みんな姉を好きになる

星名柚花

第1話

 春風が桜の花びらを舞い上げ、幻想的なまでに美しい風景を作り出している。

 公園の桜は見事に満開で、道行く人々は思い思いに花見を楽しんでいた。


「綺麗だな」

 蒼穹の下、彼は桜を見上げて微笑んだ。

 近くの広場では大人たちがバーベキューをしている。

 酔っぱらいたちの声は無駄に大きくて、ロマンチックな雰囲気とはとても言えないけれど。

 恋心フィルターのかかった私の耳は彼の声だけを捕まえ、私の目は彼だけを映していた。


「うん。綺麗だね」

 彼の茶髪がふわふわと、気持ちよさそうに風に揺れているのを見て。

 ――ああ、好きだなあ。

 そんな思いが胸いっぱいに広がった。


 好き、好き、好き、好き。

 私、ケンゴのこと、大好きだよ。

 この気持ち、気づいてる?


「ねえケンゴ。ケンゴには好きな人、いる?」


 ドキドキしながら、私は思い切って尋ねた。

 隣を歩く彼は驚いたように私を見てから、照れくさそうに笑った。


「……いるよ」


 ――ああ、やっぱり。

 私は自分の指先をギュッと握る。

 心臓が高鳴る。


 彼は同じバスケ部の友達。

 でも、「一緒にお花見に行こう」っていう私の誘いに迷わず乗ってくれて、こうして二人きりで歩いてるってことは。

 つまり、そういうことだって期待しても……いいんだよね?


 元カレは、私よりも姉のことが好きになったから別れた。

 私の家に遊びに来たとき、姉に一目惚れしてしまったんだって。

 いつもそう。

 みんな姉のことが好きになる。

 でも、今度は、今度こそは、私が選ばれると思っても良いんだよね? 


「どんな人?」

「綺麗で、優しくて。昔からずっと憧れてる」

 彼の眼差しは遠くを見つめていた。


 あれ?

 おかしいな。

 私が好きなら、ここは私を見つめるべき時じゃないの?

 どうしてそんな、遠くを見るの?


 嫌な予感がする。

 聞いてはいけない、と心が警告している。


 アラート、アラート。

 聞いてはいけません、聞いてはいけません、キイテハイケマセン――


 でも、私はどうしても、それが誰かを知りたかった。


「そっか……それって、もしかして」

「うん。お前の姉ちゃん」


 時間が止まったようだった。 


 風が吹き抜け、私たちの間をピンク色の花びらが舞う。

 私は無理やり頬の筋肉を持ち上げ、笑顔を作った。


「そっか、私の姉ちゃんかぁ。確かに綺麗だもんねー。優しいし、成績も良いし、料理も裁縫も得意だし――」

 男勝りでガサツな私と違って、姉は淑やかな大和撫子。

 男たちの理想をそのまま体現したような美女で。

 みんな姉を好きになる。

 平凡な私じゃなくて、美しい姉を。


「だろ? 俺、ずっと前から――」

 彼の言葉が、遠くなっていく。

 姉を賛美する台詞の数々に、胸の奥がチクリと痛む。


 ――ああ、結局、ケンゴも姉のことが好きなのか。

 でも、そんなガッカリした顔は見せられない。


「そっか、頑張れ、応援するよ!」

「ありがとう。お前ほんといい奴だよな」


 両手を握った私を見て、彼は嬉しそうに笑う。


 気まぐれな春の風が吹く。

 酔っぱらいたちの声はうるさくて、通りすがりのカップルは腕を組んで幸せそうな顔をしている。

 無邪気に笑う彼の足元では、踏みつけられた桜の花びらが無残に潰れていた。


(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みんな姉を好きになる 星名柚花 @yuzuriha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