星未と夏夜のバレンタイン作戦

大田康湖

星未と夏夜のバレンタイン作戦

 2月11日、建国記念の日。私、野口のぐち星未ほしみは、大学合格記念のランチ会をしようと、昔バイトをしていた駅前のファミレスに来ていた。私の向かいには、元ファミレスバイト仲間の奈良田ならたかんと、完の高校の友人、元村もとむらだんがいる。私たちは去年の冬から一年間、予備校で一緒に勉強していたのだ。

 私は右隣にいる高校のクラスメイト、松永まつなが夏夜なつよに視線を送った。夏夜は笑顔で自分のバッグを叩く。今日は私たちにとって特別な日になるかもしれないのだ。


「それじゃ、みんなのセンター試験合格を祝って、乾杯!」

 夏夜がジンジャーエールの入ったグラスを掲げて音頭を取る。私はグレープジュース、奈良田はコーラ、元村はアイスティーのグラスで乾杯した。

「ごめん。星未と一緒の大学に行こうって行ってたのに、暖と一緒に銀星ぎんせい大学を受けちゃって」

 夏夜が改めて頭を下げる。夏夜は中学時代のクラスメイトだった元村と予備校で自習する間にすっかり仲良くなり、銀星大学の合格が決まった後に晴れて告白したのだ。

「夏夜はよく頑張ったよ。これからは俺が夏夜の隣にいられるよう頑張らないと」

 元村は口元のほくろをなでながら答えた。

「それにしても、私が働いてた頃とはすっかり変わっちゃったな」

 私は配膳ロボットが行き交う店内を見ながら言った。奈良田がうなずく。

「注文もタブレットにお任せだし、バイトの店員も減ったよな」

「星未と奈良田は陽光原ようこうばら大学の寮に入るんだよね。いつ引っ越すの?」

 夏夜がジンジャーエールを一口飲むと尋ねた。

「私は3月後半かな。お父さんの車で荷物も運ばなきゃいけないし」

「俺は兄貴がバンを出してくれるから、暖に部屋の片付けと荷造りを手伝ってもらうことにしたんだ」

 奈良田が元村を見ながら言う。

「だから今日のランチ代はこいつのおごりって訳」

 元村は奈良田を小突いた。


「それでさ、こうやって四人一緒にランチできるのも当分お預けだろうし、今日は星未と一緒にプレゼントを選んできたんだ」

 夏夜が私に目配せすると、元村と奈良田の表情が変わった。私はバッグからラッピングされた紙包みを取り出すと、奈良田の前に置いた。

「3日早いけど、バレンタインのチョコレート。これからもよろしく」

 夏夜も元村の前に紙包みを差し出す。

「あたしも、元村には勉強でずいぶん世話になったから、お礼だよ」

「お、おう。開けてもいいか」

 奈良田は待ちきれないというように包みに手をかける。私はわざとそっけなく答えた。

「いいよ」

 奈良田と元村は包みを開いた。中にはチョコレートの詰め合わせと、布製のペンケースが入っている。元村が嬉しそうに言う。

「やっぱりか。期待して良かった」

「ありがとう。後でゆっくり食べるよ」

 奈良田はペンケースを取り上げると、ジッパーを開けた。中には青いボールペンと、小さなメモ帳が入っている。

「ちょっと見せてくれよ」

 元村が奈良田の手からメモ帳を取り上げると、表紙をめくった。

「あれ、なんか書いてあるぞ」

「どれどれ」

 奈良田は元村のメモ帳をのぞき込む。私はジュースを一口飲むと、奈良田の反応を身構えた。隣の夏夜もそわそわしている。

 元村はメモ帳を私に見せながら、改めて私に呼びかけた。

「あの、俺のこと、『完』って呼んでいいかって、そういうことだよな」

「うん、そういうこと」

 私はうなずく。

「そっか、じゃ俺も、「星未」って呼んでいいか」

 完の言葉を聞きながら、私はこれまでの出来事に思いをはせていた。高校一年の時、このファミレスでバイト仲間として出会ってから2年半、その間に私も店長と付き合って別れたり、色々あった。今度こそ長く付き合いたいと思っていたが、あと一歩踏み出せない私を思って、先に元村と恋人になった夏夜が、今回のバレンタイン作戦を提案してきたのだ。私は星見と声を合わせて応えた。

「もちろん。完と一緒のパーフェクトな人生を目指して、これからも一緒に走っていくよ」

「あたしも、ほくろが可愛いくてあったかい暖と、これからも楽しく過ごしたいな」

 これから始まる私たちの大学生活は、きっと楽しいものになる。そう私と夏夜は確信していた。

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