魔法少女は過労です!!
電記プラス
理不尽な現実
魔法少女はもう限界!!
「そこまでよっ! ノクターン・ノワール!」
夕暮れの商店街。いくつもの看板が立ち並ぶ通りは、薄紅色の空気に包まれていた。夕日に染まるビルの壁面や街灯が、不穏な影を落としている。そんな中、宙を舞うように対峙する二人の少女の姿があった。
「ふふ、ルミナス・ホワイト。 なかなかやるじゃない!」
漆黒のコスチュームをまとった少女――通称ノクターン・ノワールは、嫌味っぽく微笑む。その口ぶりはどこか大人びていて、まるでこちらを見下すような雰囲気を漂わせていた。私と同年代のはずなのに、瞳には薄闇が踊り、不気味な輝きを宿している。
私は唇をきゅっと結びながら、胸に抱くステッキを握りしめる。
私の名前は、高峰真白(たかみね ましろ)。“ルミナス・ホワイト”として市民を守るべく、悪しき力と戦う魔法少女だ。
「今日こそ、あなたたちヴィランを止めてみせる! これ以上、街を壊させないから!」
私はステッキを高く掲げ、光の粒子を散らしながら力を込める。けれど、私の言葉を聞いたノクターン・ノワールは、どこか楽しげに口の端をゆるめた。
「ふふっ……いいわ。もうちょっとだけ遊んであげる」
言うが早いか、彼女の黒いスカートの裾が風を切り、空中で一回転する。その動きはまるで舞踏会で踊るかのように滑らか。
背筋に冷たいものが走る。彼女が持つ黒い短剣には、まるで生き物のように蠢く闇のオーラが絡みついていた。彼女はその暗黒の刃を自在に扱い、まるで玩具で遊ぶかのように振るう。
「ふふ……くらいなさい……エクリプス・バースト!」
妖しい気配とともに、漆黒の魔力が周囲の空気をかき乱すように渦巻き始めた。次の瞬間、ドッと耳をつんざく轟音が響き渡り、真っ黒な衝撃波が商店街の建物をまるごと薙ぎ払う。
ガシャアァン! 土煙があがり、シャッターが無残にへしゃげる音がこだまする。
建物のガラス窓が粉々に砕かれ、人々の悲鳴が重なり合うように響く。ほんの一瞬、夕焼け色の町並みは闇の波動に飲み込まれたかのようだった。
その凄まじい衝撃に、私の身体も宙を浮くように吹き飛ばされそうになるが、必死にステッキのバリアを展開して踏みとどまる。
「きゃあっ……!」
数秒前まではまだ人の活気があった商店街が、まるで災害にでも遭遇したような惨状へと変貌していくのを、私はただ見ていることしかできなかった。
「ああ……街がっ……!」
屋根が崩れかけたビルから、コンクリートの破片がバラバラと落下する。私は胸の奥がぎゅっと締めつけられるような痛みに襲われる。自分の無力さに、わずかに膝が震えた。
「こんなに街が壊れちゃったら……今夜は”残業”じゃない……!」
私がもう一度光の魔法で応戦しようとした瞬間――ノクターン・ノワールが、思い出したように腕時計をちらりと見やる。
「あ、もう時間ね。”恐怖”はもうたくさん集まったし、今夜は友達と映画に行く予定だから、また今度ね。じゃあ、お先に失礼~」
「……は?」
彼女はあっさり踵を返して、漆黒の翼を広げる。ざっと手を振ったかと思えば、ビルの上をひらりと飛び越え、視界から消えていった。
さっきまでの激戦が嘘みたいに、現場には私だけが取り残された。
――そう。ヴィランの少女は、”定時上がり”したのだ。
“ヴィラン企業”―「グリモア・インターナショナル」は労働基準法に厳格で、基本的に定時あがり。
一方、私の所属する”魔法少女企業”―「ルミナス・ガード株式会社」は、サービス残業で街の修復を半ば強制的に行わせているブラック企業。コスチュームやステッキの代金すら自腹で、給料から天引きだ。
待遇の差を実感して絶望している私の周囲には、割れたガラスやシャッターの残骸がゴロゴロ転がっている。
「はあ……ほんと最悪。もう少しで定時上がりできそうだったのに……」
無数に散ったがれきを前に、私は肩を落とす。今日は珍しく残務がなかったから、家でビール片手にM1の決勝戦を見る予定だったが、その予定はパー。結局いつも通りの残業だ。
