生贄向きの探索者~魔力ゼロの男、ダンジョン探索者となり世界を救う~

明け方

第1話

 三月初旬。

 俺、式見空也はパソコンの前で硬直していた。


「××年度 ダンジョン探索資格試験 あなたの結果は不合格です」


 画面に表示されていたのは随分となじみがある文面だった。それはそうだ。

 三年連続、三度目の不合格。三回も同じ文章を見ていれば慣れもする。

 大きく一つため息をついて、ゲーミングチェアに思いっきり体を沈める。ギィ、と短く軋んだ音がした。日に焼けて変色した天井が目に映る。俺はそのままの体勢で目を瞑る。


「1、2、3、4・・・・」


 頼む。


「5,6、7、8・・・・」


 頼む。


「9、10‼」


 反動をつけて勢いよく体勢を起こす。しかして画面に表示されていたのは。


「・・・・まごうことなき不合格、か」


 ああ、どうしよう。




 三十年前。世界中に突如として出現した地下迷宮。モンスターや財宝が潜むそれらを俺たちはダンジョンと呼んでいる。その合計数は数千にも上るとされ、現在もその数は増え続けている。ダンジョンがなぜ出現したのか、その意義とは、正体とは何なのか。多くの俗説はありながらも、未だ公式の発表は無い。

 そしてその正体不明のダンジョンを踏破しようとする者たちこそが、探索者である。蔓延るモンスターを倒し、財宝を収集する。ひいてはダンジョンの正体を明かす。魅力的だが、それでいて命の危険と未知への恐怖が伴う職である。

 ゆえに、探索者として正式に認められるには〈協会〉が主催する資格試験を突破しなければならないのだ。

 試験内容は筆記試験と実技試験。

 俺の敗因はいつも決まって後者だ。理由は明快。俺は魔力を使えないからだ。

 探索者はダンジョン内に満ちている魔力を取り込むことが出来る。そしてそれを術式に流し込んで魔法を発動し、モンスターと戦う。モンスターに対して近代兵器は効果が薄い。魔法が使えなければ基本的に戦う方法は無い。戦う方法がなければダンジョンには入れない。

 詰んでいる。

 努力はした。参考書を読み漁り、迷信めいた方法まで試した。しかしダメだった。三年たっても一向に兆しは見えない。俺は魔力を使えない。魔法を使えない。

 だからある意味で結果は分かっていたのだ。諦めはついていたはずなのだ。しかしいざ目の前に突き付けられると。やはりこれは、キツい。


「あ~~~」


 部屋にいたら多分俺は死んでしまう。現実逃避が必要だ。


「散歩しよ・・・・」




 築三十年のボロアパートを出た俺を、容赦なく突風が襲う。

 もう三月だというのに、外の空気はまだ少し肌寒い。

 ジャージのポケットに手を突っ込んで無心で歩く。特に目的地は決めていない。とりあえずはこの閑静な住宅街を抜けて駅前にでも―いや、待て。なんだこの感じ。


 住宅街はとても閑静とは言えない―どちらかと言えば喧騒に包まれていた。狭い車道には車がびっしりと並び、歩道には普段からは百は下らないであろう、普段では考えられない数の通行人が足を止めて何やら話し込んでいる。いぶかしく思いながらも人混みをかき分けて進む。

 飛び交う言葉の断片。それらを頭の中で組み立てていく。

 それが完成に近づくにつれて、歩くスピードは上がっていく。

 人混みを抜け、駅前の広場に着いたところで、情報は完成した。曰く。


「駅前にダンジョンが出現した」そして「女子高生が一人出現に巻き込まれた」らしい。


 俺が行ってもどうにもならないことは分かっている。何もできないことは分かっている。

 それでも俺は、たぶん行かなくてはならないのだ。



 小学六年生の時だった。その日俺はたまたま寝坊して、起きた時にはすでに両親は出勤した後だった。なぜ起こしてくれなかったのか。帰ってきたら文句を言ってやろうと思った。しかしそれは叶わなかった。

 都心で起きた大規模なダンジョン発生。多くの人が巻き込まれ、行方不明になったその事件に、二人は巻き込まれていたのだ。残されたものはぐしゃぐしゃにへしゃげた車だけ。俺はどうしようもなく無力だった。

 探索者を目指したのは二人を見つけ出したいからではない。ダンジョンに巻き込まれた一般人がどのような末路を辿るのかは火を見るより明らかだ。もうとっくの昔にそんな夢物語は諦めている。でも、俺と同じような惨めな思いをする人が増えるのは、無力を感じる人が増えるのは、もうごめんだ。




 やっとの思いで人混みの最前列に辿り着く。

 必死に避難誘導をする駅員や警察官。その奥にあったのは、世界を割る、歪み。今にも吸い込まれそうに真っ黒な空洞。

 ダンジョンだった。


「ちょっと君、早く離れて!危険だから」


 壮年の警察官がそう言って俺の肩を掴む。俺はその警官の手を掴み返して聞く。


「協会支部からの救援はまだなんですか」


「え?ああ。なにせここは一度もダンジョンが発生したことがない。最寄りの支部からだと、あと一時間はかかるそうだ」


「っつ」


 支部とは、各地区のダンジョンの管理や担当の探索者のサポートを行う補助機関。こうした不測の事態に対応するのは彼らなのだが。探索者の数にも限りがある。全国全市町村に置くのは不可能だ。特にこの地域は彼が言うように三十年間一度もダンジョンが発生していない地域。設置が優先されないのは当然といえる。しかし、それが仇となった。

 一時間。あと一時間。一般人がダンジョン内で生き残るにはあまりに厳しい時間だ。


「―間に合わない」


 俺は警官の手を振り払い、駆け出した。

 バリケードテープを飛び越える。制止の声が聞こえる。

 止まらない。俺は、飛んだ。


「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 不快な浮遊感と共に視界は暗転した。 

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