第4話 初仕事
日は傾き、もうじき夕刻が訪れようとしていた。
私はフェレールから矢継ぎ早に説明を受けていた。城のこと、仕事のこと、生活のこと、従業員のこと…。あまりにも情報が多くて半分以上記憶することができなくなっていた。
その間、背後ではなにやらあわただしくなっているようで、数名のメイドが小走りで移動していた。
私の集中力が限界に達したころ、フェレールのもとに一人のメイドが来た。
「副長、そろそろ時間ですよ!今日はサー・アンテヴェールらとの晩餐会は人数も多いんでオペレーションをお願いします!」
「そうだね、ありがとうローザリア。時間的にもちょうど良いかな。」
フェレールは腰に下げている懐中時計を見て言った。よく見ると、フェレールの腰には何個も懐中時計がぶら下がっていた。その一つ一つを、会話をしながら目を向けることもなくカチカチといじっていた。
「よし!じゃあクラウシアちゃん行こうか!」
フェレールは私のほうを向いて言った。
「行くとは…?」
私は困惑して言った。
「これから大きな晩餐会があるの。クラウシアちゃんにはすぐに働いてもらわないといけないんだし、まずは私についてきて!その中でもう一回説明してくから!さぁレッツゴー!」
フェレールは私の手をガシッとつかみ、私をずるずると引っ張っていった。
**********
城のバックヤードはメイドたちが目まぐるしく動き回っていた。
その中をフェレールはずんずんと進んでいったが、歩きながらメイドがやってきて話しかけてきては指示を出してということを続けていた。
「レイダ、今の状況の報告を」
「ヴィエラ、アレンジメントの配置を再度確認して」
「アリエス、入口への連絡をお願いします」
フェレールは私に城の紹介をして歩いているが、実際のところ晩餐会のための準備を把握するための巡回を行っていた。
私に説明をしながら、瞬時に的確な指示を出し、笑顔ながらも現場を見据える目は鋭かった。
その間も、懐中時計をひとつづつ動かしていた。
フェレールのその姿はまるで軍の優秀な指揮官であった。
そう、ここは戦場なのだ。ミスは許されない。精確に人員を動かし、作戦を遂行するために全員が効率よく配置されている。
「さ、これで一周したよ」
私のほうを振り向いてフェレールは言った。
「じゃあ早速働いてもらおうかな!」
「え?」
私は答えたが、少しこうなるとは想像していた。
「なんとなく私たちの今日の働くエリアはわかったよね?クラウシアちゃんはこれから厨房と会場の間で動いてもらう。指示はキッチンのファーストのエリアスタから受けること。会場にはファランダがいるから、指示を受けたら臨機応変に対応して」
フェレールは、鋭い眼光で私に言った。
「『質問は?』」
その言葉に私の背筋は一瞬にしてピンとなった。
まるで、一兵卒のようだった。
「じゃあよろしくね!」
そう言ってフェレールは走り回る人の渦に戻っていった。
**********
そのあとの記憶は曖昧だった。
とにかく自分のことを考える余裕もなく私は走り回った。
厨房の料理長のもとにいるエリアスタは常に大声で怒鳴っている人だった。
料理長が無言で働いている姿と対照的で、厨房の中のメイドたちは涙目で走り回っていた。
料理長はこの城で初めて見かけた男性の従業員だった。名はガスタインと言ったか。
そんなことも覚えてられないほど、戦況は目まぐるしく変わっていった。
**********
エリアスタの怒号が徐々に小さくなっていき、出ていく皿から戻ってくる皿が多くなっていくあたりでバックヤードにあわただしさが減ってきた。
歩き回るメイドは一様に虚空を見つめながらふらふらと漂っていて、森に現れるグールを彷彿とさせられた。
私と言えば、例に漏れず全身の疲労にぐったりとしていた。
私のその日の最後の仕事は皿洗いだった。
これがまた厄介なもので、山のような洗い物を処理していかなければならないが、高級な食器を傷つけてはいけないので繊細さが求められるという難度の高い作業だった。加えて、季節は春であったはずだが水に常に手を浸しているため、作業の終盤は指先の感覚がなくなっていた。
皿洗いがすべて完了すると、一緒に洗っていたメイド二人が
エリアスタは特に何か言葉を添えるだけでもなく、「副長のもとに戻るように」と最後の指示を出して厨房の片づけに戻っていった。
**********
私は足を引きずりながら、記憶を辿りながら最初にいた部屋に戻った。
部屋の中は、初めて入った時とほとんど変わらなかった。
部屋の真ん中の机には懐中時計を拭くフェレールと、窓から身体を半分乗り出した状態でぶら下がっているアリエスがいた。
「あ!クラウシアちゃんお帰り!お疲れ様だったね!初仕事はどうだった?エリアスタが働きぶりをほめてたよ!すごいね、エリアスタはめったに人を褒めないんだ!」
フェレールは全く疲れた様子を見せず、元気な子犬に戻っていた。
窓の外にぶら下がるアリエスから何かうめき声のようなものが聞こえたが、何と言っているかはわからなかった。
「これが私たちの夕食ね。晩餐会で出たやつだからすっごく美味しいよ!今紅茶淹れるね!」
フェレールは立ち上がって小さな台所へと向かった。
私が机に目を落とすと、懐中時計が6つ整然と並べられていた。
1つは現在の時刻を指していたが、残り5つは針がすべてピッタリ12時を指していた。
そのあとは、食事をしながらフェレールの質問攻めにあって、早々に私の頭はすべてのエネルギーを失っていった。
**********
「じゃあここがクラウシアちゃんの部屋ね!狭い部屋だけどみんなおんなじサイズだから我慢してね。はいこれ時計。起床時間は毎朝6時!明日の早朝当番はレイダだから私たちは7時までには支度をしてあの部屋に集合。明日から平日の仕事を教えるからまた私についてきてね!」
あと何か複数言われた気がするが、情報が耳に入ってそのまま零れ落ちていった。
「あ、ベッドの上のは寝間着ね。前にいたアリッサのおさがりだけどサイズが合うのがそれしかないから我慢してね。じゃあおやすみ!」
そう言ってフェレールは部屋を出ていった。
久しぶりの静寂。
牢の中ではあんなに不安にさせられた音のない空間も、あのドタバタの中から解放されてからは心地いい。
寝間着に着替えながら私は今日あったことを回想した。
荷馬車に揺られ城にきて、奴隷の雇用契約をし、目まぐるしく働いて…あまりにもいろいろあったせいでほとんどの記憶が曖昧だった。
そして、私はベッドに倒れこんで即刻眠りに落ちた。
薄く硬いマットだったが、私には雲の上のように感じれた。
次の日、私は寝間着に胸部を締め付けられていたせいで疲労が取れないまま目を覚ました。
(続く)
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