幼い頃から憧れていた魔法少女だけど、いざ企業に入社してみると、実態はかなり過酷だった。朝9時から18時までの定時制……というのは表向きで、実際には朝8時からの「自主的な話し合い」があり、業務後には「自主的な街の修復活動」が待っている。
もちろんその時間に給料は出ない。どう考えても真っ黒だ。
倒壊寸前のビルにバリアを張りめぐらせながら、頭の中でつらつらと現実がよみがえる。
ヴィランの少女が去り、街にはしばしの静寂が戻る。……もっとも、私はちっとも休む暇がない。そこかしこで助けを求める声が飛び交っているのだ。
「ちょっと、このお店の看板、完全に曲がっちゃってるんですけどー」
「こっちも車が通れないよ。早く~」
「はいはい順番に対応しますから……ちょっと待っててくださいね……」
私がかがんでがれきを片付けていると、周囲にはいつのまにかスマホを構えた人が大集合。
救出が終わり、安全が確保されると、皆こぞって撮影大会をスタートさせていた。私が必死にステッキで修復している間にも、「これSNSにあげたら伸びるのよ」なんて会話が聞こえてくる。
けたたましく実況する男もいるが、おそらくYouTuberだろう。少なくとも、私を褒めているようには聞こえない。
私がこそこそとビルの裏側に回ろうとすると、ポケットの中でスマホが暴れ始めた。画面には上司の名前が大きく表示されている。嫌な予感しかしない。
どうせ「被害を最小限に抑えろって言ったよなぁ?」って叱責だろう。
「……はいはい、はい出ませーん。仕事で忙しくて気づけなかったな~」
私は着信をスルーし、壊れかけたビルに魔力を込める。幸いにも、耳障りな着信音はすぐに切れた。たぶん上司は怒り心頭だろうけど、今はあえて現実逃避を選ばせてください。すいませんね。
「はぁ……私、なんで魔法少女になったんだっけ……」
そんな自問自答はいつものこと。しかし今日はいつにも増して虚しく響く。そりゃあ私だって、あの黒コスチュームのヴィランを華麗に撃退して、「さすが魔法少女!」って称賛の嵐を浴びたい。
でも現実はどうだ。YouTuberに笑いものにされ、街の人たちには「さっさと修復して」とせっつかれ、おまけに上司からのお叱りにおびえている。
……あの、ちょっと泣いてもいいですか?
***
そんなこんなで、すったもんだの修復劇を繰り返し、全てが片付いたのは深夜1時だった。終電はとっくに終わっていた。
「はぁ……歩いて帰るか……」
がっくり項垂れながら、変身を解いて私服に戻ると、見事にボロボロのOL風味が出来上がった。片道1時間、寒空の下を歩いて帰らねばならない。どこまでもハードモードだ。
「……一杯ぐらい奢ってほしいよ、誰か……」
愚痴をこぼしながら、しかたなく徒歩で帰路につく。足は棒だし、おなかはペコペコ。しかもあしたも朝から仕事。さらに、現実逃避のために開いたはずのSNSが、私のストレスを加速させる。
”魔法少女、またしても防衛失敗! 深夜になっても終わらない修復”
「……うわ、私の失敗、もうニュースになってるじゃん!」
タイムラインに並ぶ辛辣なコメント。
なんだよもう……ビル倒壊はギリ阻止したでしょ!私は頑張ったんだから!
そして、トドメのように目に入ってくる、M1の決勝結果のネタバレ。去年も優勝した若手コンビがなんと2連覇したらしく、ネットは大盛り上がりだ。
こんな日に限って、世の中は面白いんだから!ショックでスマホを取り落としそうになる。M1、今日の唯一の楽しみだったのにー!
もう体力ゲージが真っ赤だった私には、これがとどめの一撃だった。夜道で思いっきり叫ぼうとしたが、そこへまたスマホが震えだす。
上司からのLINE、「明朝、緊急ミーティング」だって? げっ……絶対怒られる。明日も地獄決定。というか、上司もこんな時間まで起きてるって……。
明日の出社時間まで、もうあと数時間。嘆く暇どころか、寝る時間すらどこにもない。
私はもう、限界だった。
「魔法少女、もうやめたーい!!!!!」
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