第11話
満員電車で人を避けて網棚にゆったり横になっているのを見たときにはちょっとうらやましかった。
会社に着くと、彼はきょろきょろと周りを見回した。
「ここが紗智の職場かあ」
「変なことしないでよ」
私はこそっと彼に言った。
「しないよ」
彼は自信まんまんに答える。
「なにしろ、全部さわれないからね!」
そういえばそうだった。ホッとしてから、少し複雑な気持ちになる。やっぱり私の幻覚だろうか。病院に行った方がいいのだろうか。
「ほかの人には見えないみたいだなあ。君にだけ見えるなんて、愛のなせるわざかな」
まんざらでもなさそうに彼は言う。
まったく、と私はため息をついた。
確かに、彼は変なことをしなかった。
だけど、ずっと隣で私を見ているから、落ち着いて仕事ができない。ミスを連発してしまい、いちいち彼に指摘された。
「ここのグラフ、おかしくない?」
見てみると、入力された数字が間違っていた。慌てて直す。
「誤字見っけ。同音異義語が多いから変換間違いとかあるよね」
指摘された場所にはたしかに誤字があった。
「ありがとう。でもいちいち言わなくていいよ。あとで見直すんだから」
「そう? じゃあ、あとにするね」
そう言って黙ったのは、一分くらいだった。
「あ、ここも間違ってる」
また指摘され、いらっとした。いちいち仕事が中断されてしまう。
「あとにしてってば」
「でも、気付いちゃうもん。あ、これも間違ってるよ」
「もういい加減に静かにして!」
思わず声が大きくなった。
直後、はっとする。
フロアの全員が自分を見ていた。しーん、と擬態語が浮かびそうな静寂が部屋に満ちる。
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