電話

 こんなことがあった。


 休日の朝から自宅でごろごろしていると、友人から電話がかかってきた。普段は雑談の連絡すらしてこない男だったので、珍しいなと思いながら電話に出た。

「おお、久しぶり」

 そんなことを言い合い、取り止めない話をする。話題は行き当たりばったりで、何か、本当に話したいこと避けているかのようだった。


 小一時間ほど話していたが、先週、キャンプに行った話から歯切れが悪くなる。沈黙が長くなってきた。さすがにそろそろいいかと思い、なぜ電話してきたのかを聞いた。友人は黙ってしまったが、しばらくして、キャンプ場で何か、変なものを見た、と言った。

 その変なものは、猿に似た姿だったらしい。襲ってきたとか、ものを投げてきたとか、荷物を取られたとか、そういったことはなかったらしい。ただ、少し離れた場所から、ずっと同じ言葉を繰り返していたそうだ。鳴き声ではなかったのかと聞いてみたが、友人は、あの生き物は確実に言葉を話していたと断言した。

 何を言っていたのか。そう聞くと、彼は押し黙ってしまった。

 緊張感が伝わってくるほどの長い沈黙の後、躊躇いながら、『  』と言った。

 小さな声だった。すぐに聞き取ることができず、なんだって?と聞き返した。しかし。

「いや…大丈夫だ。今日はありがとう。じゃあな」

 友人はそう言って、電話を切ってしまった。


 何を伝えようとしていたのか。

 彼が死んでしまった今では、何もわからない。

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