第23話

「遺産が入ったら買ってね」

「発言が不穏」

「遺産って俺の金だよ?」

 ぶつくさと彼が文句を言う。

 ふてくされる姿が以前と一緒で、私はふふっと笑った。


「あ、笑った!」

「なによ、珍しいものじゃないでしょ」


「俺が幽霊になってから君が笑うのは初めてだ。よかった、笑ってくれて」

 彼は心底うれしそうに微笑する。

「なによ」

 私の目にまた涙があふれてきた。


「ごめん、なにか変なこと言った?」

「大丈夫」

 私は鼻をすすって彼を見た。

「こんな状態になって、でも一緒にいられてうれしい」

 彼はなんともいえないような表情になった。涙目になり、すくっと立ち上がる。


「ちょっと外の空気吸って来る」

 返事も待たずに彼は壁を通り抜けて出て行った。

「幽霊のくせに。呼吸してないくせに」

 私は目を拭って、スマホで死後認知を検索した。




 翌日、私は目を赤く腫らして出勤した。

「どうしたの? 大丈夫?」

 通りがかった同僚に聞かれて、私はうなずいた。


「大丈夫。病院に行ったけど、なんでもなかったから」

「そう? ならいいけど、お大事に」

 同僚はほっとしたように席に戻って行った。


 私はこっそりため息をついた。

 一つ嘘をつくと、嘘を重ねないといけなくなるのか。

 私の胸に苦い思いが広がって行った。


 私はこれからいくつの嘘をつくことになるのだろう。

 子供が生まれたとして、父親のことはなんと説明したらいいのだろう。

 子供にも彼が見えるのなら、子供に「見えない」と嘘をつかせなくてはならない。

 まだ先のことだ。だが、考え始めると憂鬱だった。

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