第4話

 重い。

 何かが俺にのしかかっている。ああ、重い。今にも押しつぶされそうだ。一体何が俺の上にいるというのだろう?いや、これはどちらかと言えば踏みつけにされているような・・・・。

 とにかく、目を開けなければ分からない。深呼吸の後、俺は意を決して開眼した。


「―‼」


 そこに在ったのは真っ白な足。そしてその奥には純白の―。


「レースか。かなり際どい。なかなか攻めているな」


「死ね」


 蹴り飛ばされた。




 気を取り直して。

 俺は今、美少女と向かい合って座っている。俺は正座で、少女はまるで玉座のような、豪奢ごうしゃな椅子に足を組んで座っている。

 死にたくなるほど美しい顔立ちに、鮮血のように真っ赤な瞳。直視するのも憚られるほど輝かしい銀髪。

 身にまとう漆黒のドレスは体のラインを強調しており、妖艶ようえんさを放っている。

 彼女は一体、何者なのだろう?そしてここは、どこなのだろう?どこまでも真っ白で無機質なこの空間は―。


「私は神よ。そしてここは、お前の精神世界―平たく言えば、心の中かしらね。そうでなければ、お前の両腕や眼球があることの説明がつかないでしょう?」


「・・・・なるほどな」


 全然なるほどではない。


「ま、すぐには理解できないでしょうね。でも理解を待つ時間はない。この干渉も『まだ』ほんの僅かしかできないだろうし」


「・・・・俺は、とりあえず生きているんだな」


「ええ。とても幸運なことにね。そしてさらに幸運な提案があるの。式見空也。あなたに両腕を返してあげようと思うんだけど、どうかしら」


「返すって・・・・やっぱりお前が俺が犠牲をささげたやつなんだな」


「そうよ」


 魔法の中でも最高位の第五階梯魔法。それを魔力ゼロの俺が使えるという奇跡を起こせるのは神くらいしかいないと予想はついていたが。それにしても返すとはどういうことだろう。


「警戒してる?でも理由はとても単純よ。お前の体、とても美味しかったわ。何度も繰り返し食べたくなるくらい、病みつきになるくらい。お前はとっても『生贄に向いている』。だから、お前に返す。お前が私に体を捧げれば、私はまたお前を食べられる。永久機関の完成でしょう?」


「超理論すぎて理解できないけど・・・・神様はそれでいいのか?」


「ええ。もちろん。犠牲を捧げる者にいろいろ事情があるのと同じように、捧げられる側にもいろいろ事情があるのよ。私の場合はあくまで娯楽のため。魔法なんていくらでもくれてやるわ。で、お返事は?」


 違和感はぬぐえない。でも相手は神だ。俺なんかが考えもよらないことを企んでいるのかもしれない。それを今看破するのは不可能。であれば、今はパスを切らずに友好的な関係を築いておくべきだろう。それに、両腕が戻ってくるというのはあまりに魅力的な条件すぎる。ずるいくらいに。


「分かった。提案を飲むよ」


「ええ。これからもよろしく。それじゃ、そろそろお別れね。次来るときは、踏まれないように気を付けなさいよ」


 それに関してはノーコメントだ。

 次はできるだけ気づかれないように目を覚ますとしよう。


「ああ、それとこれは純粋な親切心から言うんだけど。お前、随分長い間昏睡しているみたいだから覚悟しておきなさいよ」


「ああ。分かった。意外と優しいんだな」


「別に。ただの気まぐれよ」


「そうか」


 そういう神様は、ほんの少しだけ目を逸らしていたような、そんな気がした。しかしその真偽を問う間もなく、やがてやってきた猛烈な眠気は俺を再び闇へと誘った。

 

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