初恋の子に復讐するため、学園の姫と恋人契約しました

真冬のスイカ

第1話 笑われた告白

 昼休み。

 俺――藤崎ふじさき悠斗ゆうとは教室の隅の席で、コンビニで買ったパンをほお張っていた。

 クラスメイトと話すことはほとんどない。目立つのが苦手だし、表立って人と群れるタイプじゃない。学年トップクラスの成績だって、誰かに自慢するわけでもないから、周囲からは「そこそこ頭のいい地味なやつ」としてしか認識されていない。


 けれど、そんな俺がどうしようもなく気になっている女の子がいる。

 如月きさらぎ真白ましろ

 クラスでも人気があって、いつも中心にいて、男女問わず友達が多い。

 そのうえ、最近は妙に俺に絡んでくる。まるで昔に戻ったように――そう、「昔」だ。


 実は俺と真白は、中学時代のある時期にけっこう仲が良かった。

 きっかけは、同じ委員会で二人きりになることが多かったからだ。教室での雑用を手伝っているうちに、自然と会話をするようになり、一緒に宿題をやったり、放課後に課題のプリントを交換したり。


「悠斗くんって、すごく頭いいんだね。私なんかが教えてもらっていいのかな?」


 なんて言われて、真白にそこまで褒められると、嫌な気はしない。

 そうして卒業式直前には一度、デートをしたこともあった。


 ところが、高校に上がってクラスが変わり、真白は派手な友達とつるむようになった。

 俺とはなんとなく距離ができてしまって、会話も挨拶程度。しかし、それでも時折すれ違うと「悠斗くん、久しぶり!」って屈託なく笑ってくれるから、中学の頃の彼女を思い出して、やっぱり嫌いにはなれなかった。


 そんな真白が、高校二年になってから、また妙に俺に接近してきた。


「悠斗くん、テスト勉強の範囲を教えてほしいんだけど……」

「悠斗くんって、やっぱり頭いいよね。憧れちゃうなあ」


 どこか思わせぶりな笑顔で、こっそり会話をしてくる。あの頃のように、二人で勉強をしたり、雑談をしたりできるかも――そんな期待が、俺の胸で膨れ上がっていく。


「まさか真白は、まだ俺のことを……?」


 なんて、勝手に期待が膨らんでいく自分がいる。


 そして、放課後。

 いつものように静かに帰り支度をしていると、真白がわざわざ俺の席まで来て、こそこそと耳打ちしてきた。


「ねえ、ちょっと放課後に話したいことがあるんだけど……裏庭に来てくれないかな?」


 その瞬間、クラスメイトたちが何人かこちらを振り返った。

 俺は鼓動が一気に早くなるのを感じた。友達の多い彼女が、わざわざ俺を呼び出す。それも裏庭なんて人目につきにくい場所に。


 ――まさか、これって、いわゆる告白フラグ?


「わかった、行くよ」


 どうにか声を絞り出して返事をしたが、心臓が妙にうるさい。真白はにこりと笑うと、そのまま自分の席に戻っていった。


 考えるほどに期待が募る。


 放課後、言われたとおりに裏庭へ向かう。

 校舎の裏手にあるこの場所は、茂みと低木が配置されていて、人通りが少ない。

 夕日に照らされた真白は、まるで中学の頃の彼女の面影をそのまま残したように立っていた。


「真白」


 俺が声をかけると、彼女はゆるりと振り返る。


「悠斗くん……来てくれて、ありがとう」


 少し緊張したような面持ち。でも、その瞳の奥にはどこかしら別の感情が潜んでいるような気がした。


 中学時代、同じ時間を過ごしてきた「あの頃の真白」が、俺の前で微笑んでいるように見えて、言い訳できないくらい期待している自分がいる。


 だが、なかなか彼女は口を開こうとしない。

 逆に俺のほうが、この沈黙に耐えきれなくなった。


「なあ……真白」


 まずは俺から伝えよう。そう思い、少し震える声で言葉を紡ぐ。


「俺、ずっとおまえのことが気になってたんだ。昔、一緒に勉強したりしてたころの……ああいう時間が忘れられないんだよ」


 そこまで言うと、空気がぴんと張り詰める。

 脳裏には「こんなこと言って、笑われたらどうしよう」という不安もあったが、それでも「俺を信じてくれたあの真白なら、きっと」と思ってしまう。


「もし迷惑じゃなかったら……俺は、真白と、付き合いたい。もっと一緒にいたいんだ」


 言ってしまった。

 言葉にした瞬間、心臓がドクンと跳ねる。空気が薄い。喉が渇いて仕方ない。


 だが、その期待はあまりにもあっけなく崩れ去った。


「ぷっ……ははっ……マジで告白してる」


 どこからともなく、くぐもった笑い声が聞こえる。


 反射的に視線を巡らせると、低木の陰に数人の女子が隠れているシルエットが見えた。

 真白の友達らしき子たちが、口を押さえながら含み笑いをしているようだ。


「あれ、本当に言った……嘘でしょ?」

「見て見て、めっちゃ真面目に告白してるよ。ウケるんだけど」


 その言葉が耳に突き刺さって、思わず全身が硬直する。

 真白は気まずそうに視線をそらし、「ごめん、悠斗くん……そういうんじゃないの」とか細い声で呟く。


「俺……どういうことだよ……?」


 しぼり出すように言葉を出すが、頭の中は真っ白だ。


「いや、ほんとごめん。勉強とか教えてもらうのは助かってたし……でも、そういうのじゃなくて……」


 曖昧な言葉を重ねる真白の向こうでは、女子たちが相変わらずくすくすと笑っている。

 まるで、笑われるために呼び出されたみたいに。


「……そっか、わかった」


 それ以上何も言えなかった。


 真白は「本当にごめん」と繰り返すと、隠れていた友人たちのほうへ駆け寄っていく。

 見送りながら、俺は呆然と立ち尽くすしかない。


 ――やっぱり、期待なんてするんじゃなかった。


 そんな思いが頭をぐるぐると回り、全身が沈むように重くなる。

 中学時代の思い出まで踏みにじられたようで、胸が苦しい。

 遠くで笑う声が聞こえる。


 がくりと項垂れた俺の目の端に、金色の髪が揺れるのが映った。


「……へえ」


 透明感のある声が、いつの間にかすぐ近くでしている。


 顔を上げると、そこには金髪のロングヘアをゆるやかにウェーブさせた、氷室ひむろルナが立っていた。

 誰もが憧れる学園の姫。その存在感に気づかないほど、俺は余裕がなかったらしい。


 彼女が興味深そうに俺を眺めている。その表情は、どこか愉快そうで、少しだけ哀れみも含んでいるように見えた。

 何か言おうとして口を開きかけたが、結局声にはならなかった。


 こうして、俺の浅はかな期待は笑いものになって散った。

 そしてこの時、目の前に立つ姫が、学園生活を大きく変えていく存在になるなんて、まだ俺は知らなかった。

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