破衣ファンタジー
百雲美呪丸◎
Ⅰ章
1話 破衣
「すまない、写生させてくれ」
「射精……!?」
「どうかこのとおり」
自分ではなく弟子の頭を押し下げた。ルーニャは師の手を払いのけ、抗議する・補足する。
「師匠が下げてくださいよっ! あのっ、シャセイっていうのは絵のこと――」
「きゃ〰〰〰〰!」
一〇代後半と
「はぁ……
「言葉足らずなんですよ……。単に『シャセイさせてくれ』なんて、常識・良識を疑いますっ」
「そんなものに囚われているようでは、魔道は極められんな。ひいては人知は超えられんな」
(師匠見てると、人知は超えたらおしまいかなぁ……)
内心そう思った。師弟は再度、道行く女性を眺めだす。
赤茶けたレンガの街並み、開放的な大通り。様々な露店が
ここは帝国中南部のミラジャヒ市。
「すまない、写生させてくれ」
ベケッラはまたも単刀直入に声をかけた。二〇代後半といったところの
「絵ですっ! お姉さんを描かせてくださいってことですっ!」
弟子がすかさず言を足す・念を押す。美女は不審がらず面白がった。どうやら娼婦らしい。
「あらあら、変わった方ね、気に入ったわ。タダでいいわよ……〝射精〟させてあ、げ、る」
「恩に着る。なかなか〝写生〟させてくれなくてな。タダとはいくまい、無論、金は払おう」
「ダメですっ、シャセイ違いですっ、さようならっ!」
右腕を組まれて連れて行かれそうな師を引っぱり、露店の裏手、路地裏へ急ぎ駆け込んだ。
「写生違いとはなんなんだ……せっかくの写生の機会が……。私に写生させないつもりか?」
「シャ、シャセイシャセイ言わないでくださいっ! わたしだってお、女の子ですからねっ!」
顔を赤らめ子犬のようにきゃんきゃん叫ぶ。ルーニャ、一七歳、女子・弟子、見習い魔道師。黄色い瞳の大きい、丸い・幼い顔立ち。体は非常に・過剰に肉づきがいい。とくに胸・
かれこれ二年、ベケッラに師事している。
「わかったわかった、すまなかったな。ルーニャよ、今一度付き合え・付き添え。師匠命令だ」
弟子が肩を落としたときだった。さっきと反対の大通りで大声がした。盗人よ〰〰〰〰!
「盗人――女やもしれんな! 行こう・
喜び勇んで浮遊して、屋根と屋根の狭間を抜けた。騒ぎになっている通りを高所から見渡す。なりふり構わず走っているのがそうだろう。人に・店にぶつかりつつ、北東門を目指している。追っ手がいないか後ろを振り返ったときに顔が見えた。髪はかなり短い・汚いが、おそらく女。
浮遊できないルーニャを残して彼は
「門番殿、念のため閉門を勧める」
正方形の右上の点、北東門に先回り。一般に帝国式城塞都市の出入り口は四隅だ・四点だ。二人の門番は面食らい、顔も閉門も見合わせた。
「ベケッラ。
そんな言葉も分野もこの世にない。二二歳、魔道師。しかし本人は決まって画業を言い張る。蒼みがかった黒髪は肩まで長く、同じく
待つことしばし、
「どけ! ぶっ殺すぞ!」
門番よりも手前、道の真ん中に立つベケッラに言い放つ。片手に短剣を持って駆けてくる。口ぶりも身なりも悪いが女だ。もう片手には
「
必殺ならぬ
盗人は片腕で目を覆った。
「けっ、なんともねーじゃねーか! って……へ? いやああああああ〰〰〰〰〰〰〰〰!」
途端に黄色く・甲高く絶叫する。人の心をなくし罪を犯せども、女の心はなくなっていない。女の心、そう、
「ククハハハ! なかなかどうして良い
ベケッラは歓喜する・称賛する。じろじろ眺めて被写体を目に・頭に入れる。写生のために。
「師匠……置いてかないで……ください……。あ……やっぱり……ひん
遅れて・疲れて弟子が来た。盗人は兵士に引き渡し、一件落着。二人は森の住まいへ帰った。
なお、林檎の盗人は、元シヴァク団の下っ端であった。
◎
(火の球)
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