで、開くのかどうか怪しかったが、戻っても仕方ないし扉に手をかけた。するとゴゴゴゴという音とともに扉が開いた。どうなっているのか分からなかった。
「――あ、やあやあ、来たね!」
扉の向こうにいたのは……少年? 自分よりもっと若いであろう少年らしき人物だった。背も140センチくらいか。銀色の髪が肩まで伸びていた。この人は外国人……? そう思ってもおかしくない風貌をしていた。
「キミがここに来ることは分かっていたんだけど、随分と遅くなったね。まぁそれも仕方ないか」
少年はそう言って手に持っていた本のようなものを開く。あれは何だろうか? そもそもここはどこなのだろうか? 疑問ばかりが湧いてくるが、なかなか訊けなかった。
「……さてさて、キミは
少年が笑顔で言った。日本という国……ああ、ということはここは外国なのか。一つ謎が解けた気がした。
「驚いたよ、部屋にいて意識を失ってそのまま死亡だなんてね! ここに来る人は最近はトラックに轢かれてとか、過労で倒れて……っていうパターンが多かったからさ」
……なんか今、少年はさりげなくすごいことを言った気がする。死亡? 誰が?
「……死亡?」
「うん、キミは死んだんだ。で、ここに肉体と魂がやってきたってわけさ。まぁ理解できない気持ちは分かるよ。最初はみんなそんな感じなんだよ」
……少年の言っていることは分かったのだが、内容はあまり理解できないでいた。
え、死んだの? 部屋で? ああ、もっと人生楽しみたかったな……って、違う違う、本当に? 今こうしてこの場にいるのはどういうことだろうか。
……でも、先ほど少年は肉体と魂がやってきたと言っていた。ということはここは外国ではない? だとするとどこなんだろうか。
「ここはどこ? 私は誰? って顔してるね。ここは天界にある案内所。選ばれた者がやってくる、まぁ神聖な場所って感じかな」
天界にある案内所だと、少年は言った。天の上にもそんな場所があったなんて……って、それで『はいそうですか』と受け入れるのもおかしな話なのかもしれない。
「まだ状況が理解できないだろうけど、キミにはこれからとある場所に行ってもらいたくてね……あれ? 案内切符どこにいったかな」
がさごそと少年は辺りを漁っている。
「……あ、あった。これこれ。これを渡しておくよ。案内切符。これがあれば『インクトリア』まで連れていってもらえるよ」
またよく分からない単語が出てきた。インクトリア? 外国の名にしては聞いたことがないが……そこも天界のなんとかなのだろうか。
「インクトリアというのは、とある異世界……といえば分かるかな。キミにはそこに行ってほしいんだ。詳しいことは現地に案内人がいるからさ、そっちで訊いてくれるかな」
少年が笑顔を見せた。嘘を言っている感じでもない。この不思議な現象を受け入れないと、先に進めない気がした。
「……俺は、どうなる?」
「大丈夫だよ、消えたりはしないから。インクトリアに行けば色々楽しいことが待っていると思うな。ちょっと大変なこともあるかもしれないけど、まぁそれはそれで!」
さらっと笑顔で言う少年だった。
「……じゃあ、キミの活躍を、ボクは見守ることにするよ」
そう言った少年は、なんだか楽しそうだった。
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