多分、私の初恋だった

三毛猫

第1話

 パキン、と鞄の中から音がした。何が壊れたのかと焦って確認するとお守りとして持ち歩いていた小さな水晶が割れていた。

「そんなぁ…大事にしてたのに」

 小さな巾着袋から出てきたのは半分に割れたビー玉位の水晶。光に当てるとクラックというひび割れに虹色が見えて綺麗だった。

 これは幼稚園の頃、仲良しだったユウ君が引っ越して遠くに行くと聞き、泣く私にユウ君が元気になるお守りだよ、と渡してくれた物だった。

 それから12年。私は高校生になった。

「なんかショックだな…」

「もしかしたら沙耶を何かから守って割れたかもね。身代わりみたいに」

 横に座ってお守りを見ていた広美が話し出した。

「パワーストーンは役目を終えると色が変わったり割れたりするって。だから、今までありがとうの気持ちを込めて土に還すんだよ」

 広美は神秘的なものが大好きでパワーストーンもコレクションしているそうだ。そんな広美に言われて、長年私を守ってくれたお守りに感謝したい気持ちになった。


 日曜日。私は小さな園芸用シャベルを持って近所の神社に来ていた。広美が言うには、石と思い出がある場所がいいらしい。ここは私の家とユウ君の家だった場所の中間にあって、よく遊んだ記憶がある。私は境内裏の端にあまり手入れされていない場所を見つけ、そこに水晶を埋めた。

「今までありがとうございました」

 私は水晶にお礼を言ってその場を後にした。

 いつも持っていたお守りが無いというだけで、何となく落ち着かない。だけどあの水晶以外を代わりに持つというのも違う気がした。そして、やたらとユウ君の事を思い出す。

 ユウ君は親の仕事先だったイギリスで生まれ、三歳の時に日本に来た。その時に同じ幼稚園に入り仲良くなった。しかし、小学校入学前にまた親の転勤が決まり何処かに引っ越してしまった。たったそれだけの記憶しか無いのに何故か忘れられない。多分、私の初恋だった。


 水晶を埋めてから三週間が過ぎようとする頃。

何故か気になって神社に見に行った。

「…え、ナニコレ。芽?いやいや埋めたのは石だったよ。別の植物だよね?」

 水晶を埋めたその場所に明らかに新しい芽がちょこんとあった。それは多肉植物のようなツルンとした物。雑草の中に一種異様なものがある。

「ちょっとだけ、様子見ておこうかな……」

 気にはなったが、学校帰りで掘り起こす道具もない。その日は諦めて帰宅した。

 週末になり神社に行った。件の植物は変わらず雑草の中にあった。

 持ってきたシャベルで掘り起こす。ビニール袋に入れ、急いで家に戻り庭で鉢に入れるために準備をした。

「まずは、余分な土を優しく取り除く…水で流す…」

 園芸サイトを見ながら土を取り除いていくと球根のような部分があった。水で洗ってよく見ると紛れもなく私の埋めた水晶だった。

「植物だったの?水晶じゃない?」

 ネットで検索してもそれらしい種は見付からない。謎植物は私の部屋の窓辺に置く事にした。

「君は一体誰なの?ユウ君は知ってたのかな」

 夜、月の光に照らされてキラキラしていた。綺麗だなぁと見ているうちに眠気に目を擦った。

「さっちゃん。起きて、さっちゃん」

 声がした気がしてハッとした。いつの間にか寝てたのか。周りを見回すと、窓辺の謎植物が発光していた。

「ぎゃっ、な、何?光ってる…まだ夢見てる?」

「さっちゃん!よかった会えた!ボクだよ、ユウタ。わかる?」

 発光している中にホログラムのような映像が見えた。ボンヤリ見える人影が段々はっきりと輪郭をとる。そして、そこから聞こえてくる懐かしい声。

「ユウ君?ユウ君だ!成長してない…え、幽霊?」

 見えた人影は幼い日の姿そのままのユウ君だった。

「幽霊じゃないよ!妖精!ボク妖精だよ!」

「なんで妖精…」

 確かに人形のように可愛かった覚えはあるけど!

「あ、夢か。この間からユウ君の事思い出してたから…」

「夢じゃないってば!さっちゃんはチェンジリングって知ってる?ボク妖精の取り替えっ子だったんだよ」

 ユウ君曰く、生まれて間もなく妖精のいたずらで人間の子と交換されたそうだ。引っ越し後、またイギリスに行った時に妖精達に絡まれたらしい。なんて物騒な。

「仲間が教えてくれたんだ。妖精は生まれてくる時に妖精の種を持っているんだって。なのになんで持ってないのって。大事なものだから探さなきゃって」

 それがないと妖精は次代が生まれない。そして自分自身も進化出来ない。

「私にくれたお守りが妖精の種だったわけね」

「そう!ボクの種が発芽したからこうやってつながることができたんだ。さっちゃんありがとう。大事にしてくれて。それでね、さっちゃんお願いがあるんだ」

「何?」

「この発芽した種を妖精の国で育てたいんだ。人の側だと上手く育たないらしいし。一度あげた物だけど返してほしいんだ」

 ごめん、と気まずそうな顔をして俯き前髪を触っている。記憶の中にある優しくってかわいいユウ君だ。ケンカすると前髪を触って俯きながら謝ってきてくれた。ああ、本当にユウ君だ。

「持っていっていいよ。ここにあっても育たないんじゃ可哀想だしね」

「ありがとう!さっちゃん。これの代わりにボクが作った押し花あげる!はい」

 光の中からヒラリとぺたんこの青い花が出てきた。見たことの無い花だ。

「じゃあ、ボクの種もらって行くね」

「ユウ君、また会える?」

「いつかね。さっちゃん大好き!」

 そう言って光が消えた。窓辺にあった植木鉢とともに。

 薄暗い部屋の中、手には青い花の押し花がある。なんとなく、これを持っていたらまたユウ君に会える気がした。

「ユウ君。またね、大好きだよ」





 

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