第49話 煙のような食えない男

 



「どちら様ですか?」


 治療したばかりのジンガとシオンを背に庇い、イオンが突然現れた男を睨みつける。


(この男……声をかけられるまで気配がしなかった。僕一人で何とか出来る相手か……?)


 イオンはコートのポケットに手を入れて、いつでも魔導具を発動出来るように指をかけた。

 警戒心をあらわにするイオンを、男は小馬鹿にしたように笑った。


「まぁまぁ、そんなに警戒するなって。俺は敵じゃない。だから、その物騒なもんから手を離してくれないか?」


 見透かされた。

 ヘラヘラとしながらも隙のない男に、イオンの額に冷や汗がにじむ。


「お、坊ちゃん。さっきは格好良かったな、嬢ちゃんを置いて逃げなかった」


「……は?」


「よしよし、足は治ったんだな。治したのはそこの綺麗な顔したお兄さん、か?」


 身体を傾けて、イオンの後ろに座っているジンガを覗き見ると男は言った。


「貴方もアイツらの仲間なのか……?」


「まさか、あんな奴らと一緒にしないでくれ。さっき、助けてやっただろ? 《カンチェッラツィオーネ》」


 男が唱えると、ジンガの両足の周りに白い煙が可視化されて霧散した。


「その煙! さっき、ジンガの痛みを止めてくれたやつ! あの魔法、貴方だったの!? じゃあ、私の手枷てかせを壊したのも……?」


「そ。俺の魔法」


 出処のわからなかった魔法の正体にシオンが声を上げると、男は楽しそうに口元を緩めた。


「しかし、アイツらは坊ちゃんが魔法で倒したみたいだったが……あれはなんだ? まるで、審判の飴に手を出した奴の末路だ」


 男の探るような瞳に、イオンは視線を逸らす。男の目的が分からない以上、ジンガの状態を知られる訳にはいかないと口をつぐむ。それを察したシオンが当たり障りなく答える。


「あの時のジンガ、凄かったよね。火事場の馬鹿力ってやつかな! 誰かは知らないけど、手助けしてくれてありがとう! 私が魔法使えないままだったら、私もジンガも危なかったよ!」


 まだ味方かどうかも分からない相手に、助けられたというだけで素直にお礼を言うシオンに、男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「へぇ、随分と素直なお嬢さんなんだな。俺は助けたとは言ったが、今後もアンタらの味方であるとは一言も言ってないぜ? 今、この場でお嬢さん達を沈めることも出来るわけだが……」


「えっ、味方じゃないの!? ってか、今から戦うの!? あれ、それは冗談……?」


 くるくると表情を変えるシオンを、男は観察するようにじっと見つめている。


「んー、貴方が何を言いたいのかよく分かんないけど、さっき助けてくれたのは事実だし……やっぱり、今の私に言えるのはありがとうだよ!」


 そう言って、にっこりと笑いかけるシオンに男は顔をしかめた。


「…………お嬢さんは平気でそういうことを言えちまうんだな。……ほんと、嫌になるねぇ。もう二度と関わり合いたくない、嫌いな人種だよ」


「へ……?」


 嫌い、なんて面と向かってハッキリと言われたのは初めてで、思わずほうけてしまうシオンをイオンは自分の影に隠した。


「アンタ……喧嘩慣れしてないな? それじゃあ、ちっともさっきと変わっていないぞ」


 敵意を剥き出しにするイオンを気にもとめず、男は煙草に火をつける。

 そして、手に持った煙草をくゆらせて、突き刺すような鋭い視線をイオンに向けた。


「いいかい。敵意ってのは、こうやって示すのさ」


 ぞわり、と背筋を撫でる嫌な気配にイオンがたじろいだ。その隙を逃さず、男が距離を詰める。


 目をつむる暇もなく、瞬きすら惜しまれる。

 ふぅ……っと、目の前で息を吹きかけると、煙草の白い煙がイオンの顔をおおった。


「ゲホ……ッ、ゴホッ……。この、何をする……っ」


「教訓。お上品な人間が無理してつくろったところで、この街の日陰に生きるクズの裏はかけないってね」


 煙草にむせたままのイオンには目もくれず、男は話し続けた。


「それで、明らかに毛色の違うお嬢さん達がこの国に何の用だ? ここは目をキラキラさせた子供が遊びに来るような観光地じゃないのは、身をもって知っただろう?」


 シオンに背中をさすられて、咳をしながら睨み上げる。


「ご忠告をどうもありがとう。……二人を助けてくれたことには感謝します。けれど、初対面で無神経なことを言う相手に、僕たちの目的を話す気は無い。貴方には関係の無いことだ」


 イオンが冷たく言い放つ。初めて見る姿にシオン達二人は口をつぐんでいた。

 鋭い眼光がイオンを捉える。男の茶色の瞳は深い泥のように沈んでいる。


(この濁った瞳……、僕はこの目を知っている。守るものが無い、世捨て人の瞳だ。……この人は危険だ)


 じりじりと後退あとずさるイオンに、男はやれやれと両手を上げて降参のポーズをとってみせた。


「はぁ……、俺が悪かった。少々……そうだな、たわむれが過ぎたようだ。信用しろ、と言ってくるような相手を俺も信用はしない。だが、話をしよう。アンタらにも、悪い話じゃないと思うが……聞く気はあるか?」


 まるで、煙のように掴みどころがない。食えない男の真意が読み取れず、警戒し続けるイオンの後ろで、シオンとジンガは顔を見合わせた。


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