同級生

 こんなことがあった。


 その日は、小学校の同窓会に参加していた。およそ二十年ぶりの再会で、最初は、どこかよそよそしい空気がある中で、むしろ明るく振る舞いすぎてしまい、誰がどう見ても空回りしてしまった。当時、仲が良かったはずの友人たちは、久しぶりに会うとお互いに全く知らないただのおじさん同士でしかない。共通の話題は過去にしかなく、そのエピソードもほぼ尽きかけて、やや気まずい雰囲気が漂う。居た堪れず、つい飲み過ぎてしまい、ひどく酔っ払っていた。

 気持ち悪くなってしまい、席を外してトイレに行く。胃の中のものを吐き出してから、新鮮な空気を吸いたくて店の外に出た。ついでに胸ポケットからタバコの箱を取り出す。火をつけようとしたが、ライターがない。そういえば上着のポケットに入れたままだ。席に置いたままにしている。少し逡巡して、ため息をついてその場にしゃがみ込む。あそこに戻るには、気分がやや萎えている。適当に時間を潰して、用事ができたとでも言って帰ろう。電車の時間を調べようと、スマホを取り出そうとした時。

「−−−−くん、久しぶり」

 声をがした方を見ると、一人の女性がいた。肩口くらいまでの長さの黒い髪、薄緑のニットにデニム柄のショートパンツ、黒いブーツを履いている。

 ぼんやりと、誰だったか考える。この居酒屋にきた時に、席の割り振りをしていたような気もする。その顔に見覚えがある、気もする。名前は思い出せない。わざわざ抜け出して声をかけてくるような間柄だったのだろうか。

「私、−−−−だよ〜」


 そのまましばらく、今日の同窓会の感想だとか、昔、誰それが何をしただとか、今は彼氏がいなくて独身だとか、そんな話をした。クラスでの出来事だったり、こんな話があったということを語ってくれた。こちらは曖昧な感覚のままだったので、ああ、と、うん、の間のような、中途半端な返事するばかりだったが。

 さっぱり覚えていない。だが、なんとなく覚えているようなふりをして話を合わせるが、それもまもなく限界が見えてきた。そろそろ、適当な理由をつけて帰ろう、そう思った時。

「久しぶりに話したら楽しかったよ〜。ねえ、連絡先交換しない?」

 にこやかな顔で、そう言われた。出会いもない、独り身の人間としては、非常に魅力的な提案に感じた、が…スマホを置いてきてしまったと言って断った。席に戻って上着を持ってくるというと、向こうもトイレに寄るというので、店の中に戻ることにした。そして急いで自分が座っていた席に向かい、上着を掴み靴を履いて、その勢いのまま幹事の一人に参加費を押し付けて、店を出た。

 早足で駅に向かっていると、ズボンのポケットのスマホが震えた。画面を見ると、友人の一人からだった。

「どうした? これから三次会らしいけど、何人かで抜けて他行くかって話してたんだけど」

 そういえば、そんな話をした気もする。謝りつつ、聞きたいことがあると言った。先ほど話していた女性の名前を告げ、覚えているか尋ねてみる。

「え…誰だっけ…」

 しばらく考えていたが、

「あ、え…?」

 思い出したらしい。電話口の向こうで息を呑む音が聞こえる。腹の底がぞわぞわする感覚を覚える。


 先ほどの女性が名乗った名前。それは、すでに亡くなったクラスメートの名前だった。


 中途半端な時期の転校生で、すぐに夏休みになったため、ほとんど話したこともない。そして新学期の始業式の日、家族全員が亡くなったと聞いた。確か事故だったか、地震後の土砂崩れに巻き込まれたんだか。ほとんど関わりがなかったこともあって、悲しいとすら感じられなかった。そう感じられなかったことに対して、若干の申し訳なさと、憐れみを感じたことを思い出す。


 他の団体客が勘違いしていたのか…? いや、今日は貸切にしていた。他の客などいない。連絡先について聞かれた時に、咄嗟に断ってすぐに店を出た。もしかしたら不審者か…ストーカー、とか。とにかく気味が悪かったので店を離れたのだ。


 念の為、電話越しで確認してもらったが、トイレはおろか、店の中のどこにも姿はなかったという。しかも、どうやら話しかけられたのは、自分一人だけだったらしい。誰も、そんな女を見かけていないというのだ。

 変な空気になったことを感じ、酔っ払っていて勘違いしたと言い訳をして、半ば無理やり電話を切った。


 それからしばらくは、誰かに見られているのではないかと思って気をつけていたが、特に変わったこともなく、すぐにいつも通りの日常へと戻っていった。

 あれが誰かのいたずらだったのか、それとも、紛れ込んできた何かだったのか。何が目的だったのか。女が消えてしまった今では、わからないままだ。

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