ココア
からから
ココア
「これ、好きだったよな」
「……うん」
自動販売機で明が買ってくれたココアを受け取る。高校受験当日の朝に私が緊張と寒さで震えていたら明が気を利かせて買ってくれたことを今でも覚えている。その日まで私はココアなんて好きでも嫌いでもない普通の飲み物だったけど、明のおかげで大好きな飲み物になったのだ。寒くなって自動販売機にココアが並ぶようになるとつい笑顔になってしまうくらいには。
軽く振ってからココアが入っているペットボトルの蓋を捻る。いつもは缶を買ってくれるのに今日はペットボトルなことに勝手に寂しくなってしまう。だってこれを飲み終わるまで一緒にいれるわけじゃないのだ。別れた後も持ち歩けるような気遣いがつらい。
口をつけてココアを喉に流し込めば甘くて熱い液体が体に染み渡って体温が上がった気がした。心はずっとぐちゃぐちゃなのに。
明がスマホを取り出して時間を確認する。見送りに行くと言ったのは私なのに、ここにたどり着くのが怖くて妙に遠回りをしてしまった結果だ。明と過ごせる時間がこうしてココアをもらって一口飲む分くらいしか残っていなかったのは。
「じゃあ俺もう行くから。お前も元気で過ごせよ」
「…………うん」
「向こう着いたら連絡する」
「ありがと」
「またな!」
そう言って手を振る明に私も手を振り返した。明はそれを見てようやく笑顔を浮かべると改札の向こうへと消えていった。
明の姿が見えなくなったところで私は手を下ろす。下ろした手でココアの蓋をきつく閉めると鞄の中に強く押し込んだ。多分これが私の人生で飲む最後のココアになるだろう。
東京の大学へと進学する明にとって私がただの従妹でしかないのは気付いていた。今日だって「懐いていた従兄が遠くに行くから寂しがってる」くらいにしか思っていない。親もその程度の認識だ。
私は初めてココアをもらったあの日からずっと大好きだったのに。
家に帰ったら温くなったココアを一気に飲んでこの恋心も流しちゃいたいな、なんて思いながら駅の出口に向かって歩き始めた。
ココア からから @kirinomi
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